第27話

 久々の自由に喜びたいが、そうも行かない。

 リクは暗い中走りながらエラリィ家の方角へと急いだ。

 見上げると少し欠けた月が空を照らしている。隔離所の暗さに慣れている自分にはむしろ眩しいくらいだ。


 日ごと論文の内容を吐けとドルマンから詰問されていたが、どうやら魔力の獲得方法の項だけ燃えておりそれだけが知りたかった様だ。

 ブルグ教の武器と、それによって負傷した人間の魔術の復活方法についてはドルマンは既知だったが、彼にとっては付属品だったらしい。


 「腹立つ…。」


 そんな物扱いなのも腹が立つが、何よりも着任まで懐で温め続ける計算高さに虫唾が走る。

 頭首になった途端の発表と来れば、大々的にドルマンの有能さが知らしめられて、頭首としての株は更に上がるだろう。


 怒りを何とか振り払い、今現在の問題を直視する。

 さて、いつ頃どうやってレイはここまで侵入して来るのか時期の予想がつかない。

 何にせよそれまでに自分がドルマンの企みを阻止して論文を取り返す必要がある。

 単身で来たとして、ただの主婦だった女が自分の身を守るのは限度がある。逆に足手まといになるのが目に見えていた。


 シードルといい、何故自分の身を考えられない人間ばかりなのだろうか。


 「…先々考えろよ。」


 それでも自分を待ってくれていた家族が今もいてくれた事はやはり嬉しかった。

 少しリクの口元が綻ぶ。


 走るとエラリィ家が見えて来た。


 ここには大した警備体制などない。

 そもそも正面切って誰か入ったとしても魔導士が退治するし、一族以外に同じ色素を持つ人間はいないから侵入者は見た目で分かる。落第者が潜り込めば話は別だが、追い出された後に数年経過して入る奴などいないから対策などする筈もない。


 にも関わらず眼前の扉が重苦しい物に見えるのは自分の気持ちからだろうか。


 リクは深呼吸して扉を大きく開いた。


 昔はこの扉がとてつもなく重かったが、大人になった今開くとそうでもなかった。

 中に入って見渡すと何人かしか魔導士の姿が見えない。

 食事時なので、家にいる魔導士は食堂に集っているのだろう。

 中心部に立つと上階の様子が分かる建物になっているので、見上げると5階辺りにぼんやりと電気が点灯しているのが分かる。


 例の実験が行われるとしたら5階にある式典場か、地下にある練習場だ。

 まずは距離の近い地下の練習場へ向かう。

 論文を持って実験しているか置きっ放しにしているかは分からないが、どちらにしてもドルマンの使う部屋は5階だ。

 地下の可能性を潰したらすぐに5階に向かえばいい。


 建物の中心の空洞部分に階段があり、5階1階と地階を除くと全て同じ構図になっている。

 これらの階だけは全員が収容できる位のスペースを確保されているので広場の様になっているが、それ以外の階は一族の部屋となる。

 1階は広いロビーと食堂、地階は練習場と収納庫、5階は頭首室や執務室、側近達や頭首の子の部屋と祭典場という構成だ。

 

 「…長いな久しぶりに見ると。」


 そう呟きながら階段を下る。

 エラリィ家の移動は何においても長い階段だ。まあこれには体を鍛えるというご立派な理念があるらしい。その為一族は年寄りでも体が丈夫な輩が多い。

 ただ最下層の人間達は運搬がある為、勾配のある別経路を主に活用する。自分もこちらで監禁されていた時の移動時はその経路を歩かされた。しかし正装を着用した今、そちらを通ると不自然だ。


 「何か教会の地下思い出すな。」


 脳裏にふっとその時の映像が流れ込む。

 あれは確か4人が10歳くらいだったか。

 

 「…覚えてんのかなシードル達。」


 まさかあれが後の進退を決定づけるとは、2人だっていや4人共思いもよらなかった筈だ。


 階段を下り終わると、練習場の扉へ辿り着いた。


 練習場とはその名の通り、魔術の訓練を行う場である。幼少期は別部屋で座学となるので、この場所に踏み入れるのを期待で胸膨らませていた。まあ自分も入ったには入ったが、結局数回だけだった。


 扉を少し開くと、数人がまだ練習しており互いにペアを組んで攻防していた。


 ドルマンは見当たらない。

 この様子だと入っても問題は無さそうだ。ズカズカと入って辺りを見渡す。


 激しく光が交差して魔術がぶつかり合う様を見ていたが、一角にいる人間達に目を捕らわれた。

 

