名前の呪い

「これが十五年前に起こったことの真実です」


 エルゼリーナはその言葉で締めくくった。

 その場になんとも言えない空気が立ち込み始める。

 レヴァリスとエルゼリーナの話はもちろん、その内容には世界の在り方に迫るものまであった。

 ロアードはもちろんのこと、リュシエンやファリンもまた理解が追いついていないという表情をしている。


「なんというか……まぁ色々とびっくりする事実が語られたわけだけど……」


 その中で比較的マシなのはリアンだけだった。

 それというのもまだこの世界で過ごしてそれほど経っていない。

 この世界に生きてきた者なら信じ難い衝撃の事実だっただろうが、リアンにとってはそれほど衝撃を与えるものではなかった。


 リアンは思い出したように目の前にあった紅茶に手を付ける。すっかり冷めていた。


「私さ、先代のレヴァリスとはちょっと話しただけで、性格とかよく知らなかったんだよね」


 冷めた紅茶を飲みながら、周囲の反応を見つつリアンは話す。

 世界のことも気になりはするが、リアンはレヴァリスのことが気になった。


「エルフの森での一件から、なんとなくだけど世間で言われているほど酷いやつではないんじゃないかなってちょっと思っていた」


 曲がりなりにもファリンの願いを叶え、干ばつに悩んでいたあの地を救ったのだから。

 自分を後継者に選んだのだって、死した後に残る元素の暴走を危惧してのことかと思っていた。


「ただズレていて、勘違いされるだけで、もしかして本当は人の役に立ちたかった奴じゃないかなって……」


 カツンと、飲み干されたカップとソーサーが打ち合う音が響き渡り、


「今の話聞いて認識を改めたよ。――あいつ、そんな優しい奴じゃないな」


 リアンの呆れたような声がその音に続いた。


(むしろ、バルムートに向けられた願いだと知ってわざと叶えにいったところさえある気がしてきた、あの愉快犯)


 どこかに良心はあるような存在かと心の隅で思っていたが、そんな考えは捨て去った。

 まさしく先代は邪竜と言われても仕方ない存在だ。

 いや、むしろ恐れから産まれた存在なら仕方ないのだろうか。


(理不尽に猛威を振るう自然災害……まさしくそれなんだ)


