第36話

 「本当に君は運がいいなレイ。」


 「お恥ずかしいです。それだけで乗り切った様なものですもの。」


 シードルとジェーンの事を話し、そう言葉を返すとゼインズが笑う。


 「さて、次はこちらの話だな。黙っていた事をまず謝罪する。リクのメモの内容と君の魔術の事だ。」


 「え?」


 何の事だか分からず、レイは首を傾げる。

 とりあえずリクのメモを短剣から出すと、ゼインズに手渡した。


 「このメモには実はもう一つリクの研究途中の内容が記されている。後天的に与えられる魔力の事だ。」


 確か列車の中でゼインズから魔力は生来のものだと説明された筈だ。

 訳が分からなくて思考が止まる。


 「魔力は生まれ持った力だと説明したな。」


 「…はい。魔力のある人間とそうでない人間に分かれてるのでは…?」


 「確かにそれが通念だ。私も昔これを研究してる時期があったんだが、その過程で一部例外の人間がいるのに気付いた。」


 「例外?どういう意味です?」


 ゼインズが顎でレイを差す。

 自分で自分を指差すと、ゼインズは頷いた。

 

 「実は魔術を相殺する事なんて普通は出来ない。後天的に魔力を得た人間は何故かそんな特徴を持っている。」


 「えっ!?」


 自分が扱っていた魔術は一般的なものではなかったのか。

 考えてみれば思い当たる節はあった。

 強盗の時もゲルトの時も魔術を相殺した時、何故か相手は驚いていた気がする。


 「話さなかった理由は保身の為だ。この事が君の口から公になると私が研究していた事を知っているアルディアが嗅ぎつける。それに…。」


 「それに?」


 少し苦笑してゼインズは続ける。


 「これを一切合切話せば防御を躊躇ためらわなかったか?この戦闘方法以外に君に勝算はなかったからな…。」


 「なるほど…。」


 自分の記憶容量不足に顔を赤らめていると、ゼインズがメモを改めて見返す。


 「リクはこの分だと想定を超えそうだな。最後まで聞けなかったが…。」


 見終わったゼインズはそう言いながら返して来たが、首を振って差し戻した。


 「良かったらゼインズが預かって下さい。私は読めませんし…。」


 ゼインズは頷いて服にしまうと、こちらを見て笑って言った。


 「しかし女房泣かせな亭主だな。頭の中は魔術一辺倒じゃないのか?」


 「…もう…本当にすみません。よく言って聞かせておきますわ。」


 その通りとしか言えない指摘である。

 リクの事だからゼインズを目の前にしてさぞかし興奮したに違いない。


 「ああいう人間だから真理を追求できたんだ。いい男じゃないか。」


 「…はい!!」


 嬉しい賛辞にこくこくと力一杯頷くと、ゼインズは大笑いした。


 「とにかく再会を果たしてここを出よう。作戦を練らないと話にならん。」


 「そうですわね。リクとシードルもどこにいるのか…。」


 見取り図を2人で見ていると、盛大なベルの音がどこからか響く。

 音は部屋にある金属管から聞こえて来ている。

 どうやら上の階から音が伝っている様だ。

 扉の外からは階段を昇る足音が聞こえて来た。

 

 「多分5階のどこかから音を出してるんだろうな…。この様子だとここも直に手が回りそうだ。」


 「どうしましょう…このままじゃ出られませんわ…!!」


 ゼインズが窓の外を覗くので、レイも窓に近付く。

 下には誰も見張りはいない。


 「ゼインズ…?」


 「君の体重なら木を伝っていけるが、私は無理だな。どうするか…。」


 木はそこまで太くない。ゼインズの体重はとてもじゃないが支えられないだろう。

 

 外で何回か扉を開閉している音が聞こえる。

 一部屋ずつ見回っているのが分かった。


 「…別行動しかないな。レイ後で合流するぞ。」


 「でもどうすれば…!」

 

 足音はどんどんとこちらに向かって来る。

 

 


 


 

  家中に鳴り響くベルの音。

 5階にある頭首室からでしか発せられないこの音は、それだけ緊急事態だという事を意味している。

 突然の出来事に魔導士達は戸惑いながらも各々が保全すべき場所へと走る。

 半数がエステルへと下り、もう半数は家の外や各階の持ち場へと着いた。


 監視場の視点では練習場の室内電灯がいきなり消えた事しか分からなかった。

 程なくして何故か用具室の辺りから炎が揺らめいたのを不思議に思い、アルディアの側近が様子を見に行くと地下への入り口全体が暗くて練習場に辿り着けない。

 灯りを手に、ようやく配電レバーのある用具室へ側近が向かうと、腕に怪我を負ったゲルトを見つけたのだった。

 ゼインズが何者かと逃亡したと聞いたアルディアは、頭首室へと戻りベルの音を轟かせた。


 ダズル国内はアルディアの庭である。

 家の外へ逃げようともゼインズが逃げ切る事は不可能だ。


 「若い女かと思われます。…逃してしまい…言葉もありません。」


 ただひたすら平謝りするゲルトの様子に興味を示すでもなく、アルディアとドルマンは冷たい目で睨む。


 いくら逃亡が不可能とは言え、ゼインズとその協力者を逃したゲルトの失態は許されない。


 「その女とゼインズの関係性は何だ。」


 「いえ…それも…。」


 ドルマンが体中から汗という汗を流すゲルトを鼻で笑う。


 「父上。それよりも『実験』の続投はいかがしましょうか。」


 「一旦中止だ。落第者候補は人気のない式場に集めておけ。魔導士に『実験』について嗅ぎ回られたら敵わん。」


 「承知しました。檻ごと運びます。」


 ドルマンがそう言って頭首室を去ると、ゲルトは謝罪で下げていた頭を上げた。


 「頭首…。ご報告が…。」


 「もういい。こちらが何も聞く事はない。」


 一度の失態で信頼は容易に崩れる。

 長年側で仕えていただけに、アルディアの失望はその分大きかった。


 「去れ。追って辞令は下す。」


 しかしゲルトは怯まなかった。


 「…魔力の事です。」


 アルディアはゲルトを睨みつけて視線を外さなかったが、興味を示した事を悟られたのだろう。

 機微を察知したゲルトは言葉を続ける。


 「例の『実験』では魔力の充填が出来ない事をご存知ですか。」


 「何…?」


 「ドルマン様のお持ちだった論文には魔術の復活とありました。落第者達は皆魔力は持ち合わせておりますから…。」


 アルディアが舌打ちする。

 ゲルトは恭しくまた頭を低くした。


 「ご報告はもう一つございます。その女の使う魔術が妙なのです。激しい光を放つのですが…。」


 その言葉にアルディアの目が見開かれた。

 慌てた様に机の引き出しから何かを取り出す。


 古びたメモであった。

 見開いたままの目でメモを読むと、今度は口角が上がって行く。


 「頭首…?」


 ゲルトが言葉を告げようとするのを遮り、アルディアは言った。


 「その女を何としても捕まえて来い。すれば失態は許してやる。」


 「…はっ!」


 アルディアが机にメモを置く。

 

 メモの下部には筆跡者ゼインズ・エラリィと記されている。



 

 

 

 




 

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