第37話

 経路から用具室の入り口へと到着すると、誰もいないか確認する為にジェーンがゆっくりと扉を開く。


 「…リカルドさん!!」


 血相を変えたジェーンが2人を手招きする。

 とりあえず安全な事が確認できると、リクとシードルも用具室へと入った。


 「これ…もしかしてもう…!」


 用具室の壁が煤だらけである。

 何かが派手に燃えたのは確かだ。


 「流石にこんな所で人燃やす事ねえだろ。」


 「練習場は?見てくれる?」


 ジェーンがシードルに促されて練習場への扉をおそるおそる開いて覗いた。


 「…燃えていません。…でも。」


 小声でそう伝えるが、ジェーンはまだ何かを見つめている。


 「檻があります…。」


 「は?檻?」


 状況が分からないのがもどかしくて、2人も扉に顔をつけて覗き込んだ。


 練習場の中心辺りにある檻から子供達がぞろぞろと出て、練習場を後にしている。

 どの子供も酷く怯えた顔で足取りが重い。


 「あいつ…。」


 その中に助けた少女の姿を見つけ、その子供達が落第者候補の集団だと分かった。


 「上。2人とも上見てみな。」


 シードルにそう言われてリクとジェーンが従って視線を動かす。

 監視場にドルマンの姿が見えた。


 「…別の場所で実験しようとしているんでしょうか?」


 「かもな。檻に入れてた意味ねえけど。」


 目ざといドルマンに見つかるとまずい。

 何もなかった事を確認すると、3人はさっさと扉を閉めて用具室を見回した。


 「でもこれ何かあったでしょ。焼け跡新しいし、絶対魔術だもん。」


 シードルの言葉にリクも用具室の焼け跡を見回す。


 「ん?」


 何だか床に光るものが見えた気がして、屈む。

 近くで見ると、何か金色の糸の様なものが束になって落ちていた。


 「…髪か。」


 「おい…!それ…!」


 シードルがギョッとして声を上げると、ジェーンも口を手で覆う。

 

 「…レイがいたのは間違いなさそうだな。」


 ベルが鳴ったのを見ると、上手く逃げ切った様である。

 ここに隠れて見つかったのだろうか。


 その時練習場から檻を移動する音が聞こえて来た。

 音はこちらに向かっている。


 「か…隠れましょう!!」


 ジェーンが2人の腕を引っ張る。

 奥にある的の裏に隠れると、すぐに扉が開いた。


 「うわー。結構焦げてんな。」


 「そりゃ暗かったからゲルト様も集中できなかったんだろ。」


 2人の男の声と、檻を引き摺る音が用具室の中に飛び込んで来る。


 「ゼインズどんな奴だった?」


 「見たって言っても『実験』する前にすぐ消えたし。周り多かったからそんな見えてねえよ。」


 「若い女に助けられるとか結構やるよな。爺さんなのによ。」

 

 「もういいから上がるぞ。」


 男達は檻を置くと、用具室から出て行く。

 足音が消えるのを待って、リク達は的の裏側から這い出した。


 「…レイがゼインズを助けたのか…。ゼインズと一緒なら安心じゃんか。」


 「ええ。天才と言われるくらいですし。」


 「ゼインズ魔力少ないらしい。」


 シードルとジェーンが希望を持つ様な発言をしたが、リクの一言で2人は肩を落とした。


 「今は最下層の人間も協力的ですし、レイさんもその事に気付けばいいんですが…。」


 「無理だろ。とにかく『実験』にはゼインズが付き物だろうから、今頃血眼で探してる筈だ。何か上層部が集中してる所当たってくか。」


 「ほんじゃ一度洗い場に戻る?上層部がどういう動きしてんのか分からないし。」


 シードルのその言葉で用具室から経路へと移る。

 

 経路の中の階段を昇ろうとした時だった。


 魔導士がどこからともなく、こちらに向かって走って来た。


 「!!」


 咄嗟の事だから隠れる場所もない。

 ドルマンの側近ならばまずい。ただ息を殺して顔を腕で隠す。

 先頭にいたジェーンはシードルの腕に抱き付いて必死で隠した。


 「おい!!火事だ!!外の西側!」


 魔導士が絶叫する。

 やたら焦っているのだろう。

 こちらの事なんぞ目もくれずに走りながら、同じ言葉を繰り返し叫びながら去って行く。


 「あー…。命拾いしたな。」


 「…うん。ジェーンありがとう。」


 ジェーンが首を振って微笑むのに、シードルが顔を赤くする。

 若干シードルの視線がジェーンの顔よりも下の方にある気がするのは気のせいか。


 「こんな時に火事だなんて…。余程酷いんでしょうか?」


 この火事騒ぎのせいなのか、もう誰もいない。少しくらい寄り道しても大丈夫そうだ。


 「ここ1階だろ?経路から見えるか?西側。」


 そう尋ねるとジェーンが頷いて近くの窓へと案内する。

 

