第35話

 ドルマンを尾行したレイは、監視場の開いた扉にくっついて聞き耳を立てながらその様子を窺っていた。

 

 会話から頭首とゲルト対ドルマンという構図が見てとれる。

 親子仲がすこぶる悪いらしい。


 少し位置を変えると、ゼインズの姿が見える。

 その手足にあるくっきりとした痛ましい傷がレイの顔をしかめさせた。


 「来い。」


 ゲルトがそう言うとゼインズを引き連れてこちらへ向かって来る。

 慌てて体を壁と扉の間に挟めて隠れた。


 何が行われるのかさっぱり分からないが、良からぬ事には違いない。

 頭首とドルマンからも目を離さないが、ゼインズの身の危険を防ぐのが先決だ。


 跡をつけると当然怪しまれる。

 ジェーンの書き込んだ見取り図を見ると練習場へ向かう経路があるのが分かった。

 見つからない様に慎重にその場から離れると、経路への扉を開いた。


 「…用具室?」


 見取り図によると、経路は練習場にある用具室へと続いている。

 何も物音が聞こえて来ない所を見ると、誰もこの経路にはいない様だ。

 経路の中の階段を降りて、素早く階下へと進む。


 「ここね。」


 扉を見つけ開くと、すぐに真っ暗な空間が現れた。

 前方に差し込んだ光が見える。あれが練習場への扉の様だ。

 手探りでゆっくりと歩きながら光の方へ辿り着くと、扉をうっすらと開いた。


 「…!!」


 すると目の前にゼインズの背中が見え、驚いて声が漏れそうになるのを手で塞いで持ち堪える。

 その隣にはゲルトの姿があり、練習場の中心辺りには檻が見えた。

 その中にはあどけなさの残った少年達が入り、不安気にキョロキョロとしている。


 「火を使って瀕死状態までこいつ等を痛めつけろ。…前頭首と同じ様にな。」


 予想外に位置が近かった為にゲルトの言い放ったその台詞は迫力を増し、レイの耳に飛び込む。


 こいつ等とゲルトが指差した方向は檻である。

 子供を焼いて瀕死状態にしろと言っているのだ。

 それを何の感情もない顔でゼインズに命じているのを理解した時、レイの背に悪寒が走った。

 

 「やれ。」


 ゲルトに命令されて手錠が外されるが、ゼインズは動かない。

 監視場や子供達を見るだけである。


 ゼインズも策がないのだろう。

 どうにか助けなければ。


 しかし自分の魔術では太刀打ちできないし、顔を見られるとリクの救出にも支障が出る。


 物を使って何かできないか用具室を見回した。

 扉から漏れる光は壁を照らしている。

 壁に何かのレバーが設置されているのに気付いた。

 暗くて見辛いが、下に文字が書いてある。


 扉をもう少し開くと字がはっきりと見えた。

 

 配電盤とある。


 「…!」


 これしかない。

 ゴクリと息を呑んで、レイは一気にレバーを下げた。


 すると瞬く間に吹き消された蝋燭の様に練習場の電灯が消えていく。

 

 一秒もかからない内に練習場へ暗い闇に包まれた。


 「何だ!?」


 ゲルトの戸惑った声が聞こえ、続けて子供達が騒ぎ出す。


 暗い用具室内にいたから目が暗さに慣れていて、ゼインズの姿は捉えられた。

 レイは一目散にゼインズの方へ向かう。

 

 「ゼインズ!」


 小声ではあったが、ゼインズが反応した。

 すぐにゼインズの手を引っ張って、用具室の扉へとなだれ込む。


 「何者だ!!」


 しかしゲルトもレイの声に気付いていた。


 耳の側をヒュッと何かがすり抜けていく。

 それが炎だと気付いたのは用具室の壁にぶっかり、燃え盛った後だった。

 放たれた炎は勢いが強く、経路への行く手を塞ごうとする。


 「下がれ!」


 ゼインズが叫んで水を放つが、水量が少なくて火は完全には収まらない。


 「…ゼインズ…魔力が…!」


 ゼインズがこんなレベルの魔術に失敗する筈もない。

 明らかに魔力が不足しているのが分かる。

 

