二代目の役目

 その後、リアンはエルフの村に歓迎された。

 今宵はリアンのために宴を開くと長老衆が決定し、百年ぶりの晴れやかな星空の元、大樹の広場で宴が始まった。


「いやはや、先程はありがとうございました、水竜様」

「まさか彼らが偽物だったとは……危うく我らは品物と大切な村人を騙し取られるところでした」

「左様、水竜様が助けてくださらなかったら……」

「幻術を見抜くなど流石でございます」

「水竜様自身はあなた様ですからすぐに分かったことですな! わははは!」


「ああ、いえ。そうですね。あはは……」

(……忘年会にうざ絡みしてくる上司みたいだ……。あぁ、ゆっくり食べたい)


 宴の席で当然と言うべきか、長老衆達にリアンは囲まれていた。

 そんな彼らの自分を褒め称えて機嫌を取ろうとする言葉を受け流していた。

 正直、話しかけないでくれと言えば彼らは退散するだろう。

 彼らはリアンを恐れている。だからこうして宴を開いたり、褒め称えたりして機嫌を取ろうとしているのだ。


(……一応先代に間違われている誤解は解けたみたいだけど。それでも水竜という存在自体が怖いんだろうね)


 先代と同じ力を持つリアンだ。先代と間違われなくても、十分に他の存在にとっては恐れを抱く存在だろう。


「あっファリン~! ちょっと飲み物ついでほしいな!」


 少し離れた場所にちらちらとこちらを見ていたファリンの姿を見つけた。

 これ幸いと声をかけて、長老たちの輪から離脱する。


「は、はい、もちろんです!」


 声をかけられたファリンはおっかなびっくりと返事をして、リアンの杯に飲み物を注いだ。


「これすごく甘い匂いがするね……」

「この村の名産はタオタの実から作られた果実酒なのですが、これはその中でも大樹の実を使った特別なものなので、百花酒というものです」


 月明かりに照らされたそれは、少し白く濁った酒だった。

 果実の甘い匂いと酒のアルコールの匂いが漂っている。

 タオタというのはこの村でよく取れる果実だ。この村の中央にそびえ立つ大樹も同じ種の木である。

 その百年に一度実を付ける大樹の実を使って作られたのが、この百花酒。

 先程、邪竜への献上品としても選ばれていたものだ。


 市井に出回れば金貨三百枚以上はするという。

 リアンにとってはちょっとお金の単位は分からないが、高級なお酒ということは分かった。


 ……そういえば自分の歳はいくつだろうかとリアンは思った。

 前世は成人はしていたような気はするし、竜という種になったのだ、竜に成人なんてないだろう。

 目の前のファリンだって成人しているし。これでも200歳なのだとか。


 まぁこんな高級なお酒を飲めるまたとない機会だ。飲まない選択肢はない。


「うん、おいしい!」


 一口飲めばクドくないほどの甘さが口に広がった。

 味は桃に近いだろうか。とろりとした飲み心地は甘酒を思い出した。


「こちらの焼き魚と召し上がるとおいしいですよ。こちらはこの湖だけに住む香魚で身は柔らかくておいしいんですよ」


 塩をまぶして焼いたシンプルな焼き魚。

 箸でさっそく身を取ろうとすれば、香ばしい焼き目の付いた皮をパリッと鳴る。


「んーおいしい!」


 ファリンの言う通り、白い身は柔らかくおいしかった。それと百花酒の組み合わせは最高なものだ。

 他にも湖で取れた魚を使った料理があれば、水に沈んだことで水の中で自生するようになった水ぶどうといった変わったフルーツもあった。


「……リアン様、すごい食べっぷりですね」


 リアンは用意された山のような料理を食べていく。どれもがおいしかったので当然だ。

 それにリアンにとってはこの世界での初めての食事だった。

 食べなくても生きていけるが、やはりおいしいものを食すだけで幸せになれる。

 正直結構な量を食べたがまだまだ食べられそうだ。今は人の体だが元は竜の体だろう。

 さすがに他の者の分までは取るつもりはない。満足する量を食べたら終わりにしようとリアンは思った。


「どれもおいしい料理で箸が止まらないね」

「お褒めに与り光栄です、リアン様」


 そう言ってリアンたちの隣にやってきたのはリュシエンだった。


「リュシエン、もしかしてこの料理、君が作ったの?」

「ええ」


 今まで宴に姿を表さないなと思ったら料理を作っていたからだったようだ。

 聞けば旅をしている最中に自炊するようになり、そのお陰でうまくなったのだとか。


「ところでリアン様、少しよろしいでしょうか?」

「ん~なに?」


 もぐもぐと食べながらリアンが返事をする。

 ちらりとリュシエンが周りを気にしながら、リアンに小声で話し始めた。


「機嫌を損ねましたら申し訳ないのですが……確認しておきたいことがありまして。雨はもう降らないのでしょうか?」

「……ん? どういうこと? もしかして雨は止めちゃダメだった?」

「いえ、リアン様は雨を止めてくださいました。その点に関して我々は感謝しています。……ですが、もう二度と降らないとなると……その、色々と困るもので……」

「ふむ……あっなるほど!」


 歯切れの悪いリュシエンの言葉に、リアンは言わんとしていることが分かった。


 このすり鉢谷は百年と雨が降り続けた。

 その結果渓谷の底にあったこの森林地帯は水へ沈み、湖となったのだ。

 水竜が雨を百年と降らしたことで起きた現象で、自然にできたものではない。

