第28話

 再び階段を登って今度は5階へと行こうとするがまあ遠い。

 流石に長年の監禁生活からこれは少し体に堪える。何だか喉も渇いてきた。

 3階まで階段を登り一息つくと、鍵に書かれた番号の空き部屋へと向かった。


 「…ここって。」


 そこは偶然にも以前自分とリーゼルグが使っていた部屋だった。


 鍵を開けて中へ入ると昔の記憶が蘇る。


 木製の2段ベッドと机が2つ、風呂とトイレもあるが簡素な部屋。机に向かうと正面には窓がある。

 この窓から木を伝って、外に出たりした事も何回かある。


 机の上の傷は自分が睡魔に襲われて、ペンで引っ掻いたものだったか。

 2段ベッドの上がリーゼルグで自分が下。けれどほぼ机で寝ていた記憶が多い。

 リーゼルグはきっとそんな様子を見届けていたのだろう。

 

 机の上を見るとジェーンが水と食べ物、替えの服などまで用意してくれていたので机にもたれて水を飲む。

 こうやって上のベッドにいる彼によく声を掛けたものだ。


 「リーゼルグ…。」


 また笑いながらこちらに顔を見せてくれる気がして呼び掛ける。


 リクはベッドを背にして食べ物を少し口に入れると、すぐに机から離れて扉へ向かった。


 もう彼は居ない。

 あの時間は戻せないし命も戻らない。


 悪いがここでリーゼルグを懐かしむより、優先すべき事がある。

 外へ出ようと取っ手に手を掛けた。


 --リカルド。


 リーゼルグに呼ばれた気がして後ろを振り返る。

 けれどもちろんそこには誰もいない。

 

 「…何やってんだ。」

 

 リクは一人呟くと扉を開いて外へ出た。

 

 感傷に浸るならここでなくて墓前の前だ。

 5階へと続く階段を踏み締める。

 長い階段が何だか試練の様に見えて仕方がない。




 

 さてシードルはエラリィ家の隔離所に向かって歩いていた。

 

 目的はもちろんリクの救出である。


 ジェーンの話を聞いて驚いた。

 結婚してからあまり電話が来る事もなかったが、まさかエステルに2年も監禁されていたとは。

 

 話によるとリクの研究論文の内容を我が物としたいドルマンが、自分を人質にしたと言うではないか。

 自分が重荷になって、リクが囮になるのでは意味がない。

 誰より世話焼きで思いやりの深いシードルは、自身だけの逃亡など考えず、真っ先にリクを助けに向かった。


 四肢を失った人間が魔導士として活躍する事はないので、怪しまれない様に義手をつけて逃亡時の変装用にとジェーンからもらった正装を着用する。


 「これじゃあレイに顔向けできないよ。」


 まさか説教した翌日に自分がこんな事をしようとは。

 苦笑しながら山道を歩いていると昔が思い出される。


 追い出されたあの日から、この山道を通っていない。

 それでも記憶に残っているのか、足が勝手に進むのに皮肉を覚える。

 

 ついに病院が見えてきた。

 すぐ後ろに図書館、その奥に隔離所が配置されている。


 「…大丈夫だ。」


 そう言って自分を落ち着かせる。


 魔導士のリクには劣るが、魔術を完全に忘れた訳ではない。習い始めた素人よりは役に立つ。

 それにそもそも見つかってもそう大事にはならない。

 出生記録や何かの情報こそ残されているだろうが、落第者の容姿を長年追い続ける事は有り得ない。

 ドルマンも自分の顔は知らない筈である。


 胸を張って堂々と隔離所まで歩いて行く。

 この時間だとエラリィ家は食事の最中だ。

 

 リク以外は誰もいないと聞いているので、次々と隔離所の扉を開いて進んで行く。


 薄暗いこの建物に一日居るだけで気が滅入りそうである。


 「まあ根暗な奴には良かったんだろうな。」

 

 失礼な事をポツリと漏らすと、シードルは最後の扉に手を掛ける。


 ゆっくり開くとそこには目を見開いたジェーンが動きを止めてこちらを見つめていた。


 何やら後片付けをしている様だが、その手には自分が渡した液体窒素があった。


 「シードルさん!?何故ここに!?」


 「そりゃ助けに来たからだよ。リカルドは?」


 ジェーンは頭を押さえて大きな溜息を吐いた。


 「…今しがた一足先に家の方へ。」


 「えぇっ!?何で!?」


 「私達が話をしている間に事情が変わったらしくて…。天才ゼインズはご存知ですよね?」


 「へ?まあ…。」


 突拍子もなくジェーンの口から飛び出た名前のせいでシードルは間の抜けた顔になる。

 

