王国と公国
「……気付かれてないよね?」
人垣から離れ、建物の影に隠れた少女――リアンが心配そうに呟いた。
兵士と会話していたはずのロアードが一瞬、リアンのことを見たような気がしたのだ。
初めて会った時、リアンは竜の姿をしていたので人の姿の面は割れていないはず。
そう思って近くで情報収集がてら観察していたのだが、やめておいた方が良かったか。
「一度顔を見られたらまず覚えるだろうなぁ……だってこんなにも美少女だもん」
「よくもまぁ自分で美少女と言えますね」
「しかしお兄様、リアンお姉様が可愛らしいのは事実ですよ?」
呆れた表情をするリュシエンとそれを嗜めるファリンが路地の奥から現れた。
ファリンたちは一度、ロアードに顔を見られている。特にリュシエンは絶対に覚えられている。
ロアードに見つかると面倒なため、少し離れた場所で待機していたのだ。
「そう、私が可愛いのは事実だよ。それにリュシエンだって女性から話を聞く時、自分の容姿を利用してたよね?」
「……み、見ていたのですか!?」
「耳がいいものでね。会話が丸聞こえだった」
リアンたちは昨日この街へ辿り着いた。
宿に一泊(宿代はリュシエンが払った)したのだが、そこの従業員とリュシエンが話しているところをリアンは聞いていた。
『すみません、お聞きしたいことがあるのですが……他ならぬ貴女に』
『他ならぬ貴女って、君よくそんな歯の浮くようなセリフを言えるなぁ……』
聞こえてきたリュシエンの声に部屋の中で思わず突っ込んしまい、ファリンに不思議がられたのを覚えている。
あんな風にして女性に話しかけるなど、よっぽどの天然たらしか、自分の容姿を利用して話しかけるナルシストくらいだ。
なお内容は街に関することなどの世間話だった。
「ファリン、君のお兄さん昔は不良で今は腹黒ぽいよ?」
「リアン様、腹黒とはどういう意味でしょうか?」
「妹に変なことを吹き込まないでくれませんか?」
リュシエンのあの話し方は旅の中で身についた処世術だ。
人間にとって自分の容姿というのは良いものらしいと気付いたのは村を出てすぐのこと。
エルフの村でも褒められることがあったが、人間たちの反応はそれ以上だった。
見目がいいというだけで色々と得があった。
さらに効率よく効果を出せるように求めた結果が、あのように話しかけることだった。
けして良いことばかりではないが、話を聞く時にスムーズになることが多いので、今回もそのように話しかけてしまったということだ。
「それより、成果のほどはどうでした?」
「まぁ大体は本人が言った通りだね」
リアンは商人の男たちから聞いた話をリュシエンたちにも聞かせた。
「一つ気になったのはレヴァリスがどうしてグラングレス王国を滅ぼしたのか。その理由を聞いた時におじさんたちが言いづらそうにしていたことかな?」
「それに関してはこちらで情報を掴みましたよ」
リアンがロアードを見に行っている間にリュシエンたちも情報を集めてくれたらしい。
「十五年前、グラングレス王国はバルミア公国と戦争をしていたそうです」
「バルミア……どこかで聞いたことあるなぁ」
「ロアード様のフルネームに入っていますからね。元々公国は大国だったグラングレスの一部だったんですよ。大国グラングレスが崩壊した際に独立してできた国がバルミア公国です」
バルミアとは大国時代のグラングレスから続く王族の家名だ。
現在の王国と公国を統べる王族の血筋は元を辿ると同じ大国の王族に繋がる。
そのため、両王家の一族は同じ家名を名乗っていた。
「独立した理由は、五百年前に起きたグラングレスの継承者争いのせいですね。グラングレス王国側は聖地でもある首都デンダインと宝剣クロムバルムを所持しており、大国グラングレスの正統なる継承国と主張しています。対するバルミア公国も全く同じことを主張し、聖地と宝剣の奪還を目指して長年戦争していました」
「聖地と宝剣?」
「グラングレスは大地を司る竜バルムートの守護を受けたとされる国と言われています。聖地でもある首都デンダインはその地竜が降臨する地とされており、宝剣は地竜に授けられたとされています」
「なるほどね。そりゃあ両国とも欲しがるわけだ」
グラングレスが過去に大国となっていたのはその地竜の守護があったからとされている。
大国をルーツに持つ王国と公国だ。
その地竜に纏わるものを手にしていなければ、大国の継承国とは名乗れないのだろう。
先代とはずいぶんと違う竜もいたものだ。
きっと民に愛されていたのだろうと思える。
しかし、そのせいで何百年と両国は争うことになろうとは。
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