 水を司る元始の竜、レヴァリス。

 その名に込められた意味とは自然の恐怖と理不尽の災厄。

 名が体を表すなら、レヴァリスの行動はその役目を全うしていると言っていい。

 自然の摂理としてなら、正しいことのように思えた。


「……わたしの時のことは本当にただの気まぐれだったのですね」

「そうだろうね。ファリンは運が良かったよ」


 ファリンの願いを叶えた結果起こったことはまだ良い結果だったようだ。

 自然の全てが災害となるわけではない。

 自然の具現化がレヴァリスなら、恵みを与えることも彼がすべき行動の一つなのだ。


「なぁ、エルゼ。お前はずっとそうやって生きていたのか。レヴァリスに言われた通りにお前は……」


 話を聞いてから黙っていたロアードがここで口を開いた。


「ええ。その通りにしなければいつ機嫌を損ね、我が国の民が犠牲になるともしれませんでしたので」

「……クソ竜が、人を弄びやがって!」


 ロアードが怒りの余り、机を叩く。

 思いっきり叩かれたせいで叩かれた部位が粉砕された。


「生きていたら絶対に殺してやったのに……いや、待て」


 何かに気付いたようにロアードはエルゼリーナのほうを向く。


「レヴァリスには定期的に生贄を送ると言っていたな……確かに数年に一度はレヴァリスに出会ったランクの高い冒険者が被害にあっていた」

「……レヴァリスの位置は把握していたわ。だから彼の相手に相応しい者にそれとなく依頼を受けさせ、出会うようにしていたのよ」


 冒険者ギルドのランクの制度や依頼の受注方式など、そのシステムは大陸共通である。

 その為、冒険者はどこの国に行っても同じようにギルドで仕事を得ることができる。

 しかし、統括する元締めはそれぞれの国単位である場合が多い。


 このバルミア公国は中央大陸に位置する大国の一つである。

 加えて交易都市サントヴィレも有することから、周辺諸国に対しての影響力もあった。


 それはすなわち、国を跨いで存在する冒険者ギルドへの影響力も持つということだ。

 バルミア公国は冒険者ギルドを通して、周辺諸国のギルドに流れる情報を握ることができていた。

 規格は同じなため、共有するスピードは早く、王たるエルゼリーナの耳に届くのも早い。

 表向きには、あくまでも人類に害をなす魔物や災厄級たるレヴァリスの存在をいち早く共有するためのシステムだ。


 実際、レヴァリスの位置を掴むことに使われていた。

 その情報と権力を持ってして、彼女は生贄を捧げていたのだろう。


「俺は一度足りとも出会っていない。探し回っていたのに、不思議なくらいに……!」

「ごめんなさい、ロアード。……あなたを死なせたくなかったのよ」


 エルゼリーナのその言葉が答えだった。ロアードは行き場のない怒りを握りしめた。

 力強く握られたせいか、手に爪が食い込み血が滲み出している。


 ロアードは冒険者だ。レヴァリスに復讐をするために彼は冒険者となった。

 しかし、エルゼリーナがその復讐を止めていたようだ。

 正しくは彼が死なないようにするために、レヴァリスとは出会わないようにニセの情報をばら撒いたりしながら、彼の行動を管理していた。

 冒険者であるロアードの行動は、その元締めなら管理しやすかっただろう。


「ロアード、どこに行くの?」


 リアンの声に返事もせず、ロアードは無言で席を立つと部屋から出ていった。


「リアン様、今は一人にさせてあげましょう。彼の状況を考えるに、あまりに事態が急転しており、飲み込むのにも時間がかかるでしょう」

「……確かに、そうだね」


 リュシエンの言葉に、リアンは頷く。

 復讐対象は死に、十五年と入れなかった故郷の地を踏み込み、国民と両親の亡骸を見送った。

 そしてその後に明かされた復讐対象と幼馴染の事実と、年若い彼が受け止めるにはあまりにも重い出来事ばかりだ。


(でもあまりにも……行き場のない気持ちを抱えすぎなんだよね)


 ロアードの離れていく足音を気にかけながら、リアンはエルゼリーナの方を向いた。


「君の事情を考えると、レヴァリスには従わざるを得なかっただろうね。だから今まで、気が狂うことなくその辛い役目をよく続けてくれたよ。ご苦労さま」


「……リアン様は何か、望むものはありますか」


「ないよ。……だから、もうこれからは誰も生贄に捧げなくていい。君はレヴァリスの呪縛から解かれてこれからは自由に生きるんだ。いいね? エルゼリーナ、、、、、、、


 強い力を込めて、リアンはエルゼリーナの名前を呼ぶ。

 ――それは呪いを解く魔法だった。

 エルゼリーナにかかっていた、レヴァリスが名前に科した呪いを解くものだ。

 正確には上書きだ。レヴァリスが残した命令を、今の言葉を持って更新した。


 名付けと違い、元からある名前に意味を加えて行動を縛るのは強制力が強いが、この世界でできるものはほんの一握りである。


 しかもそれがレヴァリスによってされたものなら、レヴァリス以外には解除できなかっただろう。

 同等の力を持つリアンだからこそ、出来たことだ。


 正直いえば、レヴァリスが死んだことでその呪いは解けていそうだった。

 でなければ彼女はこのことを口外できなかっただろう。

 なので半分くらいは、もう大丈夫だと彼女を安心させるために言った言葉だった。


「ありがとうございます。リアン様の言う通りに致します」


 エルゼリーナは座ったまま深く頭を下げる。

 ぽろりと溢れ出た涙が机の上に落ちていった。


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