街に現れた白虎

 西門には数人の兵士が大きな白虎と戦闘していた。

 かなり大きく、人間一人なら丸々と飲み込んでしまえそうな白虎だ。


「ガルルル……ガルルル!!」

「ひっ!」


 一人の兵士に向かって走り出す白虎。

 向かってくる白虎に恐れ、兵士は動けない。

 このままでは白虎に食われるのではないかと思われた――。


「させるか!」

「ギャン!」


 ――しかし突如として現れたロアードが白虎を斬った。

 身体を斬られ、傷口から鮮血が溢れ出す。

 悲鳴のような声をあげて、白虎は下がった。


「ワイルドタイガーか? こんなところに出るとはな。たが人を襲う魔物ならなんであろうと斬るまでだ!」


 ワイルドタイガーという種類の魔物はこのサントヴィレ周辺に住まう三級の魔物だ。

 だがその殆どは山奥などに生息しており、このような人里に現れるのは滅多に無い。

 

 人里に現れるのは餌を得られず、仕方なく山を降りてきた場合が多い。

 この白虎もその類だろう。腹を空かせており、人間を襲おうとしたのだ。

 ロアードはそのように結論づけ、白虎にとどめを刺そうと剣を振り下ろした。


「待って! 殺しちゃダメだよ!」

「なっ!?」


 だが――大剣は地面から現れた水に絡め取られるようにして止められた。

 そのまま水は人型となり、少女の姿となる。


 討伐しようとしたロアードを邪魔するようにリアンが間に入ったのだ。


「なぜ邪魔をする! そいつは人間を襲って――」

「違う! この子はコレットを探していただけだよ!」

「コレット? そもそもなぜ魔物の言葉が分かるというんだ。お前は一体何者だ!」


 少女の姿であろうと容赦なく、ロアードは大剣で斬る。

 彼の剣を止めた時点で普通の少女ではないと見抜いたのだろう。


 リアンはロアードの攻撃を水のバリアを張って防ぐ。

 大剣の勢いは水に吸収された。

 まるで衝撃を吸収するクッションのように。


 武の魔術を使い、腕力を強化した上での斬撃さえも水のバリアは飲み込んでいく。


「……詠唱なき魔法の行使。貴様、邪竜レヴァリスだな?」

「違う。私は邪竜じゃない。……自己紹介がまだだったね、私はリアンだよ。死んだレヴァリスに代わり、二代目の水竜となった存在だ」


 紫と琥珀の視線が交差する。

 ロアードは相変わらずキツい眼差しだ。


「ガルゥ……」


 その間に白虎が逃げるように走っていく。


「リアン様!」

「お前はあの時の!」


 風が巻き起こり、ロアードがリアンから離れ間合いを取る。

 追いついたリュシエンが風牙槍を手に立ち並ぶ。


「……なんだ、これは」


 ロアードが咄嗟に口を塞ぐも、地面に片膝をつく。

 周囲を見渡せばいつの間にか兵士たちが倒れていたのだ。


「ただの痺れ薬です。数分もすれば効果が切れます。お姉様、今のうちに」

「うん、ありがとう二人とも」


 ファリンが作った痺れ薬を、リュシエンが起こした風で周囲にばら撒いたのだろう。

 ロアードが痺れて動けない間に、リアンたちは霧を発生させ、その場から離れた。


「リアン様、なぜあの魔物を助けたのですか?」

「声が聞こえたんだ。人の名前を呼ぶ声がね。あの魔物は人を探しているみたいだった」


 ――コレット、どこにいるの?


 まるで幼い子が母を探しているような、必死な声であった。

 先程街に響いた咆哮はリアンにはこのように聞こえていたのだ。


「……皆、怪我はないか?」

「我々は大丈夫です、ロアード様! それより彼らを追いかけましょう!」


 リアンたちが立ち去り、しばらくしてからロアードたちの痺れは治った。


「…………いや、待て」


 今すぐにでも追いかけていこうとする街の警備兵たちをロアードが止める。

 ――所詮、邪竜の戯言だと斬って捨てるのは簡単だった。


 だがロアードはそれができないでいた。

 理由は自分でもわからない。

 だがあの時白虎の魔物を守った目は、世間を騒がす邪竜のそれとはとても思えなかったのだ。


 それに先程は餌を求めてやってきた白虎だと思ったが……それにしては痩せている様子はなかった。


「誰か、コレットという人を知らないか!」


 ロアードは南門の方を見る。騒ぎを見に来たらしい野次馬に声を上げて聞いた。

 竜の戯言ならコレットなどいない。それを確かめるべく、ロアードは聞いたのだ。

 どうか、デマカセであるようにと願いながら。


「あの……! 僕、知ってます!」


 ――すると野次馬の中から手が上がった。

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