百年前の願い
ファリンの案内で彼女の家にリアンはやってきた。
彼女の家は他の家と同じようにツリーハウスだ。二階建てのようで、少しばかり天井が狭い。
少し窮屈な部屋の中に押し込まれるように家具なども置かれている。
この家に入った瞬間から薬草らしい独特の匂いがした。
その匂いの元である乾燥した植物と、それを加工する道具があった。
棚を見ればいくつかのフラスコがあり、緑色やら青色などの不思議な液体が入っている。
まるで実験室か、薬屋のような印象だ。
その棚に入れられたもの、それがポーションだったらしい。
ファリンは棚から一つポーションを手にとって、それを飲んだ。
飲んだ瞬間、みるみると赤く腫れていた頬が治っていく。
「へぇ~ポーションってすごいんだね……」
「リアン様はポーションを使ったことはないのですか?」
「えっまぁ……うん」
なんとなく存在は知っていたが使ったことがない。
今はなき記憶的にもそうだと思った。
……ない記憶に聞いても分からないものだろうが、まぁきっとそうだろう。
「……リアン様はこの村の方ではありませんよね」
「うん、そうなんだ。えーと、旅人ってやつだよ」
エルフの村の者なら知っていてもおかしくない話をファリンに聞いた時点で、村の者ではないとわかるだろう。
耳の特徴は髪で隠すこともできなくはないが、この話をするならバレることだ。
リアンはうまい言い訳を考えていなかったため、咄嗟に旅人と偽ることにした。
「その服は……」
「えっと……服が雨に濡れちゃってね。親切な人が服を貸してくれたんだ」
人ではなく魚であるが。
「ファリン?」
「なんでもありません。……レヴァリス様がなぜこの村を水に沈めたかの話でしたね」
どこか信用できないような、疑う視線をされたがファリンは話をしてくれるようだった。
「――それは百年前のことでした」
その年は雨が降らない日が異常に続き、干ばつの被害がエルフたちを悩ませていた。
泉や川は干上がり、木々が枯れ果て果物がならなくなる。
森の恵みを失い、次々と動物たちが死に絶え、森林火災まで起こる始末。
どうにかしたかったがこの天災を人がどうこうすることなどできない。
「そんなある日、わたしはレヴァリス様……水竜様と出会いました。ちょうど、リアン様のような髪と目の色をしていましたね」
「髪と目の色だけ? 外見は?」
「外見は美しい青年だったかと……まぁわたしにとってはお兄様の方が美しいと思うのですが!」
「あぁ、うん。とりあえず続けて」
「わかりました! わたしのお兄様はですね――」
「ごめん、そっちじゃない。お兄さんの話は後で聞くから!」
今聞いたらきっと一時間ほどはファリンの兄の話に付き合わされそうだ。
それほどに兄のことが好きなのだろう。ブラコンというやつだ。
「それでええっと……どこまで話しましたか?」
「干ばつの被害で困っていて、その時に水竜にあったというところまで」
「……こほん。――わたしはレヴァリス様にお会いしたその時にお願いをしたのです。『この森に雨を降らせてください』と」
水を司る元始の竜ならば、雨を降らせこの干ばつの被害をなくしてくれるかもしれない。
だからファリンは願ったのだ。水竜に雨を降らせて欲しいと。
「……それでレヴァリスは叶えてくれたの?」
「ええ、叶えてくださいました」
水竜は願いを聞き入れ、このすり鉢谷の全域に雨を降らせてくれた。
まさに恵みの雨であった。当時の村人たちは誰も彼もが喜んでくれたのをファリンは覚えている。
「レヴァリスもそういうことするんだ……」
困っていたエルフたちを助けるためにその願いを叶えたのだとしたら、少しはレヴァリスを見直すところであった。
だが、それで終わりだったならエルフたちに邪竜とは呼ばれていないだろう。
「……レヴァリス様は確かに願いを叶えてくれました。ですが雨は止むことなく降り続けました」
「ねぇ……もしかしてなんだけど、今も降っている雨は――」
「はい、レヴァリス様の力のお陰です。もう百年も前から晴れたことはなく、雨は降り続いていますよ」
「やっぱりかー!」
リアンは思わず頭を抱えてしまった。
つまりこの森が水の下に沈んでしまったのは百年降り続いた雨のせいだった。
すり鉢状の地形をしているこの地なら大量の水が溜まれば湖にもなるだろう。
「なんでそうなるかなー! 確かに雨降らせてって願いだし叶えているけど……ずっと降り止まない雨にすることはないでしょ、先代ー!」
リアンはあの世にこの文句が届けと言わんばかりに叫んでしまった。
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