魔法と魔術
「グラングレス……あぁ、あの豊穣の国でしたか。前に一度立ち寄ったことがあります」
「そこの邪竜が滅ぼしたから二度と行けないがな」
話しながらロアードが剣を引いて横薙ぎする。
リュシエンは難なく槍で弾き、続く二打も防ぐ。
その場に武器同士がぶつかり合う甲高い音が連続して響き渡った。
「えーと、一応私はあなたがお探しの邪竜レヴァリスじゃありませんので……レヴァリスは死んだんですが……」
「見え透いた嘘を言うな!」
「ですよねー」
真実を言ったところで信じてもらえないことはまぁ分かっていた。
祖国を滅ぼされたとあったら、そうなるだろう。
十五年前、レヴァリスが滅ぼしたというグラングレス王国の王子を名乗る黒髪の青年、ロアード。
今もリアンに殺意を向けており、剣を突き立てんとしている。
リュシエンが阻んでいるため、こちらに届きはしないが。
「――《
いくら剣を打ち込んでもすべて弾かれる。
埒が明かないと悟ったのか、ロアードの魔力が揺れ動く。
瞬間、彼の剣がブレた。
いや、残像しか見えないほどの速い動きだ。
常人であれば目に捉えられない刃がリュシエンに襲いかかる。
「武の魔術ですか。久しぶりに見ましたね」
ギィンと今までよりも重い音が響く。
実際ロアードが繰り出したその一撃は重いものであり、衝撃波によって地面がえぐれ、風が吹き巻いた。
しかしリュシエンはそんな一撃さえ、涼しい顔をして避けてみせる。
今までのようにまともに受けることはせず、剣を槍で反らし衝撃を逃すようにして避けていた。
よほど自信があったのだろうか。
この一撃を避けたことにはロアードも驚いたようだ。
「チッ……《
警戒したロアードが離れようと後ろに飛ぶ。
その動きの速さと跳躍力は高く、ロアードは数メートルほどを一気に移動した。
「――《疾風よ、我に力を》!」
だが、ロアードの後ろにはすでにリュシエンが回り込んでいた。
驚愕するロアードに容赦なく槍の柄が叩き込まれる。
剣で防がれはしたが、ロアードはそのまま吹き飛ばされ、洞窟近くの崖の壁からぶつかっていった。
轟音と土埃が上がる。
ひび割れた壁から石や土の塊が剥がれ落ち、ロアードも共に落ちていった。
「……てめぇ、何者だ?」
「今は名乗る肩書は持っておりませんので」
壁に向けてめり込むくらいにぶち飛ばされたというのに、ロアードはすぐに起き上がるとまたリュシエンに向けて挑んでいった。
「……えぇ、なにこれ。二人とも人間やめ過ぎじゃない?」
人外筆頭が何を言っているやら。この中で一番
しかし、驚くのも無理はなかった。
リュシエンが強いのは分かっていたがここまでとは思わなかったし、対するロアードもかなりの実力者と思われる。
「ファリン、この世界ではこのレベルが普通なのかな?」
「えっと……たぶん違うと思います」
「だよね、そうだよね」
自分の認識がおかしいのかと思ったが、どうやらそうではないと知ってリアンはホッとした。
岩壁にめり込むほどふっ飛ばされてもピンピンしているとか、超高速で動き回るのがこの世界では常識だと言われたらどうしようかと思った。
例えそうであっても、竜の自分ならなんとかできそうだなと思ってもしまったが。
「にしても二人ともすごいね……あれも魔法か何かなの?」
「……えっとそうですね。厳密に言うなら、あちらのロアード様は魔法ではなく魔術を使っているでしょうけど」
「……魔術? 魔法とは違うの?」
そういえばさっきリュシエンが武の魔術とかどうたらと言っていたか。
「はい。魔法というのは自然に流れる元素を扱う術だとこの前教えましたよね?」
「うん、基本的には精霊にお願いして行うものだよね? エルフは自前で扱えるみたいだけど」
「その通りです。対して魔術は己の魔力だけで魔法に似た現象を起こす術です。例えばロアード様は今武の魔術を使っています。あれは魔力を使い、一時的に身体能力を飛躍的に向上させる魔術です」
