私は邪竜じゃありません! 転生して二代目水竜になりましたが先代は邪竜と呼ばれていました
彩帆
エルフの湖編
水竜にならないか?
――退屈だ。
生きるうえにおいて何もすることがなく、退屈するというのは死と変わらないことだろう。
ならば生きるためにも、退屈しないためにも何かをしなければならない。
退屈を紛らわす方法を考えてみたが、思いついたことはどれもこれもしたことだ。
それはもう散々と。飽きるほどに。
いや、思えば一つだけ、たった一つだけしたことがなかった。
――つまり、今が死時ということか!
そう思い至ったことは当然だったといえよう。
私はまだ死ぬということをしたことがなかったのだから。
あぁ、なんて天才的な考えなのだろう。青天の霹靂とはまさにこのことだ。
退屈だった気持ちは吹き飛んでしまった。
しかし、このまま死んでも面白くない。
――私の代わりが必要だ。
生き生きとした気持ちで、私は死ぬための準備を始めることにした。
◇◇◇
「……あれ?」
上下左右どこを見ても白しか見えない空間の中。
その中に光の玉が浮いている。まるで脈を打つように小さな光は瞬いていた。
「目覚めたか?」
「……だ、誰!?」
小さな光は声を発し慌てふためき、突然話しかけてきたもう一つの声の主を探す。
しかし、どこを見ても声を発する者がいない。
「我が名はレヴァリス。水を司る元始の竜にして、人々からは竜神などと祀られるドラゴンである」
「元始の竜……竜神……?」
その疑問に答えるように、目の前に水色のドラゴンが姿を現した。
するりと長く伸びた尾ひれのような尻尾に両翼を背に持った大きな存在。
胴長の体を覆う分厚く硬い薄い水色の鱗は、それ一つ一つが宝石のように煌びやかだ。
手足には鋭い鉤爪と水かきがあり、縦長の瞳孔を持つ瞳は琥珀色。
まさに水に住まう偉大なる美しき竜と言えるだろう。
忽然と現れた巨大な存在に、心なしか光はさらに小さく縮こまった。
「お前を呼び出したのは他でもない。私の代わりに水竜にならないか?」
「……えっ?」
先程から小さな光はまともな言葉を発していない。それもそうだろう。
尋常ならざる空間でドラゴンに出会ったと思ったら、ドラゴンにならないかと言われている状況だ。
同じドラゴンならまだしも、小さな光は人である。今の形は光の玉だが、少なくとも心は人なのだ。
だから人としての常識で動いている。
つまるところ、普通の人である小さな光には、この状況に対する理解が追い付かなかったようだ。
「い、いきなりそんな事言われても……大体ここはどこ? 私はさっきまで……あれ、あれ?」
昨日の晩ご飯どころか、自分が誰なのかすら思い出せない。
ついさっきまで人としての日常があった、あったはずなのだ。
しかし、何一つ詳細を思い出せない。自分の名前すらも。
手繰り寄せる記憶の糸が途中でぷつりと途切れたように、何も思い出せなかった。
「あれ? なんで何も思い出せないの……」
「記憶はそんなに必要だったか?」
「まさかとは思うんですけど……私の記憶消しました?」
「あぁ、消した」
「勝手に人の記憶消さないでっ!? ちゃんと許可取って!!」
そんなあっけらかんと言わないで欲しいと言いたげに抗議する小さな光だった。
「だが別に不便でもないだろう?」
「いやでも……あれ、確かにそうでもない?」
記憶がないとはいえ昔のことがちょっと思い出せない程度になっている。
一般的な常識や知識といったものは覚えており、箸の使い方だって忘れていない。
「そんなに過去の記憶が欲しいか……では上司が押し付けた仕事のせいで残業が続いた日々の――」
「やっぱいりません、そんな記憶」
「なに、遠慮をするな」
「遠慮じゃありません!」
そんな聞いただけでも精神がすり減りそうな記憶を戻されても困る。
「まぁ、いっか! どうせ必要なら無理矢理にでも思い出すでしょ」
忘れても良さそうな内容なのでそのままでいいかと言った様子だ。
かなり明るく前向きで、楽観的な思考をしていた。
「……んーでも。さっきまで生きていたような感覚もあるのに……なんで私はここにいるんだろ?」
「安心しろ、お前はもう死んでいるぞ」
「いや、何も安心できないんですけど! 死んでいるって聞かされて安心なんてできると思ってるの!?」
少なくとも小さな光はそうではなかったようだ。
竜神という存在にツッコミを入れているが、もう死んでいるらしいので怖いものがないから遠慮もない。
一体どんな死に方をしたのか思い出せないが、さっきの聞かされた記憶の内容からして碌な死に方をしていなさそうである。
