エルフの村

 太い枝がいくつも絡まってできた橋の上を一人の男が足早に通っていく。


 詰襟の長衣を帯で締めたエルフの民族衣装を着ており、長い金髪を三編みにして横へ流していた。

 エルフ族というのは皆、美男美女揃いだ。

 その例に漏れず、長い耳を持つ男もまた整った顔立ちをしている。

 優しく、穏和といった印象が先にくる垂れ目な容姿もあって、男性ではなく女性にすら見えるほどだった。


 しかし今は硬い表情で、眉間に皺を寄せている。

 男はとある木の上の家にたどり着き、その扉を開けた。


「これはリュシエン様、どうされました?」


 出迎えた者が両手を握るように胸の前で合わせ、一礼をする。この村に昔から伝わる礼だ。

 リュシエンと呼ばれた男もその礼を返したかったが、手にはガラス瓶の入った木箱を抱えていたため、会釈で返した。


「ポーションを持ってきたのですよ。あとできれば彼らと話はできるでしょうか?」

「これはこれは……わざわざありがとうございます」


 リュシエンは出迎えたエルフにポーションを渡しながら、部屋の中をぐるりと見渡す。


 部屋には数人の男たちがベッドの上に寝かされていた。

 彼らは漁に出ている漁師たちで、昨日漁に出ていた。

 報告によれば外傷は多少あったものの、命に別状はないらしい。


 最近船を襲う大魚の仕業であったが、今回はどうやら少し違うという。


 ちょうど大魚に襲われていたその時に、あの邪竜が出たというのだ。

 先に逃げ返ってきた者たちの話を聞いて、これはまずいと村のエルフたちは思った。


 一先ず、一隻沈没したせいで水に投げ出された仲間を救うべく、救助隊が向かうことにしたのだが……その救助対象が見つかったのだ。この村の中で。

 それが今、目の前で眠っている彼らだった。


 リュシエンも救助隊のメンバーとして向かうところだったから、報告を聞いた時は驚いたものだ。


「気が付きましたか?」


 ベッドで寝ていた男の一人が目を覚ました。

 リュシエンは話ができる状態か確かめると、すぐに何があったかを聞いた。

 リュシエンの目的はなぜ彼らがこの村に戻ってきていたのか理由を探るためである。


「あ、あぁ。なぁ、一体何があったんだ」

「邪竜が現れたんですよ」

「邪竜だって!? まさかそんな……」


 リュシエンだって最初に聞いた時は耳を疑った。


 薄い水色の鱗は透明水のような輝きを持ち、満月の瞳にて世を見つめる。

 翼を羽ばたかせれば荒波を起こし、長いヒレのような尻尾を振れば渦を起こす。


 各地の伝承に畏怖と共にその姿と名を残す、水を司るドラゴン――レヴァリス。

 このエルフの村においては邪竜と呼ばれるその存在を彼らは見たという。


「リュシエン様たちが俺たちを助けてくれたのか?」


「いいえ、あなたたちは村に停留していた漁船に乗せられているところを発見されました。……自力で戻ってきたわけじゃないのですか?」


「ヌシがいるのに加えてあの邪竜がいる場から俺たちが逃げられるわけないだろ。それに気を失っていたから何も覚えちゃいない」


「そうですか……ありがとうございます。ひとまず皆さんはここで傷を癒やしてください」


 優しく言葉を掛けながら大した収穫もなく、リュシエンはその場を後にしようとした。


「なぁ、リュシエン様……この村は大丈夫だよな? 邪竜が襲ってきたりしないよな?」

「それは……私にはわかりません」


 リュシエンはまたいくつかの橋を渡り、今度は大きな家の中に入った。

 広い部屋の中に木の円卓を囲うエルフが数人。

 彼らはこの村をまとめる長老たちである。


 長老と言っても老いておらず、リュシエンと同じような青年の外見を持つ者ばかりだ。


「長老方、ただいま戻りました」


 リュシエンは先程出迎えた男と同じような礼をした。


「おぉリュシエン、彼らはどうであった?」

「水に投げ出された者たちは皆、気を失っていたため、どうやって村にたどり着いたか分からないと言っていました」


「そうか……結局彼らが助かった理由は分からなかったか」

「なんであれ、彼らは無事に戻ってきたのだ。それで良いではないか。それよりも問題にすべきは邪竜のほうだ」


 一人の長老がそう言えば、他の長老たちも頷いた。


「今朝、湖を警戒していた者たちの報告によれば湖に渦巻きが発生していたという。それは水柱となって天まで登っていたそうだな?」


「わしは見たぞ……あれは恐ろしいものであった……きっと邪竜は怒っているに違いない。この村は終わりだ!」


 今朝の渦巻きはリアンが遊んでいたようなものだが、エルフたちが知るわけもなく怯えていた。


「湖のヌシは邪竜に挑んだそうだな?」

「ああ、だが尻尾に薙ぎ払われて終わったそうだ。あの二級の魔物ですら、赤子同然のようにあしらうなんて……」


 大魚はこの大樹の湖に住まうヌシだ。

 元は森の小さな泉に住まう魔物だったが、この百年で湖と化したこの地域で成長し、二級の魔物となった。

 二級の魔物とは街を一つ滅ぼせる程度の力を持つ魔物をそう呼ぶ。

 冒険者ギルドが定めた階級で、上は一級から始まり一番下のランクが五級だ。


 ヌシは湖の奥を住処としており、こちらから手出しをしなければ襲っては来ない魔物だったため、エルフ達にとってはちょっとした隣人程度の認識であった。


 それが最近になってエルフたちの生活領域に現れ始め、しかも船を襲うようになった。

 これ以上暴れられれば船を出せずに漁ができない。

 仕方なく近々、討伐しようという話になっていたが……。


「きっとヌシ様はあの邪竜を追い出そうと勇敢に戦ってくれたのだ」

「だから最近、我らの前に現れていたのだな? 邪竜が来るから逃げよと警告するために!」

「そういうことだったのか!」

「あぁヌシ様……そうとは知らず我らはなんてことを……あなた様の犠牲は忘れません」


 家を追い出された怒りで暴れていただけである。

 そしてヌシは死んでもいないが彼らが知るわけもない。


「しかし……邪竜はどうしようもないな」


 その一言に重い沈黙が落ちた。


 水竜レヴァリスは災厄級の存在として知られ、恐れられている。

 五段階で評価されるランクだが、それで測れない存在のことを災厄級という。


 この階級は世界レベルに被害をもたらす存在だ。レヴァリスがそれに認定されている。

 そもそもこの階級ができた原因がレヴァリスなのだから当然とも言えよう。

 そんな歩く災厄が村の近くにいるだなんて、生きた心地がしない。


「やはり……アレしかないな」

「うむ」

「左様で」


 五人の長老たちは頷き、円卓から立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る