不思議な水の中
「この人達どうしよう……」
背に乗せた人達を見てリアンは悩む。とりあえずこの人達を送り届けなければならないだろう。
しかし、皆気絶しているため話が聞けず、どこに行けばいいのか分からない。
とりあえず降り止みそうにない雨から翼で屋根を作って守りながら、当てもなく泳いでいく。
「それにしてもなんであの人達は逃げたんだろう?」
邪竜といっていたがまさか自分のことだろうか?
いや、自分ではなくリアンを二代目と呼び、水竜の力を半ば押し付けてきたあの竜神……先代のことだろうか。
リアンと先代を見間違えてもおかしくない。今のリアンの姿は先代と同じ水竜の姿だ。
ということは先代は邪竜と呼ばれているということになるが……それだけのことをしたのだろうか?
「……ありえるなぁ」
勝手に人の記憶を消したり、死んでいなかったら殺して連れてこようとしたあの先代だ。
竜神というより、邪竜と呼ばれているほうがしっくりくるとリアンは思ってしまった。
まったく、どうしてリアンの上司となる者は碌でもないものばかりなのか。
前世だってきっと上司の尻拭いをしていたから過労で死んだのだろう。とくに覚えていないけど。
「あっあれは……森かな?」
そんなことを考えているうちに遠くに大きな森林を思わせる木々が見えてきた。
近づくに連れ、それが水の中から幹を伸ばした木々が連なる
その一つ一つの木は太く、身体の大きな竜であるリアンの背すら超えている。
太い木の上には家のような建物も見えた。それも一つだけではない。
いくつか木の上に家々があり、それを繋ぐように木の枝の橋が架かっていた。
クルミのような堅いきのみの殻を加工して作ったらしい大きな提灯が吊るされており、村の全容をぼんやりと照らし出している。
木の下の水面には船も係留されていて、先程見かけた船に似ていた。
ツリーハウスの森の中央付近を見るとこの森一番の大木があった。
その周辺は木が密集しているようで、その場所はまるで地面のような太い枝が折り重なり、一種の島のようになっていた。
水上に現れた紅樹林の村。あれこそが、このエルフ達の住処だろう。
「よかった、とりあえず村までは送れそう! あっでも今の私がそのまま出て行ったらまた怖がられるかもしれない……?」
先代と同じ姿をしているリアンは先程のように邪竜と恐れられるだろう。
リアンは出来るだけ姿を隠して村に近づいて行った。
村の外側に位置する家の前まで来ると、そこに係留されていた船に助けた人達を乗せていく。
「……ゴホン。そこの家の方~この人達をお願いします!」
大きく声を上げると、家から人が出てきた。
リアンは姿を見られないように水中に潜り、そこから様子を伺う。
「あっ、おいお前達どうしたんだ!?」
船の上のエルフ達に気がついたのだろう、男の慌てた声が聞こえた。
それを確認し、リアンは村からそっと離れた。
「これでよしっと。……さて、これからどうしようかな?」
水の奥なら誰にも見つかることがない。リアンは水底に沈みながら考える。
「……先代は邪竜って呼ばれているみたいだけどなんでだろう?」
どうして邪竜と呼ばれているのか。その理由が知りたいとリアンは思った。
もしかしたらエルフたちが勝手にそう呼んでいるだけかもしれない。
……その可能性は残念ながら低そうだが、これからこの世界で生きていくことを考えると理由は知っておいたほうが良さそうだ。
リアンはなにせ、その先代から力を譲り受けて水竜となったのだから。
水上の空は相変わらずの暗雲で雨が降っており、その色がさらに暗くなっていた。
どうやらもうすぐ夜になるようだ。
今日の活動は終わりにし、ひとまず水の底に引っ込むことにした。
◇◇◇
夜が明け、朝になった……と思われる。
昨晩から続く雨は止むことはなく、水面を叩きつける音が水の底まで聞こえてきていた。
「ゆ、夢じゃなかった……」
竜神に会って後を引き継いで竜になった、なんてまるで夢のような話だ。
寝て起きたらきっと忘れてしまった部屋のベッドで目覚め、何事もなく人としての生活に戻るのだろうとリアンは思っていたが全部現実だった。