「つまりは
人間離れした驚異的な跳躍とスピード、そして耐久力。それら全ては武の魔術が為せる技だろう。
人間種の多くは精霊や元素を知覚できないものが多い。
それでも奇跡の術を求めた彼らが編み出したのが魔術というものだ。
「じゃあ、リュシエンも魔術を使っているの?」
かなり速いスピードで動くロアードだが、リュシエンはその速さに遅れることなく、今も剣をあしらっていた。
「いえ、お兄様は魔法を使っていますよ。風の元素を操っていて、風が体の動きを速めているんです。二人をよく観察してみてください。リアン様なら、元素と魔力の動きを知覚できるはずです」
「……あーなんとなく分かったよ」
ファリンの言う通りにしてみる。
確かにリュシエンの周囲には風元素が満ちており、その流れは彼をサポートするように動いていた。
対するロアードは体の内側を巡る魔力が彼の身体能力を強化していると分かる。
魔法は肉体の外側から、魔術は肉体の内側からと、同じ身体強化の術でも仕組みは違うようだ。
「……あの槍って何か特別なもの?」
流れの動きを見ていた際に気付いた。
リュシエンが持っている槍。
その槍自体に風の元素を感じたのだ。
「そのようです。風牙槍と言うらしいですよ。旅をしていた時に手に入れたものだと言っていましたが……詳しいことはわたしも知りません」
その槍は風を集め、呼び起こす力を持っていると言っていいだろう。
元素を操れるエルフ族に、風の元素力を持つ槍だ。
鬼に金棒とも言えるほどの力で、リュシエンは風を自在に操り、疾風のように駆けている。
「《風よ、吹き荒れろ》!」
「《
声に魔力を乗せ、呪文とする。
言葉は無象の存在たる元素を、形ある有象のモノと定め、現象となって顕われた。
リュシエンが突き出した槍の穂先から刃のような鋭い風が吹く。
ロアードは自身の魔力で生成した障壁にて防いだが、防ぎ切れなかった風が彼の頬に一筋の傷を残した。
「貴方は確かに実力がありますが……その程度の実力では水竜には勝てません。諦めて引き下がりなさい」
風は吹き荒れたままだ。
ロアードは障壁を盾にしながら暴風に耐えていた。
リュシエンが前に出たのはリアンを守るためでもあったが、ロアードのためでもあった。
リアンの竜の力、その力を持ってすればロアードなど敵ではないだろう。
それこそ、先程言ったように放って置いても死ぬことはない。
だが、ロアードは死ぬ可能性があるだろう。
下手をすれば耐えられずに。
ロアードの実力はリュシエンの想像以上であり、簡単に死ぬことはなさそうであったが念には念を入れて置いた方がいいだろう。
まだ水竜に成り立てのリアンは自分の力を正確に把握しておらず、細かなコントロールも怪しい所があるのだから。
「俺は……邪竜を殺さなきゃならない……! 諦めるなんてできるかよ!」
しかし、祖国を邪竜に滅ぼされた復讐者が聞き入れる訳がない。
湧き上がる感情に呼応して、ロアードの魔力が高まる。
「だからお前如きに負けるわけにはいかないんだよ! ――《
ロアードに向かって吹き荒れていた暴風が押し返されていく。
まるで暴風の威力をそっくりそのまま跳ね返したように。
やがて返された風はリュシエンに襲い掛かる。
風と風がぶつかり合い、爆発のような衝撃波が周囲の木々は薙ぎ倒し地面をえぐっていく!
「クソッ、逃げられたか!」
風が収まった頃にロアードが周囲を見渡した。
激しい竜巻が通ったような後となったその場に――リュシエンの姿がない。
風の爆発が起こる寸前。
リュシエンの足元から水が出現し、彼を覆っていくのが見えた。
案の定、水竜の姿もない。
「逃しはしないぞ……邪竜め!」
まだ遠くには行っていないはず。
ロアードは衝動に駆られるように走り出した。
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