元始の竜ってなに?
「まったく……人助けはいいけどその後のこともちゃんと考えてほしいよね」
「レヴァリス様にとってあまり利益のない願い事でしたから、気まぐれでも叶えてくださったことがありがたいことです。……それよりも図々しくわたしがお願いしてしまったのが原因で……そんな願いさえ抱かなければこの森が水に沈むこともなかったはずだから……」
「そんなことないって! ファリンは森のみんなが困っていた干ばつをどうにかしたかったんでしょ? 困っている人を救いたいと願ったその心が間違っているはずないよ。この森が水に沈んだのはちゃんと後のことを考えていなかったあの微妙に役に立たないレヴァリスのやつだよ」
腕を組んでレヴァリスに対して文句を垂れていたリアンだったが、ファリンが笑っていることに気付いた。
「どうして笑っているの、ファリン?」
「いえ、表立ってレヴァリス様を批判する人がいるとは思わなくて」
「そう? わりとここの人たちも邪竜って呼んでいたけどなぁ」
「邪竜というのは畏怖の意味も込められていますから、明確な罵倒ではありません。基本的に機嫌を損ねないように言葉にしない人が多いですよ。かの竜は水に響いた声を拾うことができるため、どこかで聞いているかもしれませんから。特に今は近くに邪竜が現れていますし」
「へぇ、そんなことができるのかぁ」
周囲は水だらけだ。水を通して声や音を拾えるなら、この場所なら何処にいようと拾えるだろう。
自分にもできるだろうかとリアンは集中し耳を澄ましてみると、確かに水を通して遠くから人の話し声が聞こえてきた。
(ドラゴンだから耳がいいのかなって思っていたけど、水に響いた音を拾っていたんだね)
「一説には人の心さえ覗くことができるなんて言われています」
「……それだったら言葉にしなくても思っていることが丸わかりだね」
「邪竜と呼んでいる時点で多かれ少なかれレヴァリス様に対して良くない感情をもっているでしょうから、心を読まなくても分かることだと思いますよ」
「そういえばファリンは邪竜って言わないね? どうして?」
「それは……曲がりなりにも、わたしの願いを聞き届けてくださいましたから。それに雨が降らないままであったなら今頃この森のすべての木々が枯れ果てていたでしょう」
ファリンは窓の外に見える蕾を付けた大樹を見た。
大樹はこの森一番の大木であり、生命力も強いがあの干ばつが続いていれば枯れていたことだろう。
「わたしはこの大樹を枯らしたくはありませんでした。お父様やお母様が好きだとおっしゃっていたこの大樹を。……大樹が枯れなかったのは他ならぬレヴァリス様のお陰に変わりありません」
服に刺繍された白い花に手を当てる。
ファリンという名前はあの大樹が咲かせる白い花が由来だと母が言っていた。
ファリンが生まれたその日に、あの大樹の花が咲き誇っていたそうだ。
「でもだからって降り止まない雨を降らすこともないと思うけどなぁ」
「あの干ばつはひどいものでしたから……最低でも十年は続くと言われていました」
「じゅ、十年も!?」
もしも十年もその状態だったなら、この地は荒野の砂漠にでもなっていたかもしれない。
雨は百年と降り続いたが、森が紅樹林に変わったくらいだ。
(先代のやったことはやっぱり正しかった? いややっぱり間違ってる気がするしなぁ)
干ばつの被害を考えるならまだ雨が降り続いていた今のほうがマシだったかもしれない。
しかしいまいち納得できないリアンだった。
「でも、そんな大干ばつが起きるものなの?」
「当時のわたしは幼かったので原因をあまり覚えていませんが……干ばつが起きた原因は火竜が亡くなったからといわれていますね。火を司る元始の竜が亡くなった際に残った竜の力が暴れたのだとか」
「……火竜? 元始の竜?」
そういえば先代も水を司る元始のなんとかとか言っていたような気がする。
「まさか、元始の竜を知らないのですか?」
「あー……うん。そのへんのことは誰も教えてくれなくて……」
先代からは何の説明もなかった。元始の竜とはなんのことかさっぱりと分からない。
「まぁ……。だからレヴァリス様をあそこまで批判できたのですね」
「あいつってそんなすごい竜なの?」
「……リアン様、恐れ知らずですね」
「そりゃ何も知らないからね。第一印象からして最悪だったわけだし」
あいつ呼ばわりになるのも当然だった。
そもそも先代はもうこの世にいない。
いくら文句を言ったところで怒る相手がいないのだ。
「そうですね。まずは魔法がどういう原理かは知っていますよね?」
「全く知らないので教えて下さい、ファリン先生!」
当然のように知っている前提で話しかけられたが魔法の仕組みなどリアンは知らない。
水を操ったりはできるが全て竜の力を通してできる。
これも魔法かどうかすら、リアンには分からなかった。
ファリンはまさかそれすらも知らないのかと驚いていた。
どうやらこの世界の人にとっては常識的なことだったらしい。
「…………魔法というのはですね、周囲に満ちたあらゆる自然元素を操ることで行使可能な術です」
「ふむふむ」
「ですがこの元素は普通では操ることはできません。基本的にそれぞれの自然元素を司る精霊にお願いしてやっと扱えるのです」
「火のサラマンダーとか、水のウンディーネとかそんな感じの精霊?」
「そうですよ。……知らないというのは嘘だったのですか、リアン様」
