第40話
『先突き進むだけじゃなくて、周りを振り返って足並み揃えること。』
何で今になってこの言葉が思い出されるんだろうか。
リーゼルグの声がまたも頭の中を響いて駆け巡る。
やっぱり長年の監禁が不調でも及ぼしてるのかもしれない。
…ルド…リカルド!---
また誰かが遠くで呼んでいる声がした。
こちらは何だかはっきり聞こえる。
やっと夢と現実の境界がはっきりした。
ぼんやりと目を開くと、頭に痛みを感じて顔をしかめる。
肌に当たる感触が何やら固いと思ったら、床に倒れていた。
「リカルド!大丈夫か?」
どうやらシードルの声が頭に響いて目を覚ました様だ。
「…何だよこれ。」
「オレも知らないよ。お前より先に目が覚めたらもうこんなだった。」
執務室内に違いはないが、そんな場所には不似合いな檻が設置されている。
2人はその中に閉じ込められていた。
論文を探す時に執務室を覗いたがこんな物はなかった筈だ。
立ち上がろうとすると、手足の自由が利かない事に気付いた。後ろ手に縛られ芋虫の様に寝転がされている。
横にいるシードルも同様だった。
「…論文。」
「ドルマンが持って行ったんだろ。…ジェーンもいない…。」
「…出るぞ!」
魔術が使えないので例の手錠かと思ったが、2人共魔導士の腕輪が嵌められていた。
手錠が不足しているからだろう。
「クソっ!!」
縄をどうにか引きちぎろうと力を込めるが、当然びくともしない。
せめて手錠を外そうと床に打ち付けるが、手に打ち身が出来るだけだ。
「少しは落ち着けよ!焦ってどうにかなるもんじゃないだろ!」
「時間ねえの分かってんだろ!どうすんだよ!」
シードルの言葉が悠長に思えてならず、焦って強い口調で言い返す。
執務室の中を見ても、特に使えそうな物は何もない。
ドルマンがいない内にここから出なくてはまた振り出しになる。
足音が聞こえてくる。
「…少しでも時間稼ごう。気絶しといたフリしてた方がいい。」
シードルが扉を睨みながらそう言った。
扉が開く。
唇を噛み締めながら、リクも頭を床に伏せた。
「まだ目覚めてないのか。」
「みたいだな。」
入ってくるなり聞いた事のある2人の男の声がする。どうやらドルマンの側近の魔導士2人の様だ。
だが、足音は3人分ある。
薄目で足元を見ると、側近2人の後ろをついて入って来る最下層の女の服装が見えた。
「とりあえず状況報告だな。」
ドルマンが来ない理由は分からないが、何か外せない用事でもあるのか。恐らく3人は監視に来たのであろう。
少しすると側近の1人が窓へと近付いた。
「やっと火収まったよな…。こんな日に山火事とか…。」
「いや、あれこいつらかゼインズの仕業だろ。
もう1人の男も窓に近付いた時、最下層の女が扉に近寄って鍵を閉めた。
男達はそれを知ってか知らずか、窓の外を眺めて話し続けている。
「え。」
シードルが女を見て小さく叫んだ。
幸い男達は気付いていない。
リクが睨むとシードルは声を出さずにごめんと口だけ動かす。
だがそれでも何やら瞬きして女を見てはリクに目配せしてくる。
何かを知らせたいのだろうか。
シードルの行動の意味が分からない。
多少この位置なら顔をずらしても分からないだろうと思い、女の方を見た。
視力が悪くて見え辛いが、女は側近の2人の背中に集中的に顔を向けているのが分かる。
その仕草は魔術を使おうとしている様だ。
もしかすると自分達を助けようと奮闘してくれているのか。
最下層の人間でありながら攻撃しようとする意志は凄いが、えらく魔術が出るのが遅くて見るに耐えない。
これでは攻撃するより気付かれる方が早いかもしれない。
「…何だ?お前?」
当然の事の運びとなった。
話終わった男達が窓から振り返ったが、思った通り女の魔術は具現されていない。
展開が気になって、うっかり目を伏せるのも忘れていたが、男達もこちらを見ている場合ではないのだろう。
その行動が魔術を発動させるものだとようやく気付いたのか、女に集中している。
「こいつ!」
当然最下層と魔導士でスピードなど比較にはならない。
女に魔導士が放った炎が向かう。
するとここでやっと女が雷を放った。
もう1人の男は既に振り返って騒ぎを見ていたが、1人で対処できると思ったのだろう。
「うわっ遅いな!」
そう言って女を馬鹿にしながら、ただその様子を見ている。
流石に女が焦げるのを見るのは嫌だった。
目を閉じるが耳は嫌でも音が入って来る。
「えっ?」
「…何だこれ。」
誤魔化そうと歯軋りしたが、大きな男達の声がそれを遮った。
予想外の事が起きているのだろうか。
驚いた声の理由が気になって目を開いた。
実に不思議な光景である。
炎と雷はどこかへ消え去っていた。
その代わりに激しく光を放つ謎の閃光が目の前に出現している。
隣を見るとシードルも目を開いている。
ポカンと口を開きながら、目であの閃光は何だと尋ねてくる。
だが自分だってあんなもの目にした事がない。
女の様子が気になったが、そう明るくない室内で閃光が瞬いたものだから、目が眩んできて探せない。
「うわあ!!!!!」
次に聞こえたのは2人の男の悲鳴であった。
ほどなくして2人の体が倒れた音が後を追ってくる。
未知の光が現れたと同時に悲鳴が聞こえると、流石に恐怖を感じた。
身の危険から顔に汗が伝う。
光が消え去って、こちらに近付いてくる人の影が見えて来た。
女だ。どうやらこちらは無事らしい。
檻の錠をガチャッと音を立てて開いた。
「やっぱり!!」
シードルが興奮して女を見て叫んだ。
「え?」
叫んだシードルを見ていると、その間に女が猛スピードでつかつかと駆け寄って2人の手足の縄を短剣で切る。
パラリと縄が解けると、すぐに起き上がって手錠を外した。
「あんた!!今の…。」
さっきの閃光は何だったのか。
それを聞こうとしたが、質問する間も与えられなかった。
いきなり女が全体重を預けてリクにのしかかってきたのだ。
「なっ…!?」
まさかさっきの閃光で事切れたのか。
それにしては意図的に腕を巻き付けている気がする。
「嘘でしょ?気付いてないの?」
「は?」
シードルが小馬鹿にした様に吹き出す。
何に気付くというのか。
すると女が顔だけ上げて、こちらを見た。
髪の色は黒くて印象があまりに違うが、この童顔は見覚えがある。
「…レイ!?」
女がにこりと笑ってまた抱き付いた。
「はい…あなた!!」
女の正体は2年前に離れ離れになった女房だった。
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