思わず頬をつねろうとしたが硬い鱗に阻まれ、鉤爪で引っ掻くことしか出来なかった。
それで夢ではないと気付いたのだが。
「水竜って言うほどだし、水を動かせたりできるのかな?」
リアンは自分の水竜としての力が気になり、その力を試してみることにした。
とりあえず水の流れを想像してみる。
「お……! 少し流れができてきた!」
水中の中は流れもなく静かだったが、リアンが水を動かすイメージをすればその通りに流れが出来ていく。
「穏やかな水流に……今度は激流! からの渦潮!」
だんだん動かすのが楽しくなってきたリアンはその水の流れを速くし、大きく動かし始めたが……。
「あれ、止め方分からない。あっちょっと待って、巻き込まれる~!」
巨大な渦となった流れにリアンは巻き込まれ、ぐるぐるとしばらく回ってしまった。
「なんか……洗濯物になった気分……」
目を回しつつ何とか渦を止めたリアンだった。
改めて周囲を見れば水中にある物も巻き込んでしまったらしく、小さな魚たちやその魚たちが住処にしていた丸太も飛ばしてしまっていた。
「ごめんなさい……」
……無闇に力は使わない方が良さそうだ。
想像以上に水竜の力というのはすごいらしい。
とりあえず家を壊してしまったので、そのあたりから丸太を拾い集め、魚たちの住処を組み直してあげた。
「それにしても、なんか木や枝ばっかりで森みたいだ。水の中なのに」
水中はまるで森の中だと思うほど木が生い茂っていたのだ。
水の中であり、それも太陽が届かぬ場所だというのに不思議であった。
この水中の木々は魔力を帯びた魔木である。
日の届かない水中であっても生きられるように魔力を取り込んで進化した、この地だけに生息する極めて珍しい木だ。
「こんなところでも、生きていけるなんて逞しい木だな~」
このような環境の中でも生きるために進化した木々は逞しいかもしれない。
リアンはそんな摩訶不思議な水中から浮上し、水面に頭だけを出して、キョロキョロと辺りを見渡した。
今日も雨模様。ここで目覚めてから日の目を拝んだことがない。
「……ここってもしかして大きな湖なのかな?」
ぐるりと周りを囲むように山が見え、その端に陸地が見える。
水も海水でないことから、ここは湖なのではないかという結論に至った。
「さて……どうしようかな」
昨日から何も食べていないが、幸いにも空腹は感じない。
さすが竜というべきか、何も食べなくても生きていけるようだ。
食料問題は特に問題ないと分かれば、不安もなく調べ物ができる。
リアンの目下の目的は先代がなぜ邪竜と呼ばれているか調べることだ。
「何か知っていそうなのはやっぱりあのエルフの人たちだろうけど……」
そのまま出ていったとして、先代と間違われて恐れられるだろう。むしろ攻撃してくるかもしれない。
できれば穏便に話がしたいところだが、自分が先代ではないと言ったところで聞き耳を持ってくれるか怪しい。
「せめて竜の姿じゃなかったらなぁ……竜神と言っていたくらいだから人の姿になるくらいはできないかなぁ……」
うんうんと唸りながら人の姿を脳内に浮かべる。
「人の姿かぁ……そういえば前世の自分は人だったぽいけど……」
そもそも自分の性別すら怪しいが……まぁ女性だっただろうと思う。
働いていたらしいことを考えると成人はしていそうだが……。
「んー何歳だったかわからないけど、見た目は若いほうがいいかなぁ……女の子ならやっぱり可愛い服が似合う感じがいいし……」
そうしてリアンの脳内に浮かべる人の姿が女性の形になっていく。
「あれ……?」
気付けば身体の面積が小さくなっていた。背に生えていた翼や尻尾の感覚がない。
手足を見れば水色の鱗がなくなり、透き通るような白い肌が見える。
「……人になっている! えっかわいい!!」
事実、その通りだった。水面に映るリアンは人の形をしていた。
鱗と同じ薄い水色のセミロングの髪。
水面に映る月のような色を持つ瞳。
頬をつっつけば潤い十分のモチモチ白肌。
年齢的には人の子にして十三、四だろうか?