「いや、なんとなく知ってただけで、そんな感じなのかなーって思っただけで……」
どこから知識が出てきたのかわからないが、リアンがなんとなく頭に浮かべたものはあっていたようだ。
サラマンダーやウンディーネは精霊の中でも大精霊と言われる力を持った特別な存在で、滅多にいるようなものではない。
魔法を操る際にお願いを聞き届けるのは名もない精霊たちが主である。
名もない精霊たちの力は微弱で、普段目に見えない。
それはただのそよ風であったり、ちょっと部屋が暑い程度の環境の変化として、彼らの存在を感じることができる。
「魔法の呪文というのはその精霊に対してのお願いと命令文ですね。例えば……《火を灯せ》」
ファリンが言葉に魔力を乗せて呪文を唱えると、指先に小さな火が灯った。
「おおー! 今、火の精霊にお願いして魔法を使ったんだね!」
「いえ、エルフというのは精霊に近い種族なので自分で元素を操って魔法が扱えます。なので他の精霊にお願いする必要はありません」
「あ、そうなんだ」
「そもそもここは水の元素の影響が強い場所なので火の精霊たちは滅多に近寄りませんし、火の元素も扱いにくい場所ですね」
火を用いた魔法は、今のように指先に火がちょっと出せる程度しか出せないという。
それ以上にしようとするなら自前の魔力を消費して無理やりやるしかない。
「エルフってすごいんだね……。あれ? それなら呪文を唱える必要もないんじゃないの?」
「いえ、言葉に魔力を乗せれば現実に干渉し、無象のものを現象化する力を持ちます。なので呪文は必要なのですよ。……呪文もなく魔法を行使できるのは元始の竜だけといわれています。理由はわからないのですが」
「へぇ……そうなんだ」
これは無闇やたらに魔法を使わないほうがいいかもしれない。
何気なく水を操ったりしていたがどうやらそれができるのは元始の竜だけらしく、下手に使っている所を見られたら正体がバレるだろう。
「ところでリアン様、先程手に水を纏わせていましたが……一体どういう原理でしたのですか?」
「……ギクッ」
と思ったがもうすでに遅かった。
そういえばさっきファリンの傷をどうにかしたくて、傷を冷やすために水を出していた。
「やっぱり、レヴァリス様なのでは?」
「違うって。……ところで、その元始の竜って結局どんな存在なの?」
誤魔化すようにリアンが聞く。
ファリンはきっとリアンが只者ではないと気付いているだろう。
レヴァリスなのか、そうでないのか少し決めかねている様子だ。
……レヴァリスであるならどうしてそんなことを知らないのかと言った感じで続きを話し始めた。
「元始の竜は簡単に言えば精霊たちの上位存在です。……いえ、この世のあらゆる存在の上で頂点に立つ存在でしょう。彼らの力は元素その物ですから。そしてその力は計り知れない力を持ちます」
「……だから元始の竜は百年と降り続く雨を降らしたり、十年も続くような干ばつを起こせたりできるんだね」
「ええ。人の中には竜神と崇める者たちもいますよ」
本当に竜神と呼ばれていたんだ……とリアンはつい思ってしまった。
(……確かにこんな力、野放しにできないな。あっだから先代は私に力を譲ってから死んでいったのかな?)
先程火竜が死んだことで干ばつが起きたと言っていた。自然災害を引き起こすほどの竜の力だ。
それを制御する意志がなくなった時、その力はどれだけ脅威となるだろうか。
(まぁ今の異常気象は死に関係なく続いているけど……)
空を見上げれば雲が覆っており、今も大雨を降らせている。
死んでも死んでいなくても、先代のやったことは続いていた。
「ねぇ、この雨を止めてもいいかな?」
百年間、けして止むことのなかった雨だ。
分厚く黒い雲はこのすり鉢谷を蓋のように覆い尽くしていた。
「そんなことできるはずもありません……できるとしたら水竜様くらいで――」
「できると思うよ。だって私は――」
「ファリン! ここに居ましたか!」
扉が乱暴に開けられ、一人のエルフが入ってきた。
長い金髪を三編みにしたエルフの青年だ。
「リュシエンお兄様、どうされましたか?」
「いますぐにこの村から出ていきましょう!」
リュシエンと呼ばれたエルフは女性にすら見えるほどの美しさを持っている。
優しい微笑みをすればさぞ似合っているだろうに、今は切羽詰まったような、険しい表情をしていた。
リュシエンは妹の返事も聞かずに手を掴むと、無理矢理にでも連れて行こうとした。
「それは許さんぞ。リュシエン!」
二人が家を出たところで、その家を包囲するように武装したエルフたちが待ち構えていた。
彼らはリュシエンとファリン、それから側にいたリアンを逃さないように囲い込む。
「リュシエン、お前の妹は邪竜への生贄にすると決定された。大人しくファリンを渡せ」
「それはお断りします! いくら長老衆の方々の決定であったとしても、私は妹のファリンを生贄に出すことなどできません」
「貴様は邪竜の怒りに触れてこの村が滅んでもいいと申すか!」
「ええ、私にとっては村よりも妹が大事ですから!」
槍を向けた兵士たちを挟んで長老と呼ばれる五人のエルフたちとリュシエンが言い争う。
「……邪竜の生贄?」
そんな緊迫した場で不思議そうに首を傾げていたリアンだった。
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