第39話

 ドルマンは間違いなく何かを隠している。


 アルディアは通信機を腰にかけたホルダーにしまいながら、先程のゲルトとの会話を思い出していた。


 「失礼を承知の上で申し上げます。論文の写しを読んだのですが…あれは本当にドルマン様の書き上げた物でしょうか?文体といい、研究内容といい…違和感を感じます。」

 

 「…何が言いたい?」


 「恐らく違う人間が書き上げたのではないかと。」


 ドルマンのそういった狡猾な所は、親である自分がよく分かっている。


 「なら誰の論文を取り上げた?一族の魔導士が論文を仕上げるなら私の耳に話が入って来るぞ。」


 「間違いなく外部の人間なのは確かです。それとここ数年、ドルマン様の挙動に不審な点があるのです。…まるで誰かを匿っているかの様な…。」


 「匿う?」


 そう言われると思い当たる節がある。

 隔離所の長期使用もそうだが、何よりも例の手錠の損壊の件はいくら何でもおかしい。


 「それが論文を書いた人間だというのか?」


 「断定はできませんが。…頭首。」


 ゲルトが眉間に皺を寄せながら尋ねた。

 

 「近頃論文に着手している魔導士はいますか?少なくとも私は聞いておりませんが…。」


 論文を手掛けている魔導士は今はドルマンしかいない筈だ。


 ならばゲルトの見かけたその男が手にしていた論文は何だったのか。


 自分の状況を少しでも有利にしようとゲルトが必死だったのは否めない。だが、少し姑息な所はあるにしても、付き従う人間に出まかせを言える様な器ではない。

 

 檻の中の子供と魔導士達を振り返る。

 全員がびくりと肩を震わせて動きを止めた。


 「鍵はどこだ?」


 「ド…ドルマン様にお渡ししております。」


 「何?何故ドルマンに渡した?」


 「申し訳ありません!!ドルマン様が鍵を預かるとおっしゃってましたので…!!」


 アルディアの不服そうな顔に、魔導士達の顔面は真っ青になる。


 「もういい。持ち場に戻れ。」


 そう言うと魔導士達は一目散に逃げる様に式場を出て行った。


 檻の中の子供達はこちらを見て震え上がっている。


 「お前達が何故魔術が使えないか分かるか?」


 そう問い掛けると、子供達は不思議そうな顔をして互いに目を合わせて首を傾げる。


 「先代の頭首から次代の頭首へその理由は内密に代々受け継がれる。」


 アルディアは手元から紙を取り出した。


 「この図形の入った武器に見覚えはないか?」


 




  2階の階段を昇っていると、走る勢いをつけ過ぎたのか手が滑る。


 「あ。」


 気が付いた時にはもう遅い。

 論文はぶち撒けて階段の上を舞った。


 「バカ!!何やってんだよ!!」


 「悪い。」


 後ろにいるシードルとジェーンが急いでそれを拾い上げる。


 「これで全部だと思うのですが…枚数足りてますか?」

 

 「いや、1枚ねえな。」


 落とした付近を探すが見つからない。


 「あ、あれ…!」


 シードルが扉を指差した。


 2階へと出る扉の下の隙間に紙の端が見えている。


 「取りますのでお2人は下に居て下さい。」

 

 扉を開いて誰かいたらまずい。

 リク達は階段を少し降りて、その様子を後ろから見守る。

 ジェーンが取ろうと扉に近付いた。


 「え…!」


 ジェーンの小さな声が聞こえてリクが扉の方を見た。

 取ろうとした紙が扉の外へと向かって進んで行く。

 誰かが向こうから論文を取ったのだ。


 「…論文?」


 扉が開いて現れたのは魔導士の男だった。

 ドルマンの側近ではない事が分かると、2人は階段を昇る。


 「あ、すみません…!」


 ジェーンが男から論文を受け取ろうとするが返して来ない。

 男の方はジェーンを見て驚愕の表情を浮かべるだけだ。

 しかしすぐに通信機を手に持つや否や、叫び始めた。


 「侵入者だ!!2階経路出入り口!!」


 そう言うと男がジェーンに視線を集中させ始めた。


 「きゃ…!」


 悲鳴を上げるジェーンの前にリクが防御壁を出すと、同時に男に雷を喰らわせる。

 呻きながら男が倒れると、ジェーンは論文と通信機をひったくった。


 「見ろ!!あの女だ!!」


 通信機で呼び寄せられた魔導士の大群が、上の階段からこちらに向かって走って来ている。

 

 自分とシードルには目もくれず、ジェーンにばかり魔導士が注目しているのは何故か。


 だがそのお陰で攻撃しやすい。


 「うわっ!!」


 「何だ!?」


 階段から姿を現した魔導士達に炎を向かわせる。

 だが後から来た魔導士は倒れて行く仲間を見て、皆向かう炎に対して防御し始めた。

 これだけの人数の防御壁を壊すには1人では厳しい。


 「おいシードル!!」


 「分かってるよ!!」


 シードルが集中したかと思うと、とてつもなく大きい雷が魔導士達に直撃して防御壁を壊して行く。


 「…お前。」


 「すごいでしょ。」


 リクと目が合うと、シードルがふふんと鼻を鳴らして天狗になっている。

 魔導士の身としては面白くない。


 「見てろよ…。」


 リクは負けじと威力の大きい雷を出すと、それらを四方に分散させた。

 あっという間に魔導士達は全員気を失って倒れる。

 

