妹みたいな

 宴が終わり、夜も更けた。

 片付けは他のエルフたちに任せ、リアンはファリンとリュシエンとともに彼らの家に招待された。

 今日はここに泊まっていけばいいと言われたのだ。

 昼間にも来たファリンたちの家。木の上に作られたツリーハウスなのは他の家と同じだ。

 中に入ればこの家を支える幹が通っており、そこを中心に床が作られていた。

 一階は机や椅子が置かれ、台所や風呂場がある。

 幹に沿うように作られた螺旋階段を登って二階に行けば寝室があった。


「リアン様、風呂の準備はわたしがしますから……」

「別にいいよ。お湯を作るくらい簡単だし。それに火の魔法を扱うのは難しいんでしょ?」


 木の浴槽にたっぷりと入ったお湯。それはリアンが水竜の力で作り出したものだ。

 この地では水の元素がたっぷりとある。なので普通の水を出す程度なら誰でもできるだろう。

 だがその水を温め、お湯にするのは少し難しい。

 水の魔力の影響が強いこの地では、火の魔法を扱うのは難しいのだ。

 リアンは水を司る竜である。お湯も水であるため、火の魔法を使わずとも簡単に作ることができた。


「うん、いい湯加減かな。ファリン、先入っていいよ」

「いえ、リアン様より先に入るのは……」

「んーじゃあ、一緒に入っちゃう?」


 歳はさておいて、ファリンは十代前半の外見で140センチほど。

 リアンも少し歳が上なくらいで150センチほどしかない。

 この浴槽なら十分二人で入れる。


「……! それなら、わたしがリアン様を洗ってあげます!」

「いや、別にそこまでしなくても……」

「いえ、やらせてください! リアン様には本当にお世話になりましたから!」


 ファリンにがしっと手を握られてちょっと困った表情をするリアン。


「……まぁ、やりたいなら好きにしていいよ」

「はい! 精一杯、お世話させていただきます!」


 ファリンの勢いからして下手に断ろうとすれば、押し問答が始まりそうだった。

 なのでリアンは彼女の好きにさせておいた。別に体を洗われて困ることはない。

 まぁ、ちょっと他人にそういったことはされたことがないので、落ち着きはしなかったが。


「ねぇ、ファリン。それってなに?」

「これはタオタですね。これを湯に一緒に入れると肌の調子がよくなるんですよ」


 タオタは白くてまるまるとした果物だった。

 そのまま食べても美味しそうなタオタを、ファリンがいくつか浴槽に入れていく。

 たちまち浴室の中は甘い匂いに包まれた。


 ぷかぷかとタオタが浮かぶお湯に入る。

 湯気と共に香りが立ち上り、疲れた心が癒された。

 思えばこんなにもゆっくりとした時間を過ごすのは初めてかも知れない。

 この世界に来てから色々とありすぎた。知らず知らず、疲れを溜め込んでいたようだ。


「はぁ~いい湯だ~」


 浴槽の縁に持たれながら、気持ちよさげにリアンが呟いた。

 このままずっと入っていたいがのぼせて溺れ……ないな。水竜だから溺れることがない。

 もしかしてお風呂にいつまでも入っていられるのでは? と考えて、自分はお風呂好きであることを知った。


「あの……リアン様はこれからどうされるのですか?」

「ん~とりあえず旅にでも出てみようかなと思っているよ」

「旅にですか?」

「うん。リュシエンには言ったんだけどね。先代のことだから他の場所でもやらかしているかもしれないなって思って……」

「……あの、その旅にわたしも付いて行っていいでしょうか!」

「えっ……?」


 白い湯気のその向こうで、真剣な表情をしたファリンがリアンを見ていた。


「リアン様には本当に、いろいろと助けていただきました。なのにまだ満足にお礼もしておりません。……少しでも役に立ちますから」

「んーまぁ、この世界のことなんて何も知らないからね……。付いてきてくれるならありがたくはあるけど……」

「なら!」

「でも、別にお礼はいらないんだけど」


 そう言えばファリンが不満そうにリアンを見る。


「……お礼をさせてください。それともご迷惑ですか……?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 ファリンとしては百年と降っていた雨を止めてくれた恩人だ。

 その相手であるリアンに対して何もお礼をしないのは本人も気がすまないのだろう。


「お願いします……なんでもしますから……!」

「お、女の子がそんなこと言っちゃダメだって……」

「うぅ……そんな……わたしは」

「あーえっと……」

「今ファリンの泣き声がしませんでしたか! 何をしているのです!!」

「あぁぁぁ面倒なことになってきた!!」


 バンバンと浴室の扉をリュシエンが叩く。

 そういえば風呂に入る前にリュシエンがちょっと慌てていたか。

 まったく妹のこととなると反応が早いらしい。


「付いてきたいなら、付いてきていいから! お礼は求めないけど、君がしたいなら好きにすればいい!」

「……はい! 好きにさせていただきます!」


 リアンの言葉を聞いてきらっきらの笑顔を浮かべるファリンは、彼女の手を取って両手で握った。


「はい、ファリン。これでいいかな?」

「わぁ……すごいです!」


 風呂から上がったリアンはファリンの髪を乾かしてあげた。

 村に入る時に服を乾かした時と同じだ。

 髪の毛が吸った水分を水竜の力で飛ばすだけ。

 そうすれば一瞬にして髪は乾き、ふわふわの仕上がりだった。


「火の魔法を使って乾かすより早いですね……さすがです、リアン様」

「えへへ、ありがとう」


 正直言って水竜の力はどれ程のものかよく分かっていない。

 だけど風呂を沸かしたり、髪をすぐに乾かせたりと、こういう便利なことに使えるのは良いことだなとリアンは思った。


「妹がいたらこんな感じだったのかな……?」


 記憶はもうないがもし前世に妹がいたならこういうことでもしていたのだろうか? とつい思ってしまった。


「わたしが妹ということは……リアンお姉様ですね」

「それ、結構良い響きだ……。でもファリンの方が私より年上ぽいんだけどなぁ」


 可愛らしいファリンからそう呼ばれるのは破壊力があったようで。

 しかし、ファリンはこれでも二百歳だ。

 前世が人だったリアンはそんな長生きはしていないことだけは絶対の自信を持って言える。

 どちらかといえば、ファリンお姉ちゃんとリアンが呼んだほうが正しいだろう。


「いえ、お姉様です! リアン様はお姉様です!」

「そ、そう? まぁファリンがそれでいいならいいけど」

「はい! ふふ、お姉様がちょっと欲しかったのですよ」


 とっても嬉しそうなファリンの姿を見れば、まぁこれでいいかと思うリアンだった。

 リュシエンがシスコンになるのもちょっと分かったかもしれない。


「ファリン……そんなに姉が欲しかったのですか……言ってくれれば私はなりましたのに」

「……リュ、リュシエン。それまじで言ってる?」


 いや、やっぱり分からない。私はここまでのシスコンではないなと思ったリアン。

 というか、さっきからリュシエンの目線に殺気が含まれているのは気のせいだろうか。


「お兄様! ダメです! お兄様はお兄様じゃなくてはいけません!」

「そうですか……?」


 今にも性転換しそうだったリュシエンだったが、その妹の一言であっさりとやめたのだった。


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