 「待て!」


 目が慣れたのか、ゲルトはすぐに用具室の扉を開いて追って来ると、またもや炎を放って来た。


 眼前に炎が迫り来る中、レイは慌てて公式と文字を思い出す。


 同時に短剣を掴んだ瞬間、暗かった用具室の中は白い光に包まれた。


 「何!?」


 ゲルトの声でおおよその居場所が分かる。


 レイは声のする方向に思い切り短剣を突き立てた。


 「ぐっ…!!」


 苦しそうな声が聞こえて手応えを感じると、短剣を引き抜いて飛び退く。

 ゲルトの体が崩れ落ちる音がした。

 

 閃光で向こうからこちらはまだ見えない筈だ。

 その隙にレイとゼインズは経路へ走り込む。


 「こっちです!!」


 頭に浮かぶ安全な場所は3階の空き部屋しかない。

 2人は脇目も振らず経路を走る。


 人払いでもしているのかと思う程、誰もいない。

 最下層が一人も見当たらないのは少し不自然に感じるが、こちらにとったら好都合ではある。


 経路を辿り階段を昇ると、すぐに3階に辿り着いた。

 レイは経路から外へ出て周りを見渡し、ゼインズを誘導する。


 空き部屋の鍵を開けて中へ入ると2人はようやく息を整える事ができた。


 「…不甲斐ない師匠で面目ない。君と別れた後、途中で捕まってな。」


 ゼインズがそう言って苦笑する。

 

 「ふふっ。カロリーヌから私の泊まる宿に連絡が来たんです。」


 「…そうか。…無事で良かった。」


 少し張り詰めていたゼインズの緊張がほぐれた。カロリーヌの無事を聞いて安堵したのだろう。

 しかし2人に休息の暇などはない。


 「ゼインズ。とにかく話さないといけない事が山程ありますの。」


 「ああ。こちらもだ。…もう逃げるのは懲りたな。協力するさ。」


 その言葉を聞いてレイの胸の支えはとれる。


 「良かった…。」


 策を企てるのが苦手な自分は、強行突破しか思いつかない。

 魔力がなくてもゼインズさえいれば上手く導いてくれる筈だ。

 

 「さて。まずはこれからだ。」


 ゼインズが少し焦げた紙を取り出した。


 「あら?それは…。」


 それは先程ゲルトが地下で持っていた紙だった。


 



 何故魔力を持ちながら魔術を使えない人間がいるのか。そしていきなり自分が魔術を使える様になった理由を知りたい。


 そこでダズルを出たらリクは自分と同じ状態の人間を訪ねて、共通点を炙り出す事にした。


 エラリィの落第者達に聞くのが手っ取り早いのは分かっていたが、出来れば関わりたくない。一族以外の魔導士だった者や、黒髪の一般人から情報を集めた。


 調査をすると初めから魔術を使えない人間だけでなく、途中で使えなくなった人間もいた。

 そしてそれがブルグ教の図形が入った武器が原因であるという事がすぐに分かった。


 一方で魔術を使う事が可能になった理由の共通性は見えない。

 瀕死の体験がキーかと思っていたが、そういった経験をしていても魔術が使えないままの人間もいる。

 理由が見えず暗礁に乗り上げていた。


 しかし結婚した後、マリアの住人の男の口からヒントを得る。


 「いや、驚いたよ。奇跡的に目覚めたら魔術が使えるんだもん。」


 「どんな事故?」


 手があるが、男が義手なのが動きで分かる。肩の辺りの酷い火傷が生々しい。


 「他国に旅行に行った時、テロリストの爆破攻撃に遭ったんだ。」


 男はあれ?とリクの背後を指差す。

 半袖を大きく捲っていたので少し火傷が見えている。


 「あんたもテロ?」


 「え?いや。」

 