余計に記憶はいらなそうだ。
苦しく死んだかもしれない時の記憶なんてないほうがいいだろう。
「それで……死んだ私はあなたに呼び出されたの?」
「うむ、そうだ。私の跡を継いで、水竜とするためにな。……私は長く生きた。お前では理解ができぬほどの永遠にも等しい時間だ。退屈するほどの時間をな。……だから、そろそろ終わりを迎えようと思ったのだ。しかし、せっかくのこの力……ただ死にゆくままに、朽ちらせるのは惜しいと考えた」
竜神とも崇められるほどの偉大なる古竜の力。惜しむならば、誰かにくれてやろう。
その思いに行き着き、この力を持つに相応しい存在を探し続けた。
「そしてこの力を扱える魂を求めた結果、ちょうど死んだお前の魂を見つけたというわけだ。ただの魂ではダメでな、この力を扱える特別な魂でなくてはいけなかった。それがタイミングよく死んだお前だったというわけだ」
「なるほど……じゃあ私が死ななかったらそれまで待つつもりだったんですね」
「いや、殺して連れてくるつもりだったが?」
「あなたって本当に竜神なんですか?」
もしかしてこいつヤバい奴なんじゃね? と小さい光は思った。
どちらにせよ、寿命は短かったようだ。
「ではもう一度聞こう。私の代わりに水竜にならないか?」
「それは……」
「死にゆく者の最後の願いを聞き届けると思えばいい」
「そう言われると断りづらいんだけど……」
自分もまた死んでいて、死ぬ前に一つくらい願いがあったかもしれない。
そんな願いがあったかはもうわからないが。
他でもない、目の前の存在に消されている。
それでも、叶えたいと小さな光は思った。
きっとお人好しだったのだろう。
どうしようもないほどに。
頼まれることを断れず、断って気まずい空気になるくらいなら、じゃあ自分がやっておけばいいやと思って受け入れるようなそんな人だ。
お人好しというより、単に断る勇気がないとも言えるだろうが。
「まぁ最初からお前に拒否権はないがな」
「なら選択肢があるような聞き方しないでよ……」
どうせそんなことだろうと思っていた。
代わりとなれる特別な魂だと竜神が言っていたのだ。
そんな特別な魂は希少だろう。
それをみすみす逃すことをしそうにない。
殺してまで連れて来ると言ったくらいだ。
小さな光に最初から選択肢なんてない。
もはや竜神の跡を継いで水竜になることは決定事項だろう。
逃げようにも死んでいるし、逃げる当てもない。
記憶が消されたのも逃げ込む先をなくすためか。
「断ることも出来そうにないから、やりますよ」
半ば諦めるように小さな光は言った。
だが、けして悪い話でもない。
竜という圧倒的な力を受け継いで、転生するのだから。
「では、これからはお前が――そうだ、名前が必要だったな」
考えるように竜神は少し黙り、そして再び口を開けた。
「――リアンだ。お前はリアンと名乗れ」
「リアンですか?」
「そうだ。これからはリアン、お前が水竜だ。二代目の水竜として、好きに生きるがいい!」
どこからともなく水が押し寄せ、波が渦巻き、小さな光の玉を――リアンを飲み込んだ。
◇◇◇
(ここは……?)
目を開けると暗かった。先程までの空間は白くなぜか光もないのに明るかったが、今いる場所は完全に闇だ。
それに全身を包み込むようなゆるりとした何か……これは水だろうか。
どうやら自分は水の中にいるとリアンには分かった。
息ができないと思ったが、それも大丈夫だとすぐに気づいた。
暗かった周囲が見えるようになる。
闇に目がなれたのか、それとも夜目がきいたか。
目の調子を確かめるに後者だと直感的に思った。
(ここどこ……?)
周囲を見渡せばゴツゴツとした岩肌が見える。洞窟のようだ。
それも天井まで水に浸された水中洞窟。
そしてリアンはとあることに気づく。自分の体は人のそれではないと。
分厚い鱗に覆われた鉤爪のある手足に、後ろの長い何かを振ると水が渦を巻いた。
首も長く感じるし、何より体の面積が大きくなったようにも思う。
(……きっと私は水竜になってるんだ)
いきなり人間とは違う体になってびっくりしたが不思議としっくりときた。
それというのも、過去の記憶が消されて曖昧なせいだろうか。
暗い場所で分かりにくいが、先程の白い空間で出会った竜神と同じ姿をしていると分かった。
いや、そもそも今のこの体自体があの竜神と同じらしい。
竜神の魂が消滅し、入れ替わるように自分の魂が入ったのだとなんとなく理解した。
どうしてわかったのかと言うと、肉体の記憶というものだろうか?