 上流から流れてくる川が溜まったとか、地下から湧き出てできた湖ではないのだ。


 雨の魔法を解いた今、雨が降らなくなれば自然と湖の水は減っていき、この地は百年前と同じ姿を取り戻すかもしれない。


 だが、それが素直に喜べるかと思えばそうではないだろう。


 この百年の間に生態系は変化した。

 水の中でも生きられるように生き物や植物が、そしてエルフたちが適応した。

 湖の地で暮らす術を得て順応したのだ。

 百年かけて生態環境が湖に変化したというのに、それをまた百年前と同じ森に戻されたとしたらどうなるか。


「リュシエン、教えてくれてありがとう! 危うく先代と同じことしそうになった……」


 このことに気づかなければ先代と同じ過ちをしていただろう。

 水がなくなったとして、また百年とかけて生態系は順応していくかもしれないが、このままのほうがいいのだろう。


「雨は普通に降ると思うけどそれだとこの湖の水量を保つには十分とは思えないだろうね」

「……やはり、そうですか」

「この湖の水量を保つ程度に雨が降るようにしたほうがいい?」

「えっ……」


 リアンの言葉に目を丸くして驚くリュシエン。


「……なんで驚くの?」

「いえ、あの……そこまでしなくて大丈夫ですよ。雨を止めてもらっただけでも十分なので……これ以上水竜であるリアン様の手を煩わせることになるのは……」

「別にこれくらいたいしたことないし。それにヌシちゃんの住む場所がなくなっちゃったら困るだろうしね」


 そう言って立ち上がったリアンは手のひらに水の玉を出現させる。

 さらに彼女の周りに水の玉がいくつか出現した。


「これは宴の余興ということで!」


 ひょいっと水の玉を空に打ち出す。

 家の屋根を超えて、大樹を超えて。

 空高く打ち上がった水の玉は突如として破裂し水を飛び散らせた。


 飛び散った水は星と月の明かりを反射しきらきらと輝く。

 まるで水の花火のようだった。


「わぁ……綺麗!」


 ファリンが空を見上げて呟いた。

 宴に参加していた他のエルフたちも初めてみる花火に釘付けとなっていた。

 リアンはそのまま続けて水の花火を打ち上げていく。


「今の花火に紛れ込ませて、ちょっと上空に水の元素を固定しておいた。これで湖の水が減らない程度に雨は降るようになるよ」


 上空で破裂する花火の音に紛れ込ませながら、リュシエンへと密かに伝えておいた。

 この地を百年と雨を降らす地にした先代の魔法を真似てみたのだ。


「……一体、何が目的なのですか」

「感謝の言葉を聞けるかと思ったのに……ひどい言い草だね」


 リュシエンはどこか警戒したままリアンを見ていたが、リアンにそう言われ慌てて頭を下げた。


「申し訳ありません……」

「……いいよ。私がやりたくてやっただけだし。それにリュシエンが私を信じないのも先代のせいなんでしょ?」


 リュシエンは気まずそうに目をそらした。


「……私のこと、まだレヴァリスだって疑ってる?」

「正直に言えばそうです。レヴァリスは様々な人の姿となって騙し、人をもてあそんでいたことがありますから」

「あーやっぱそういうこともやってたのか、あの碌でなしは」


 チッと思わず舌打ちしたリアンだった。

 どうにも信用されないのはやはり先代の振る舞いのせいだったようだ。

 今のリアンの行動も、きっとレヴァリスの戯れか何かだろうと思われていそうだ。


「……ちなみにレヴァリスが他に何やらかしたか、知っている?」


 レヴァリスだと疑うリュシエンにとってはどうして本人の前で本人のやったことを言わなければならないのだろうかという状況だろう。彼は少々戸惑いつつも、答えてくれた。


「そうですね……この百年余は村にいるせいであまり世間のことは知りませんが……あぁ、確か十五年前に王国を一晩で滅ぼしたという噂がありましたね」

「なんでそんなことしたの……」

「理由までは私も知りませんが……その件があり、今では冒険者ギルドの討伐対象として賞金がかけられているそうです」

「まさかの賞金首だった……!」


 ……ということはだ。


「ねぇ、もしかしてなんだけど。もし私が竜の姿で外に出たら……」

「間違いなくレヴァリスと勘違いされて、リアン様は狙われるかもしれませんね」

「やっぱりそうかー!!!!」


 バァンと怒りを込めて水の玉を空に投げつける。大きな花火となって歓声が上がった。


「賞金をかけられるくらいってことは……先代は他の場所でもやらかしているかもしれないな。この村でのことみたいなことを」

「……そうでしょうね。私も以前、旅をしていた時にいくつかレヴァリスがしたことを見てきました」


 腕を組んでリアンが少し考える。

 前を見れば、花火を見ていたファリンがこちらに手を振っていた。表情は笑顔だ。

 初めて会ったときのような暗い表情は見えない。

 もしかしたらこの世界にはファリンのように先代の力のせいで、不幸になってしまった人がまだいるかもしれない。

 それを助けられるのはきっと同じ力を持つ自分だけだろう。


「決めたよ、リュシエン。私、先代がやらかしたことの後始末をしに行くことにするよ」


 突然と呼び出され、水竜という役目を押し付けて、消えていった先代のレヴァリス。

 彼が残していった爪痕、それを取り除くのが二代目水竜となったリアンの役目なのかもしれない。


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