 「何だ…火傷酷かったから。」


 この男の一言でやっと気付いた。


 そういえば魔術を使える者は皆火傷を負っていた。

 列車事故にテロ、放火もあれば車の爆発に巻き込まれたケースもあったか。


 瀕死と『火』がキーだったのだ。




 



 ジェーンの説得はその場にいる者だけでなく、他の最下層の心をも動かした。


 協力者の数が増えたのも頼もしいが、何より一族の基盤を支えるという職務上、思った以上に事態は好転する。


 彼等はこの家の事を熟知しているだけでなく、上層部や行事のスケジュールまで知っている。

 その上頭首や側近達の命にすぐに応じられる様に、一部の最下層に与えられた通信機から小まめに情報が入って来るのだ。


 それによると、今上層部とゼインズは練習場にいるとの事だった。


 練習場程『実験』に適した場所はない。


 すぐに食い止める為に、リクとシードル、ジェーンは急いで練習場へと向かった。


 「あの時火を放ってくれたから魔術を使えたって事か。そりゃ有難いな。」


 練習場に向かう途中、ジェーンから受け取った眼鏡を器用に右腕だけで拭きながら、シードルが尋ねる。


 「まあな。」


 さっさと練習場に走って行きたいが、片腕のない状態のシードルが魔導士に見つかると勘繰られる。

 行く手に見える魔導士の2人組の井戸端会議が終了するのを待ちながら、3人もつられて小声で話しをしていた。

 

 リクは魔導士達にずっと注目していたが、視線に気付いてシードルの方を見た。

 何故かこちらを見てニヤニヤしている。


 「何だよ。」


 「まさかレイが嫁さんだったとはねえー。確かに辻褄が合うなあと思って。」


 「そこまで条件揃えば普通気付くだろ。鈍いんだよ。」


 「だって…その…お前のタイプの娘とはちょっと違うから分からなかった…。」


 「まな板って言えば単語で済むだろうが。」


 2人のやり取りを聞いていたジェーンは、気付けば赤くなっていた。


 「レイさんは素晴らしい奥様ですよ。命まで懸けてるというのに…。」


 そう言って2人を嗜めると、シードルが慌ててわざとらしくフォローする。


 「もちろん。そりゃそうだよ。魔術も習い立てだというのに夫を助けるって聞かなくてさあ。一途で可愛い娘じゃないか。お前は幸せ者だ。」


 シードルが満足そうにうんうんと頷きながら講釈を垂れるのが鬱陶しい。


 「…娘って歳かよ。」


 「えっ?同じ位じゃないんですか?」


 そっぽを向こうとするとジェーンまで食い付いて来て結局元の位置に顔の向きを戻す。


 「ねえ、いくつなの?」


 シードルがお構いなしにそう聞いて来た時、リクは何か違和感を感じて喋るのを止めた。


 今の会話が何か引っかかる。


 「…お前…今何て言った?」


 たまらずシードルを勢い強く振り返った。


 「レイの年齢いくつ?」


 「違うわ。その前。」


 シードルは忘れたのか考える。


 「?何だっけ?一途?魔術も始めたばっかで…。」


 「…魔術?あいつが何で?」


 「え?何でって?どういう意味?」

 

 シードルがおうむ返しにそう聞いた瞬間、魔導士達が経路の外へと出て行った。


 3人が走ろうとすると、屋敷のどこからかけたたましいベルの音が鳴り始める。


 「えっ何!?今までこんなの聞いた事ないけど!?」


 さっきまで小声で聞き取れたシードルの声も、大声でないと聞こえない。


 「これ…侵入者を知らせる発信です!!」


 ジェーンも大声で答えた。


 自分達はまだ見つかっていない。

 

 となると侵入者とされるのは残り1人のレイだけだ。


 「どうする!?レイ探す!?」


 「いや…このまま進むぞ!!」


 レイの居場所が分からない以上、こちらもまずは実験を止める他ない。

 3人は急いで地下へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る