第38話

 「消せ!これ魔術だ!」


 「多分例の侵入者よ!!」


 魔導士達が束になって水をかけるものの、何故か紅い炎が鎮火される気配は一向にない。

 それもその筈、空き部屋から1階へと降りたゼインズが直に火を継ぎ足していたからだ。


 外に出てばかりいると、魔導士に見つかる。

 ゼインズは建物の窓を開いて中に入ると、また木に集中して火を出した。

 しかし最初に放った火と比較すると、どんどん勢いが失せている。


 「…そろそろか。」


 尽きそうな魔力を少しでも温存したい。

 木のお陰で、あちこち放った炎は当分は消えないだろう。

 しばらくはここで様子を見ようと食堂の隅にある棚の後ろに隠れてやり過ごす。


 「こいつは功労者だな。」


 ゼインズはポケットにしまっていたレイのハンカチを取り出すと微笑む。

 ハンカチを出すと、リクのメモまで出て来たので引っ込めた。


 「…!」


 足音が聞こえる。


 呼吸を止める様にしてその発生源を目で探す。

 

 音は食堂の入り口からである。


 どうやら男の魔導士の様である。


 火が止まらない事を不審に思って、探りに来たのかもしれない。


 一歩一歩とこちらへ進み、とうとう棚の前まで迫って来た。


 ゼインズは腕を出して、覗き込んだ魔導士の頭を腕で締め上げた。


 「うぐっ!!」

 

 しばらく苦しそうにもがいていたが、相手は気を失って床に倒れ込む。 

 服から何か使える物がないかを探すが、目ぼしい物は見当たらない。


 立ち上がろうとしたその時だった。


 「がっ…!!」


 後頭部に強い衝撃が走る。


 油断した。

 頭がふらつくが、何とか持ち堪えて背後を振り返る。


 食堂の椅子を持ったゲルトが、恐ろしい形相で睨み付けている。


 「ゼインズを発見した!1階食堂!」


 ゲルトは手に持った通信機に向かって大声で叫んだ。


 


 5階の祭典場。

 その名の通りここは行事の為に使用される。

 エラリィ家自体質素な建物だが、この式場だけは少し違う。

 建材こそ古くなっているものの、室内の床から天井まで輝く様に磨かれている。

 この家で唯一華やかな色彩を持つ、入り口近くから壇上に流れる赤い織絨毯と床の対比が美しい。

 だが一際目立つのは壇上である。

 階段を登ると全員の顔が見渡せるその空間は、当然ながら上層部にしか立ち入りができない。

 暗い色ながらも、光沢を帯びた布地に金字のエラリィ家の紋章が光る横断幕。金の縁取りのされた緞帳も同系色だが、かえって統一性が感じられる。

 その質を物語っているのか、壇上の机の背には丁寧に彫られた紋章が浮かび上がっていた。

 

 ドルマンは魔導士が落第者達を運び入れるのを壇上から見ていた。

 落第者候補が1人ずつ魔導士の付き添いの元に式場へと入って来ると、用意された檻へと入る。

 まるで買い入れた奴隷の様だ。


 「ドルマン様。これで全員です。」


 「鍵を渡せ。後は任せる。」


 魔導士の声に壇上から降りると、ドルマンは檻の鍵を受け取る。


 自分はこんなことをしている場合ではない。

 ゼインズの協力者が現れたお陰でエステルに見張りがついたが、この家のどこかにリク達は潜伏している。

 

 直接的には記述していないものの、論文の至る箇所に魔力の事は言及されている。

 アルディアにあの論文が見つかり、リクが吐けばまずい。


 万が一父が魔力を蘇らせたら…。

 

 「…父上。」


 「何を急いでいる。」


 急いでリクを探す為に式場の外へと向かおうとしたドルマンだったが、運悪くアルディアが入って来た。


 「いえ、私も侵入者を探そうと…。通信機で連絡が来ました。若い女だとか。」


 「ああ。…まあ捜索は魔導士達に任せろ。」


 父の性格を考えると自分も捜索に駆り出されると予想していたが、何かおかしい。

 ましてゼインズに関わる出来事なら尚更だ。

 何か自分に触れられたくない事でもあるのだろうか。


 しかしドルマンがそう長くいぶかしむ間もなかった。


 「それよりドルマン。論文を見せろ。」


 「…何故ですか?」


 「単に要領を見るだけだ。ゲルトが写しを燃やした様でな。まだ写しがあるか?」


 「…いえ。」


 さすがにいくつも写しを用意してはいない。

 それどころか今は現物さえ手元にない。

 

 「要領ならこの場でお伝えします。」


 「いや、お前の部屋に戻る方が早い。すぐに見せろ。」


 これ以上言い訳が増えると怪しまれる。

 もう嘘で乗り切るしかない。


 「父上の手間を煩わせるのが心苦しくて黙っていたのですが、何者かに盗まれまして…。」


 「何だと?盗まれた?」


 「ええ。もしかすると例の侵入者かと予測しております。」


 アルディアは数秒黙り込んで考えていたが、すぐに通信機を手にした。


 「侵入者は論文を持ち歩いている可能性がある。見つけ次第連絡しろ。」

 

 その命令を聞いてドルマンは一瞬焦ったが、よく考えれば侵入者は女だと伝わっている。

 先に自分がリクを捕まえてしまえば問題ない。


 「ありがとうございます父上。では私も捜索に参ります。」


 そう言って去って行くドルマンの背を、アルディアは白々しく見ていた。

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