見破られた!?

 先代がなぜこの地を水に沈めたのか、リアンは知る必要があった。

 もしかしたらエルフたちが先代を怒らせたということもありえる。


 その調査をするためにも服が必要だ。

 流石に裸で人前に出るような非常識な行動はしたくなかった。

 水竜の姿の時は別だ、あれは存在自体が非常識の塊だから。


 水竜のまま出ていけば邪竜と恐れられ、話を聞いてくれない可能性がある。

 人の姿ならそういった騒ぎを起こすことなく、スムーズに調査ができるだろう。


「ねぇヌシちゃん、人が着る服とか持ってない?」


 とりあえずダメ元で湖のヌシに聞いてみた。

 ヌシちゃんと気軽にリアンは呼んだが、けしてちゃん付けで呼べるようなかわいい存在ではないと言っておこう。

 人が見れば大きな怪物のような魚だ。だが竜のリアンにとっては金魚の出目金のように見えていた。

 ヌシちゃんはちょっと待ってと言ってヒレを振ってから、どこかへ泳いで行く。

 しばらくすると口に小さな布切れを咥えて戻ってきた。


「すごい! 流石この湖のヌシだ! ヌシちゃん、ありがとう!」

「ギョー!」


 まるで犬を褒めるようにすれば、ヌシちゃんは褒められて嬉しいのか尾ひれをひらひらさせながらくるりと踊った。

 ヌシちゃん曰く、たまに風に飛ばされた服が湖の中に落ちてくるらしい。

 これはその一つなのだとか。


「ちょっとサイズが大きいし、あまり可愛くないけどないよりはマシだね」


 エルフたちが着ていた服に似ている緑色の長衣は、確かにリアンの人型にはあっていなく、裾を捲らなければならないが仕方ないだろう。

 リアンは服を着た後、昨日訪れたエルフの村へ向かった。

 その際に水中を泳いでいったが、人の姿でも呼吸は問題なく潜っていられた。

 元は水竜だから水の中でも息ができて泳げるのだろう。


「おっと、服がびしょびしょだったね」


 水から上がって村に入った時、服が気になった。

 雨が降っているため服が濡れていてもおかしくはないし、水に濡れた少女というのもいいかもしれない。

 ……大人の魅力はどこかに置いてきてしまったようだが。

 しかし水分を含んだ服というのは重い。サイズが大きい服であるため、余計に。

 リアンは服に手を当てると水竜の力を使い、水分だけを取り出してみる。

 すると服はみるみると乾いていった。


「すごい……これなら簡単に洗濯物も乾かせるね」


 思いつきでやってみたことだったがうまくいった。ついでに髪に付いた水分も飛ばす。


「それにしても、なんかすごく警戒してる……やっぱり邪竜扱いされているからかな?」


 村に入ろうとした時、槍を構えて武装したエルフの男たちが水上を見張るように見ていた。

 なんとかその監視を掻い潜って村に入ることができたが、気軽に話ができる雰囲気ではない。


「とりあえず話しかけやすい人は……ん?」


 何やら言い争うような人の声がした。リアンはその声の方へ向かって歩いていく。

 いくつかの枝橋を渡り、気付けばこの村の中心にある大樹の前にたどり着いた。

 枝が幾重にも重なってできた広場のような場所。


「今度は何を願ったんだ! お前が願ったから邪竜が――」

「おい、もうやめろって!」

 

 そこにそびえ立つ大樹の前には一人のエルフの女の子と二人のエルフの男たちがいた。

 少女は地面に倒れている。顔は殴られたように真っ赤に腫れていて。

 殴ったのは男だろう。もう一人の男に止められて殴るのをやめ、そのまま二人は離れていった。


「……傷の手当もせずに放置か」


 あんな幼い女の子を怪我させただけでなく、そのまま放置するとは。

 文句を言ってやりたいところだが、まずは女の子を助けるほうが先だろう。


「ねぇ君、殴られていたけど大丈夫?」


 今のリアンより幼く、十代前後の女の子だった。

 綺麗な金髪を編み込んでハーフアップに纏めてある。

 白い花が刺繍された緑の長衣が似合っていて可愛らしい。

 リアンが声を掛ければ、女の子はリアンのほうを向いて緑の目を丸くさせた。


「レヴァリス様……?」

「え、レヴァリス!?」


 まさか水竜の姿に戻っているのだろうかとリアンは慌てて身体を見渡したが、だぼだぼの服を着た人の身体のままだ。


「ち、違うよー! 私はレヴァリスでも邪竜でもないよー!」

「あっごめんなさい……ちょっと似ていたのでつい……」


 レヴァリスと言われ、まさか自分の正体に気付いたのかと思ったが気づいてはいないらしい。

 とりあずリアンが手を差し伸べて、女の子を助け起こす。

 頬はひどく腫れていた。


「ええと……こういうのって冷やせばいいんだっけ?」


 どうしようか迷って、とりあえずリアンが女の子の頬に触れる。

 手に冷たい水を纏わせて。


「あの……傷薬のポーションがあるので大丈夫ですよ」

「あっそうなの?」


 余計な世話だったかもしれない。そう思って手を放した。

 女の子は不思議そうにリアンの手を見つめたままだ。

 ……そういえば水をまだ纏わせたままだった。リアンはさっと手を振って水を払う。


「やっぱりレヴァリス様ですよね?」

「違います! 人違いです!」


 人違いならぬ竜違いだが、今は人の姿をしているのでそう言っておく。


「だいたいレヴァリスはドラゴンだよ。私はどっからどう見ても人なのに……」

「ええっと……人化しているレヴァリス様を昔見たことがありまして……」


 ということは先代も少女の姿でもしていたのだろうか?

 竜の姿でなければバレないと思ったが人によっては気づかれる恐れもあるようだ。


「君、先代に会ったことあるの?」

「先代……?」

「あーえっと、レヴァリスだよ。レヴァリス!」


 思わず先代と言ってしまったリアンが慌てたように訂正する。


「ということはこの森が湖になった理由も知ってるよね? 私理由が知りたくて……」


 続けてそう質問すれば、少女は暗い顔をして俯いた。


「あの、ごめん。聞いちゃいけないことだった?」

「いえ、そうではないのです。知りたいというのであれば話しますよ。……助けてくれたのもありますし」

「助けたといっても私は声をかけただけだけどね」

「声をかけてくれただけでも嬉しかったのですよ。わたしはファリンと申します」


 ファリンと名乗った少女は少しだけ顔を綻ばせながら、手を差し伸べた。


「私はリアンだよ。よろしくね、ファリン。あぁ……初めてこの世界の人と会話した気がする……」

「? 何を喜んでいるのですか」

「あーいや、ファリンに会えて嬉しいなって」


 普通に話せるというだけでちょっと嬉しかった。

 話の通じない先代とか、逃げていくエルフとこの世界に来てからまともに会話できる相手に出会えなかったから。

 湖のヌシ? ヌシちゃんは魚だから人とカウントするには微妙だ。

 そのためリアンの中ではちょっと違うらしい。

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