 「どうやら彼が先程までここに居たらしいんです。それもどうもリカルドさんの奥様と同行してたみたいで…。」


 それを聞くと今度は表情が一転して鳩が豆鉄砲を喰らった顔に変わった。


 「えっ生きてんの!?ていうかリカルドの嫁さんと知り合いなの!?」


 「みたいですね…。どうやらゼインズさんがリカルドさんの論文の立役者みたいなんです。実証されてしまうと…。」


 「なるほどね。…分かった。」


 2人が隔離所の外に出ようとした時だった。


 「何をしてる。」


 若い男の声がした。


 瞬間ジェーンの顔から血の気が引いた。

 終いには足がガクガクと震えている。

 シードルも声こそ忘れたが、その顔には見覚えがある。


 「ドルマン様…!」


 「リカルドの様子を見に来た。」


 シードルは手に汗握ったが、やはり顔については覚えがないのだろう。

 2人の横をすり抜けて隔離所へ入ろうとする。


 「あ…!!」


 ジェーンから悲痛な声が漏れた。


 今日見廻ったと聞いたのに何故こんなタイミングでまた来たのか。

 しかも彼女の手には液体窒素や工具までがある。


 もう言い逃れできない。


 ここまでかと俯いてドルマンを追うジェーンの手をシードルが掴んだ。


 「…それ渡して。オレが逃がしたって言いな。」


 「…なっ!?嫌です!!」


 ジェーンは首を振って道具を持つ力を強めた。


 「君はこの家の事に融通が利く。居なくなるとリカルドも逃げられない可能性が高くなる。」


 そう言うと無理矢理ジェーンの手から道具を引ったくると、山道にまた走る。


 「おい!!どういう事だ!!」


 それと同時にドルマンの怒号が聞こえてきた。

 今にも倒壊しそうな隔離所の床に大きな足音を立てながら、こちらに向かって来る。


 「あ…あ…。」


 出てきたドルマンは鬼の形相である。

 ジェーンは生まれてこの方抵抗もせずに仕えてきた人間に、刃を向けられて怯えるしかない。

 

 「ごめんなさい…!」


 ドルマンへの背信行為に対しての謝罪か、それともシードルへの良心の呵責から出た謝罪かは分からないが、ジェーンは涙を流しながら答えた。


 「先程の…眼鏡の男性が…。」


 ジェーンがそう言うと、ドルマンは山道を見て歯軋りする。

 するとすぐに振り返り、次はジェーンを睨んだ。


 「きゃああああああ!!」


 雷と共にジェーンの絶叫がこだました。


 シードルは走るのをやめて、後ろを振り返る。

 

 「…ジェーン!」


 自分はどうせ囮だ。

 それ以外に役立つにはドルマンを倒すしか道はない。

 ならば一か八か魔術で応じるのが唯一残された手段である。


 相手の来る方向に集中して神経を研ぎ澄ます。


 「…来た。」


 周りの木々が振動し、耳を貫く様な音が響き渡る。


 すると天災と言うべき事象の様な大きな雷が落ちた。


 木々は辺り一面倒れ果て、地面は陥没して穴が空く。


 「やったか…?」


 シューシューと音と煙を立てた地面からぼんやりと人の姿が見える。


 魔導士でないシードルは魔力が尽きても一向に構わない。

 魔導士が到底使えない位の威力の強さで勝負して一撃で倒す方法を選択したが結果はどうか。


 地面に伏せって倒れているドルマンが見えた。

 体が焼けていない様子から見て防御したのが分かる。

 あの状態なら攻撃できまい。

 そう思い、立て続けにまた雷を浴びせようと集中を始めた時だった。


 「うっ!!」


 頭上に岩が降ると、唸り声を上げながらシードルもジェーン同様に気を失った。


 倒れた拍子に眼鏡と義手が外れて山道へ転がる。


 ドルマンも防御の威力が弱かったのか、シードルの強大な雷を喰らった為に肩を押さえて数分座っていた。

 やがてむくりと起き上がると服の土埃を払う。


 「…シードル・エラリィ。」


 左腕のないシードルを見ながらドルマンはそう呟いた。





 シードルは気絶している間昔の出来事を夢見ていた。


 いつの頃だったか。

 確か4人が魔術文字を教わって数ヶ月経った後くらいだった。


 「なあ魔術使えたか?」


 「まだよ。礼拝中くらい大人しくしなさい。」


 「なあなあこの後地下行ってみない?」


 「えぇ…僕も行くの?」


 ガーデンにあるブルグ教教会。


 エラリィ家に産まれたからには外出などそうない。

 教会に来ただけでも幼い彼等には大きなイベントだった。


 教会内で昼食をとった時、4人はひっそり教会の地下へ探検に繰り出した。


 「うわ。謎のマークだらけ。」


 シードルが地下に行く階段の途中で掘られている教会のマークを見つける。


 「すごいわね。見てあの剣。細長くない?」


 「槍だろあれ。弓だろ、剣だろ。攻撃する物ばっかじゃねえか。」


 地下の空間には山の様な武器があって所狭しと埋め尽くしている。子供でないと通れないくらいの狭さだ。

 リクはベタベタと勝手に武器を触る。


 「やめなよリカルド…。怒られるよ…。痛っ!!」


 そう言ったリーゼルグが足下の矢に気付かずに踵を刺してしまった。


 「嫌だ!私も何かに腕当たっちゃった。」


 ミッシェルも痛そうに腕を見ている。

 

 「オレも足掠った。いい事ないな。上がろうぜ。」


 シードルが呼びかけるとリクは武器の一つ一つを見ている。


 「リカルド?何してんだよ。」


 「いや、これ全部同じマーク入ってる。」


 リクも指先を切っていた。


 

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