 「大人気ないなあ…。」


 「なら調子乗んな。」


 全て終えたかと思ったその時だった。


 体に何か衝撃が伝わる。


 「っ!!」


 すると頭にいきなり痛みが走り、眩暈で立てなくなった。

 

 この感覚は雷だ。


 下を向けばシードルが先に倒れていた。

 

 しかしどこから放たれたのか。

 

 「随分と遠出してくれたものだ。」


 見なくとも声で分かる。


 ジェーンの首を腕で押さえたドルマンが薄ら笑いを浮かべて立っていた。



 






 無事3階の洗い場へ到着したレイは、最下層達の思いもよらなかった状況に驚いている。

 えらく活気がある上に、掃除もしていない。

 何だか一族特有の陰のある雰囲気が抜けてしまっているのだ。


 侵入者なのだから目立つ行動は避けようと、端でその辺の雑巾を掴んで洗っていると逆に怪しまれたのか皆が近寄って来る。 


 「いや、何で今更掃除?」


 「えっ!?」


 それどころか皆で手を引っ張って来たかと思うと、集団の輪の中に引き寄せられた。

 

 「ちょ…ちょっと…!!」


 無力な最下層の人間に手出しをするのはできれば避けたい。


 「もしかして…。」


 俯いて瞳を隠していたが、ひょいと1人の男がボソボソ呟きながら下からレイを覗き込んで来る。


 「あ!!!この人!!!」


 瞳の色でバレてしまった様だ。


 気の毒だが失神させる他ない。


 男の首元目掛けて脚を出す。


 「わっ!!違っ…!!!」


 だが運良く男が床のバケツにつまずいて転んで、レイの蹴りは入らなかった。


 「レイチェルさん!!」


 「え?」


 もう一度脚を出し掛けた時に、慌てて男が名前を呼んで来た。

 他の最下層がレイの方をじっと見つめながら、男に手を貸して立ち上がらせる。

 

 「ジェーンから話を聞いて、オレ達はあんた達に協力する事になったんだ!!敵じゃない!!」


 「…きょ…協力?」


 戸惑いを隠せず、レイはその場にいる全員の表情を確認する。


 「あんたの旦那達の事も聞いてる。本当だよ。オレ達も外に出たいんだ。」


 ここまで事情を知っているならどうやら偽りではなさそうだ。

 

 「…でもどうしていきなり…。」

 

 「ジェーンが説得して来たんだよ。それ聞いて行動しなきゃなって。」


 皆が同調する様に大きく頷きながら笑顔で応える。


 「まあ…!」


 自分の投じた嫌味は発端の一石にはなっただろうが、ここまで波紋を大きくしたのはジェーンだ。

 期待以上にジェーンが躍進している。


 「それで…今ジェーンや主人達は…?」


 「それが3人で経路から地下の練習場に行ったんだけど…。あんたがゼインズと一緒に逃げたの?」


 「ええ。ですがゼインズは今1階ですよ。ほら火を…。あら?」


 そう言って近くの窓から下を眺めるが、火が消えている。

 もう魔力が尽きてしまったのだろうか。だとしたら今身を隠している筈だ。


 ビーッと机にある機械から大きな音がして、雑音が聞こえて来た。

 

 「な…何です?」


 「通信機。ちょっと静かにしてて。」


 全員が通信機の元に集まるので、レイも男と一緒に駆け寄る。


 『侵入者は論文を持ち歩いている可能性がある。見つけ次第連絡しろ。』


 アルディアの声が響く。

 

 「論文持ってるの旦那じゃないの?」


 「ええ。主人達が侵入者と分かったのかしら…。」


 もしかすると混乱に乗じて自分が罪を着せられているのかもしれないと考えていると、数分も待たずにまた大きな音がする。


 『ゼインズを発見した!1階食堂!』


 ゲルトの声だ。

 

 「まずいぞ…ゲルト様に…!」


 まさか魔力を失くしたゼインズがゲルトに捕まったのか。

 だから火が消えているのかもしれない。


 「私…食堂に行って来ます!」


 「待ちなよ!ゲルト様は強いよ!作戦でもあるの?」


 女に止められ、少し表情を濁す。

 確かに魔術では到底叶う訳がない。

 だが短剣を突き刺した時、1つだけ勝機は考えられた。


 「体術なら引けを取りません。なのでかわしながら…。」

 

 レイがそう言いかけた途中で、通信機がまた鳴り響く。


 「またかよ!!今度は何だ!?」 


 ざわつき始めた最下層達が固唾を飲んで、言葉を待つ。


 『侵入者だ!!2階経路出入り口!!』


 最悪の展開である。


 レイは唇を強く噛んだ。

 状況の悪さに流石に直感も働かない。

 

 「位置からすると今ここだな。」


 「最後の発信誰か分かるか?」


 だが最下層達はざわつくものの、皆見取り図を出して何やら相談している。


 「ほら、作戦がある方がいいよ。」


 レイの肩を女が叩く。


 何とも頼もしい味方にレイはただ感心するしかなかった。

 


 

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