竜神の記憶が少しだけ残っていたのだ。
(……これからどうしよう)
竜神と呼ばれていたのなら自分も何か竜神らしいことをしなければならないのだろうか?
そう思ったが特に具体的な説明がされていない。
肉体の記憶もその辺に関してのものはなかった。
引き継ぎはちゃんとして欲しかったなとリアンは思った。
(でも、好きに生きろって言っていたし、何もしなくていいならのんびり過ごしたいな)
新しい人生ならぬ竜生。
前世はどうやら大変だったようだし、今世は気ままにのんびりと過ごすのもいいかもしれない。
とりあえず新しい生活を始める為にも、この洞窟から出よう。
水の流れを感じ取れるようで、その流れから見るにこの先に進むと洞窟の外へ出られることが分かった。
リアンは水の流れに沿って出口へ向かうことにした。
(それにしても……魚の一匹も見当たらない)
あるのは水と暗闇だけ。自分の他に生物はいなかった。
(もしかして生物って私だけ? あっいや、人間もいるんだっけ)
人々から色んな呼ばれ方をしていたという竜神の話から、人がいないということはなさそうだ。
(まぁ、実際に会ってみないと分からないか)
考え込みながらもヒレを動かして泳いでいく。
ドラゴンの体だが、その体の使い方は自然と理解できていた。
肉体の記憶のおかげだろう。竜神はリアンに不便がないようにしてくれたようだ。
すぐ洞窟を抜けることができた。
やっと暗闇から開放されたと思いきや、出た場所も暗かった。洞窟よりはマシだが。
ここは海底なのかと思ったが、水は海水ではないようだ。
それに水上も見える位置にあった。
もっとも、今のリアンはドラゴンである。距離感の感じ方は人のそれとは違うだろう。
(あっ魚発見!)
上を見上げていると頭上を魚の群れが泳いでいた……のだが、リアンの存在に気付いたのか一斉に泳ぐスピードを上げて逃げてしまった。
(食べられると思ったのかな? まぁこれだけ大きいし)
少し明るくなったこの場で、自分の体を確認することができた。
やはり白い空間で出会った竜神と同じ水色の鱗を持つ竜の姿だ。
(……あれ? 音がする?)
遠くから水の振動を感じるように音がする。水上付近が音の発信源のようだ。
リアンはその場所に行ってみることにした。
尻尾のヒレを用いて速度を上げ、水上まで急上昇。ゴウッと水の激流が巻き起こった。
派手な音と水しぶきを上げてリアンは水上に出た。
水のない空気が鱗肌に触れ、激しく降る雨を弾く。
どうやら雨を降らす黒い雲が覆っていたから水の中まで暗かったようだ。
その雨が打ち付ける水上には船がいくつか浮いていた。
木でできた小型の漁船を思わせる船。一隻に五、六人は乗っている。
人だ……と思ったがその耳は長い。彼らはエルフという種族のようだ。
だが、エルフとは森に住まう者ではなかっただろうか。
こんなあたり一面水だらけの場所で、漁船に乗るような種族だっただろうかとリアンは思う。
いや、それよりも。船に囲われた大物がいた。
もちろんリアンではなく、別の大物だ。ギザギザとした牙を生やした大きな魚。
「えーと……」
そして誰もが驚くような表情で、リアンを見ていた。
船に乗ったエルフたちは銛を手にして、大きな魚と戦っていた様子。
そのうちの船の一隻が沈没し、数人のエルフが水の中に投げ出されていた。
そんな場面に登場したのがリアンだった。
水面から表れ出たのはそう――。
「じゃ……邪竜だああああああ!?」
声を上げて恐れたエルフ達は何やら魔法を使うと船を高速に移動させて、白い波の尾を残して一目散に逃げていく。
水に投げ出された仲間を忘れるほどに慌てていた。
「えっ、あの、えっ……?」
思わず大魚を見ると、ぱくぱくと牙だらけの口を開け閉めした後に慌てるように水の中に潜って逃げていった。
どうみてもあのエルフたちと同じく怯えて逃げていった様子。
「……邪竜?」
初めて聞いた言葉だったが、その言葉を理解できていた。
これも肉体の記憶のおかげらしい。
しかし、ポツリと残されたリアンには状況の理解はできなかった。
困惑する彼女の体を激しい雨が打ちつける。
……とりあえず。まずすることは溺れている人の救助だろうとリアンは思った。
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