実は不良だった?


「……手は出さない方が良かった?」

「いいえ、ありがとうございます。少々、油断しておりました」


 今は人の姿となったリアンにリュシエンは礼をするように頭を下げた。


 離れた木陰にリアンたちは移動していた。

 風の爆発が起こる寸前、リアンはリュシエンとファリンを自身の中に取り込んだ。

 服を収納する際と同じだ。そのまま水の姿となり、地面を高速で移動して、ロアードに気付かれることなくその場を離れたのだ。


 さらに今は姿を隠すように水のヴェールで覆っている。

 水の屈折を利用した迷彩だ。

 水に手を入れた際に手がズレて見えることがある。

 その現象を引き起こしているのは水の屈折によるものだ。


 その現象を利用し、リアンたちの姿は他者の視界からはズレて見えることがない。

 例えロアードが近づいたとしても、リアンたちを見つけられないだろう。


「できれば今度からは一言、言って下さい。苦しかったので」

「あーごめん。気をつけておくよ」


 リュシエンとファリンは苦しそうな表情をしていた。

 無理もない。高濃度の元素プールにいきなり入れられたようなものだ。


 リアンは水竜であり、水の元素の塊たる存在だ。

 その内側は水の元素しかなく他の元素はない。

 つまりは酸素もない状態だ。

 精霊に近いエルフであっても、そこに長時間もいることはできないだろう。


「全く、魔術は自然の法則を曲げてくるから困りますね……」

「確かに自然の法則に逆らってる力だねー」

「あのレベルの魔術が使えるとなると、魔術師としてもかなり優秀な人ですよ」


 魔法というものは自然の法則に沿った力を持つ。

 逆に言えば自然の法則に逆うような事はできない。


 対して魔術というものはその法則を無視して力を行使することができる。


 それなりの魔力と事象を確定する為の創造力が必要である。

 先程のロアードの魔術も障壁で受けた風を跳ね返す魔術だった。


 自然の法則から離れれば離れるほど技の制御が難しくなる。

 あの跳ね返す魔術が使えたロアードはかなり優秀だ。


「この百年の間にあんな人間が現れるとは……」

「……リュシエンお兄ちゃん、楽しそうだね?」

「えっ?」


 リアンに指摘され、リュシエンが驚く。

 ロアードと戦っている最中も、そして彼を語るリュシエンはどこか楽しげであった。


「その、久しぶりに力を出せたので……。すみません、昔のクセが出ていたようです」


 リュシエンが慌てて顔を手で覆い、恥ずかしそうに目を逸らした。


 見た目だけなら温厚な青年である。

 妹が関わると殺意が出てくるが、さっきまでのリュシエンはそれとはまた違っていた。

 好敵手に出会えた時の戦闘狂のような、それだ。


「ねぇ、ファリン。リュシエンお兄ちゃん、昔はかなりやんちゃしてたんじゃないかな? 不良ってやつだよ」

「お兄様……そうなのですか?」

「違います! 確かにその……昔はちょっと若気の至りで色々してましたが……今は違いますから! あとお兄ちゃんと呼ばないでください!」


 ファリンに向かって慌てて弁解するリュシエン。

 過去のことに関しては妹には知られたくなかったようだ。黒歴史というやつだろうか?


「……それより、これからどうするんですか?」

「そうだねー……このままここにいるわけにもいかないし」


 露骨に話題を逸らされたが、確かにこれからどうしようかと考え始める。


「とりあえず……ロアードをどうにかしないとね。その為にも、彼とグラングレスについて知りたいかな」


 ロアードは祖国を滅ぼしたレヴァリスを憎んでおり、二代目のリアンをレヴァリスだと勘違いして狙ってきている。

 仇討ちのためにリアンの後を追いかけ、命を狙ってくるだろう。

 それはやめて欲しいし、そもそもレヴァリスはもう死んでいる。

 ロアードには仇はもう死んでいて、存在しないのだと伝える必要があった。


 しかし、今のロアードに真実を話したところで聞き入れてくれない可能性が高い。

 なら、まずはロアードがどう言った人間であるか知ったほうがいいだろう。

 そこから対話の糸口を見つけられるかもしれない。

 それに先代が王国を滅ぼした理由についても知りたかった。


「情報収集なら街に行ったほうがよさそうですね。近くにサントヴィレという街があるはずです。……滅んでいなければ、ですが」


 リュシエンの外の世界についての知識は百年前の情報だ。百年も経てば色々と変化しているだろう。

 それこそ王国のように邪竜に滅ぼされて消えていった街もあるかもしれない。


「じゃあ、その街に行こうか。街がなかった時はその時考えよう」


 リアンたちは一先ず、その街に向かうことにした。

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