 汚らしい窓からでも、紅い色が揺らめいているのがすぐ分かる。

 窓を開くと、煙が舞い込んで来て眼前まで炎がせり上がって来た。

 リクは防御壁を張って下を覗き込む。

 夜の闇の中が嘘の様に明るく見える。

 火に包まれた木々は激しく燃えて、どんどんと家を囲んでいた。

 

 「うわ。これ家大丈夫?」


 シードルがむせ返り、涙目になる。


 「どうでしょう…。山火事になりそうですね…。」


 窓を見ていると何か白いものがふわりと落ちてきたのが左眼の視界の端に映った。


 どこからそれが落ちたのか目で追っていると、3階の窓から人の姿が見える。


 「…!!」


 黒一面の服装の中、違う色の服を着ているから目が悪くてもすぐに分かった。


 ゼインズだ。

 位置からして例の空き部屋だろう。

 火事を上から見つめている。

 

 「見えた。空き部屋だ!」


 リクがそう言うと、シードルとジェーンも同じ様に見上げる。


 「おおっ!あの人か!」


 「3階に行ってみましょう!」


 全員窓から離れると、ジェーンがエプロンから鍵を探って手に握った。

 

 「あ。ちょっと待て。」


 そういえばさっき落ちてきた白い物は何だったのか。

 確認しようと、シードルが窓を閉めようとするのを止めてもう一度覗き込む。

 火のついた木々から離れて地面に落ちているので、燃えてはいない様だ。

 

 目を凝らしてそれが何か判断しようとするが、少し遠い。


 「…見えん。」


 「おいやめとけよ。今度は顔からこんがりいくぞ。」


 身を乗り出して見ていたら半身窓から出ていた。シードルが必死に背中を引っ張って止める。


 「見えるかジェーン?」


 それでも気になってジェーンに見てもらうが、彼女も首を振った。

 

 「布…みたいですね。ここからじゃ無理ですよ。」

 

 「はいはい終わり。お前はいっつも周りが見えないんだから…。」


 「うるさいんだよ。」


 母親の様にシードルに捲れ上がった服を直されていると、ジェーンがクスクス笑って窓を閉める。


 3人は3階へと急いだ。




 さて、3人が覗いていた窓のおおよそ真上に位置する3階の空き部屋。


 「こんなに…。取るのも一苦労だわ…。」


 レイは一人ブツブツと呟いて服の葉っぱをむしり取っていた。


 2人が取った方法はこうだった。

 ゼインズといた空き部屋から木を伝って少し離れた空き部屋に移り、到着すると合図にハンカチを落とした。

するとなけなしの魔力で、ゼインズが1階の木々を勢いよく燃やす。

 レイは扉を開いて外を見ると、見回っていた魔導士に大声で告げた。


 「火事です!!」


 魔導士達は急いで部屋の窓を覗き込むと、すぐに1階へと降りて行った。


 そこまでは良かったのだが、服についた葉っぱの量が半端ない。

 このまま外に行って空き部屋に駆けつけると、歩く度に葉っぱが落ちて足跡みたいになってしまう。


 「さあ、そろそろ…。きゃ…!」


 部屋を出ようとすると、足で何かを踏ん付けた。


 「て…手錠?」

 

 例の魔術を封じる手錠である。


 そういえばこの部屋の前で魔導士が噂をしていたのを思い出す。

 こんな手錠まであると、やはりシードルが捕まっていた部屋に間違いなさそうだ。


 「…魔術で壊したのね。」


 切れた様に欠けているのを見ると、壊し方は一目瞭然だった。


 シードルを魔術で助ける人間なんてリク位しかいない。

 2人が同行している可能性は高そうだ。


 慎重に扉を開いたが、当然誰もいない。

 階段の下からも音が響いて来ない様子を見ると、3階にいた魔導士達が1、2階の魔導士も引き連れて火事現場へと向かったのだろう。


 「すごいわ…言った通りね…。」

 

 ゼインズの思惑通り物事は進んで行く。


 レイは経路への扉を開く。


 行き先はジェーンの言っていた洗い場だ。

 

 


 


 

 

 

 


 

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