少々幼い顔立ちで背も小さいが、愛らしさもある美少女と言える。
水竜の特徴を受けているためか、どこか人間離れした完成された美しささえあった。
一つ問題があるとすれば――。
「ってなんで裸なのーーー!!」
服がなかった。
ついでに胸もないが、今はそんなことはどうでもいい。
竜の時は服を着ていなくても特に気にならなかったが、人の姿になった途端に気になりだした。
不思議なものだが、そういうものだろう。
バシャバシャと水面で真っ赤になって慌てているリアンの姿は、傍から見れば溺れているように見える。
「ギョギョアア!!」
「ええっ!?」
そんな風にしていたからか、悲鳴を聞きつけた魔物が寄ってきた。
それも昨日見かけた大魚だ。
「あれ? こんなおっきい魚だったかな……?」
あの時のリアンは竜の姿をしていた。大魚と言っても自分にとっては子犬くらいに見えただろう。
だが今は人の姿をしているせいでリアンのほうが小さい。
あの大魚なら簡単に丸呑みできるだろう。というかそうしようと、大きく口を開けてリアンの方へ向かってきていた。
「ひゃあああーー食べないでよー!」
慌ててリアンは竜の姿に戻ると、その尻尾で大魚をぶっ叩いた。
「ギョアアアアア……!」
ゴウッと荒波を立てて尻尾は大魚にぶち当たり、大魚は面白いようにふっ飛ばされた。
水切りの石のように水面を跳ねて飛んでいき、ボシャンと落ちたその後は目を回しながらぷかぷか身を浮かせた。
「ええと……ごめんね? まぁ君が私を食べようとしたから悪いんだけどさ……」
しばらく経った水の中で。大魚を前にリアンは謝る。
先程飛ばしてしまった大魚は生きていた。大きなたんこぶができていたが大丈夫そうだ。
大魚はリアンに吹き飛ばされたからか、もう襲ってくる気配もない。
ただ自信を無くしたように意気消沈していた。
「ギョア……」
「えっ……別に食べようとしたわけじゃないの?」
なんとなく、このヌシの言うことがリアンにはわかった。
たぶん自分が水竜という存在だからだろう。魔物の言うこともわかるようだ。
この大魚はこの湖のヌシと呼ばれる魚だという。
最近、自分の住処を奪われてしまい、その鬱憤をぶつけるように暴れまわっていたようだ。
「君の住処を奪うなんてひどい奴もいたもんだねぇ……」
「ギョー……」
「……なんで私を見るの」
不満たっぷりな目で見られて見つめ返せば、慌てたように目を逸らされた。
あれ? もしかして? とリアンは嫌な予感がした。
「……ねぇ、もしかして。君の住処ってこの湖の奥にある水中洞窟?」
「ギョウ!」
コクリと頷かれて、やっぱりかー!とリアンは頭を抱えた。
ヌシの住処を奪った犯人はきっと先代だろう。
リアンが目覚めた時、あの水中洞窟にいた。そこがこのヌシの住処だったらしい。
先代があそこに居座ったせいで、ヌシは帰れなくなったのだろう。
家を追い出されたヌシはその怒りをぶつけるように、漁をしていたエルフの船を襲っていたという。
実力的にヌシは水竜には絶対に勝てないとわかっていたから、先代には手を出さなかったようだ。
だが、今の水竜はどうやら様子が違う。しかも人の姿をしていた。
これなら勝てるかもしれないと、住処を取り戻すべくリアンに襲いかかってきたのだ。
結果は返り討ちであったが。
「ええっと……先代がご迷惑をお掛けしました。もうあの住処は近寄らないから戻っていいよ」
「ギョギョウ?」
「嘘じゃない、本当だよー! 私は先代みたいに無断で陣取ったりしないからー!」
どうして自分が先代の代わりに謝らなければならないのかわからないが、謝りつつリアンは信じてもらえるようヌシを説得した。
人騒がせならぬ魚騒がせな先代だ。
ちゃんと住人の許可を得てあの洞窟を使っていれば、こんなことにはならなかったのに。
エルフたちに邪竜と呼ばれているのだって、そういう行動をしたからかもしれない。
「あっ……そうだ! ねぇ君、先代が……レヴァリスが邪竜ってエルフたちに呼ばれている理由を知っている?」
人に聞けないなら魚に聞けばいい。
リアンの言葉を理解しているらしいヌシは少し考えるように体を斜めにさせた。
「ギョギョ、ギョア」
「よくは知らない。だけど邪竜と呼ばれているのは……この地を水に沈めたからかもしれない……?」
思えば、おかしな湖だった。
水中は森の中のように木々が生い茂っていた。
まるで森をそのまま水の中に沈めたような、そんな雰囲気だった。
エルフというのは本来、森に住む種族である。
元々この地は確かに森だったのだろう。
周囲を山が囲っているすり鉢状の地形のため、大量の水が溜まれば湖となる。
「……そりゃ邪竜って呼ばれるよ」
エルフの村ごとこの一帯を水に沈めたのだとしたら、邪竜と恐れられても無理はないだろうなとリアンは思った。
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