第41話

 「…よお。」


 久し振りに聞く抑揚のない低い声が耳元に伝わる。


 この声を最後に聞いたのは2年前の自宅の玄関だった。


 顔を上げるとグレーの切長の瞳が懐かしそうにこちらを見ている。

 姿形はそう変わっていない。


 「会いたかった…!」


 レイはより一層力を込めて抱きつく。


 彼のいない家でただ待ち続けるだけの2年間。

 それは実に長い時間だった。


 諦めずに列車に乗り込んで良かった。


 今目の前に愛しい夫がいる。


 「…帰り遅くなって悪かったな。」


 久々に会ったのにこの言葉である。

 想像通り2年経っても愛想が悪い。


 でもこれこそ日常の夫との会話である。


 「待ちくたびれましてよ。一緒に帰りましょう!」


 レイは涙を満面の笑顔でかき消した。

 珍しくリクも笑顔で返事した。





 

 「…おいどけろ。」


 「あなた…。」


 「おい。」


 もうレイの視界はリク一色である。

 終いにはシードルの目の前というのにはばかることもなく、目を閉じて口に吸い付こうとする。

 リクはそんなレイを剥がそうとするが動かない。

 

 「いつまで粘着してんだ。」


 「これ位いいじゃないですか!2年振りですのよ!」


 やっと頭を掴んで何とか引き剥がすと、リクの胸には涙で型どられたレイの顔形が出来上がっていた。

 リクは気持ち悪そうに服についた顔の型を乾かしながら立ち上がる。


 シードルがボソリと呟いた。


 「…何か先が思いやられるよ。」


 レイは恨めしそうにリクを睨んでいたが、すぐにシードルに向き直った。


 「シードルも無事で…。まさか知人だなんて驚きました。」


 「オレもだよ。ごめんねレイ。忠告して助けてもらうなんて本当笑えるよ。」


 敢えなくして閃光が消え去ると、魔導士の2人が倒れている姿が現れた。


 「魔術が少ししか頭に入らなくって…。この戦闘方法だけゼインズに教えてもらった様なものですわ。」


 それを聞いたリクが怪訝な顔でレイを見る。

 

 「そういえばゼインズと一緒じゃなかったの?」


 「途中で分かれたんです。その後ゲルトに見つかってしまってそこから足取りが全く…。」


 シードルの言葉にレイが応えた。


 「とにかく外出て…!」

 

 それにハッとしたリクが早足で扉に向かおうとするのを、レイが背中を掴んで引き止める。


 「あなた!その前に色々お話ししてから外へ出ましょう?」


 「式場に急ぐのが先決なんだよ!!ジェーンだって…!」


 「オレもそう思う!『実験』が始まっちゃうよ!急ごう!!」


 シードルがリクに同調するが、レイは首を振る。


 「そちらはまだ猶予がありますわ。私諸々の事情も、あなた達が捕まった後の顛末も知ってますの。」


 「どうなったんだよ!?」


 レイはイライラしているリクの背中をトントンと叩きながら諭す。


 「まあ。せっかちは2年経っても直りませんのね…。でも私のこの魔術の話もしなくては。」


 「…魔術?」


 もうここまで来ると条件反射みたいなものであろう。

 聞き逃せないそのフレーズに、リクがピタリと動きを止めて食い付く。


 「うわあリカルドの扱い心得てるなあ!!さすが姉さん女房!」


 「…何ですって?」


 今度はシードルの言葉にレイの動きが止まる。


 「あなた?歳を教えたんですか?」


 「おい。続き。」


 般若の様な顔でこちらを睨んでくる妻を涼しい顔で無視して、リクは話を促す。

 咳払いをしてレイが話し始めた。


 「…さっきまで最下層の集まっている場に居たんです。2人がドルマンに攻撃された時、ジェーンの拾った通信機からずっと音声が流れ続けていましたの。」


 「え。それ…。て事はアルディアも聞いてた?」


 シードルが顔を青くさせて、汗を流す。


 「…オレ達の事バレちゃったの…?」

 

 レイが頷くと、シードルが落胆する。


 リクとシードルの素性が頭首まで明らかになった。

 この家から出る方法は一つだ。


 「…全面戦争で決まりだな。」


 嫌そうな顔でため息を吐くと、リクが明確に言葉にした。

 シードルが遠い目をしている。


 「ジェーンはドルマンと先程式場に連れて行かれました。今頃ドルマンがつまびらかにしてるらしくて、『実験』どころではないと思います。」


 「ゼインズの行方は掴めないの?」


 「…ええ。1階の食堂でゲルトと鉢合わせした後、魔導士も見回ったそうですけれど…。」


 レイが話している途中に、リクが何かの気配を感じた。


 「あ。」


 その方向を見ると、倒れていた側近が1人見当たらない。


 「きゃっ!!」


 レイの悲鳴と飛び退く音が聞こえて来たかと思うと、花瓶が床に勢いよく叩き割られた。

 すぐ後ろには側近の姿がある。


 「お前…何してくれた!!」


 怒りに狂った目で側近がレイを睨む。


 「どんだけ魔力抑えるんだよ…。」


 今度は近くにある壺をレイの方へ投げようとした時、リクが苦笑しながら雷を放った。

 すぐに側近は倒れて壺が床に落ちる。


 「執務室だから魔術使うと怒られるんじゃないの?」


 「そんなアホな話あんの?」


 リクがそう返した時、扉を強く叩く音がした。


 「おい!何かあったのか!?何で鍵を閉めてる!?」


 外に誰かが駆け付けたのだろう。

 レイがあっと声を上げると、すぐに返答する。


 「いっ…いいえ!!少し中でえっと…掃除していただけです!!」


 「開けろ!」


 どうしようかとリクとシードルにレイは視線を投げかけるが、策などない。


 リクとシードルは扉の両脇にそれぞれ潜むと、レイに顎で合図した。


 「何をしている!?」


 鍵を開くと同時に、今度は魔導士が3人現れた。

 レイは後退しながら、雪崩れ込む魔導士を招き入れる。

 

 「そ…掃除ですわ…。お掃除。」


 「これは…!?」


 3人が皆、床に倒れている側近を見て硬直した一瞬にシードルがバタンと扉を閉めた。

 反応した3人よりも先に、それぞれの頭に焦点を合わせていたリクが、ふっと目の力を抜く。

 間もなく雷の帯が現れると、3人の魔導士に突き刺さった。


 「ぐあっ!!」


 すると魔導士達が背中から折れた様に、体を崩して倒れて行く。


 「まずいかな。バレると押し寄せて来るかもね。」


 扉に耳を付けているシードルがそう言う。


 「なら手短に…。」


 「オレが先。」


 レイが焦って喋ろうとするのを、リクは手で制止した。

 

 「お前どっかでブルグ教の図形に接触してる筈だ。心当たりは?」

 

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