けじめの一発

「ファリン……準備はいいね?」

「もちろんです、お姉様!」


 わくわくを隠せないファリンと頷き合い、リアンたちは目の前の白い山にダイブする。

 ――ぽふん、もふもふ。

 飛び込んだリアンたちを肌触りのいい、もふもふとした毛が受け止めた。

 白い毛並みなのもあって、まるで雲の上にいるかのような心地よさだ。

 しかも伝わる体温が眠気を誘う。


「はぁ……ふかふか。この毛の中に飛び込んでみたかったんだ……」

「さすがミレット様です……」

「ガウ!」


 もふもふの毛に埋もれて幸せそうな二人に、ミレットが嬉しそうに返事をする。

 

 ここはサントヴィレの宿屋の一室だ。

 ランクの高い客室のため、部屋は広くベッドも広い。

 そのベッドの上にリアンとファリン、それからミレットが寝転がっていた。


 グラングレスへの出発は明日となり、ひとまず借りていた部屋に戻ってきたのだ。

 初めて見た宿の一室に猫姿のミレットは嬉しそうに部屋の中を走り回り、ベッドの上を飛び跳ねていた。


『……ねぇ、ミレット! ちょっと元の姿に戻ってくれない?』


 その姿を見てリアンは思いついたらしい。

 リアンの言うことを素直に聞いたミレットはベッドの上で元の姿に戻る。

 そしてファリンと共にその上にダイブしたのだった。


「リュシエンもくる?」

「……いえ、遠慮しておきます」


 ベッドの側でちょっとばかり羨ましそうな目線をリュシエンが送っていた。

 しかし人前でダイブするのは気恥ずかしい様子で断り、荷物の整理をし始める。


「まぁミレットも女の子だしね。さすがに大の男の人に抱きつかれるのはダメだろうし」

「……えっ、女の子だったんですか」

「お兄様、気付いていなかったのですね」


 ミレットはメスである。そのことに気付いていたのはリアンとファリンだけだったようだ。

 確かに虎の見た目をしているため、一見しただけでは判別がしづらいだろう。


「ロアードだ、少し話がしたい」


 その時、扉を叩く音と声が響いた。宣言通り、ロアードのようだ。

 ……実はロアードとは同じ宿屋に宿泊していたという事実があった。

 隣の部屋がロアードの客室だ。


 この街一番の宿屋の良い宿のため、ロアードはこの街に来る時はいつもこの宿に泊まっていた。

 リアンたちがこの宿屋に泊まったのはリュシエンが決めたからで、偶然だった。


 彼曰く、妹とリアンを粗末な宿屋に泊まらせるわけにはいかないという理由でこうなったのだとか。

 宿代を含めた旅費は全てリュシエンが払ってくれるが、この旅費は彼が過去に旅した際に稼いだものと村に居た頃に貯金したものから出されている。


「ロアード、それどうしたの?」


 部屋に入ってきた彼は手に大きな袋を抱えていた。

 絨毯の引かれた地面に袋を置き、ロアードが開くと中から綺麗な赤身の肉塊が現れた。


五角牛ファイブホーンの肉だ。さっき狩ってきた」

「五角牛?」

「五角牛……二級の魔物ですね。角が多いほど強い力を持つ牛の魔物でして、五角級は群れのボスです。その肉はとても美味しいと評判でして、特に五角が最高級でして高値で取引されています」

「へぇ……でもなんでそんな高級肉を持ってきたの?」


「そこのワイルドタイガー……いや、ミレットを斬ってしまったからな。他にもお前らには迷惑をかけた……これはその詫びの印だ」


 人を探しに来ただけだったミレットをロアードは斬ってしまった。

 言葉の分からないロアードでは危険な魔物としか見えなかったのだから、仕方ないことだったかもしれない。


 しかし、何の罪もないミレットを傷つけたのは本当だ。

 ベッドの上から降りたミレットの前に、ロアードは片膝をついた。


「我が国と公国の戦争のせいでコレットと会えなかったこともある。戦争をしていなければ生きて再会することができたというのに……グラングレスの王族として、謝罪する」


 片膝を付いたまま、ロアードが深く頭を下げた。


「ガウ、ガルル。ガウガウ!」

「昔の人たちがしていたことだからロアードは悪くない、それに剣で斬られたことも気にしてないってさ」

「しかし、俺はお前を傷つけたことは事実だ。何か他にないだろうか。俺にできることならなんでもしよう」

「ガウ……?」


 ロアードは頭を下げたままだ。その姿に困り果てたようにリアンを見るミレット。


「君って責任感が強いね……。じゃあ、ミレットからお返しの一発をもらったらそれで終わりでいい?」

「そうだな。俺はそれくらい受けるべきだ」


 責任感の強いタイプというのは被害者に許されても、自身が納得しない。

 何かしらの制裁を求めるものだ。

 ならば目にわかるような罰を与えたほうが本人も納得してくれるだろう。


「その言葉、偽りないね? ミレットの一発を受けたら、この件は終わりでいいね?」

「あぁ。いつでも来るといい」


 確認してきたリアンの言葉に同意しながら、ロアードは背負っていた剣を外し遠ざけると目を瞑った。

 どんな攻撃であっても反撃せず、受ける覚悟だった。


「ミレット、あのね……」

「ガウ? ……ガウ!」


 リアンがミレットに耳打ちすると、ミレットは元気よく返事をしその内容に従った。


「じゃあ、いくよー!」


 元気の良いリアンの声がし、ロアードの前で物音がした。

 そして――ぽすっ。


「…………?」


 ――その一撃はあまりにも柔らかかった。

 確かにロアードの頬を何かが叩いたが、猛獣の一撃とするには弱々しい。

 それにぷにっとした感触で痛いと言うより、気持ちがいい。


「はい、ミレットからの返しの一発」


 おそるおそる目を開けたロアードの前には、小さくなったミレットとそれを抱えたリアンの姿があった。

 リアンの手にはミレットの猫手が握られており、それでロアードの頬をパンチしたようだ。


「これでは納得しないなんて言わないよね? だって君、ミレットの一発を受けたらこの件は終わりってことに同意したもん。まさか王子ともあろうものが、約束を破るなんてしないよね? ねぇ、ミレット」

「がうがう!」


 してやったりと言ったようにリアンは笑って、ミレットを抱きかかえながらその手をひらひらと振る。


「お前……」


 その姿に毒気を抜かれたように唖然としてたロアードであったが、次第に笑い始めた。


「そうだな。リアンの言う通りだ」

「……君に初めて名前を呼ばれたよ」

「そうだったか?」


 ロアードは今までリアンのことをレヴァリスだと思い込んでいた。

 そのため、リアンという名前で呼んだことは今までなかった。


「まっ、ということでこの件は終わりだね。じゃあ、お肉もあることだし、夕ご飯にしようか」

「がう!」


 リアンの言葉にミレットは嬉しそうに返事をする。

 あの肉は確かにミレットが食べたいと思えるものだったようだ。


 その日の夕飯は実に豪華であった。

 肉の量はたくさんあったので、リュシエンがその肉を使って料理を作ってくれたのだ。

 料理はもちろん、どれもおいしかった。

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