 恐らく自分と同じ境遇の人間だ。

 まだ幼い子供達が泣きベソをかきながら的に向かって集中している。


 彼等の中にもブルグ教の武器で負傷してしまった人間がいるのだろうか。

 けれど自分と同じ様な目に遭ってまで魔術を得るのは好ましくない。


 その内一人の少女が練習していると的が倒れたので、手を貸してやる。


 「あっ…ありがとうございます。」


 「何歳?」


 「14です。…今月15に。」


 そんなに年月を経ているのなら、この娘はきっと例の武器で怪我をしたに違いない。

 今月追い出される予定の落第者がまだここに居るという事は、どうやらまだ実験は開始していないらしい。

 だとすれば5階のドルマンの部屋に論文が保管されているのが濃厚だ。

 そんな事を考えて黙っていると、勘違いして少女が気遣ってくる。


 「大丈夫です。…きっと。」


 「いや、違う考え事…。」


 「どけろ。」


 リクが話し掛けていると、一人の男が少女を押しやった。力が強かったせいか少女が倒れる。

 

 「場所取ってるんじゃねえよ。魔術が使える奴が何事も優先だ。」


 自分と同年代か。

 エラリィの傲慢さが服を着て歩いている様な典型例の男である。

 少女への同情を取り除いても、こういう人間は一番自分が嫌いなタイプだ。


 やる事は沢山あるが、こいつの鼻を明かしてやらないと後から気分が悪くなりそうだ。


 「…場所取りもできねぇのか。強い奴が優先だからな。」


 その言葉に男が表情を変えた。


 「…あ?何だと?」


 少女はただオロオロするばかりで、自分の方を恐々と見ている。


 「大した事ないから端に追いやられてんだろ。気の毒に。」


 するとその瞬間男が雷をこちらに放って来た。

 それに対して防御壁で身を守る。


 「…おい。」


 「対戦してやるよ。怖気付くなよ。」


 この分なら時間はある。

 相手の挑発に乗ってやるのも一興ではないか。


 「面白ぇ。」


 鼻で一笑すると、相手は躊躇なく轟音を轟かせてリクに向かって岩を放つ。またもや防御する。

 

 防御壁は無敵ではない。威力の大きい攻撃には負けてしまうので、より強い防御を必要とするが、防御ばかりでは収束がつかない。

 より強力な魔術を繰り出す事も重要だが、魔導士であれば体力と魔力の消耗を抑えて相手にトドメを刺すのが最善である。


 「防御しかできねえか。情けない。」


 どうもこの男魔導士として現場で活躍した経験が少ないのではないか。

 先程から威力の強い魔術を使っているが、当然魔導士としては後々命取りだ。

 まあ自分も興奮するとそういう癖が出る事が多い。

 

 「質より量って奴か。」


 「…ふざけるなよ。」


 リクのその言葉は男の逆鱗に触れた。


 すると先程とは比べ物にならない位火がリクの腹辺りを目掛けてやってきたかと思うと、立て続けに雷が降ってくる。

 何と男は集中して2つの魔術を素早く放出させたのだ。

 それ位の事はどうやらできるらしい。


 「へえ。」


 するとリクは防御壁を2つ作る。


 2人の攻防に何人かの感心する声が聞こえてはいたが、いつの間にか周りを囲んで観客ができていた。

 先程の少女はもう目を爛々と輝かせてその光景を見守っている。


 相手はあくまで単独の訓練を重ねるばかりだったのだろうか。

 集中し過ぎて頭が疲れたのだろう。消耗が激しいのか、男は頭を押さえ出した。


 「終わり?」


 リクはそう言ってニヤニヤ笑うと、男の頭上、男の足元、両肩、両脇腹…四方八方に素早く集中する。

 集中した点に炎が灯った。


 「何だよこれ…?」


 男は防御しようにも1つ壁を作るのが限界なのか、頭の周りにだけしか壁を張れていない。


 「一辺倒なやり方ばっかしやがって。」


 男を見ると、一気に全ての炎が男目掛けて飛んで行く。


 「うわああああ!!!」


 悲鳴を上げた男は焦げて気を失って床に倒れた。

 まあ威力は小さいから直に目を覚ますだろう。

 

 「…すごい。」


 少女がそう一言漏らすと同時に辺りから拍手が巻き起こった。


 「…え。」


 まさかこんな扱いを受ける日が来るとは思わなかった。過去の自分に今日の事を教えてやりたいくらいだ。

 顔がバレるのも嫌だし、注目を浴びて気恥ずかしくなってきた。コソコソと少女の元に駆け寄る。

 顔が赤い気がして頬を叩いて誤魔化す。


 「倒れてたけど。怪我は?」


 「大丈夫です。それよりどうしたらあんなに長く集中できるんですか?」


 少女は興奮して光を帯びた目を向けて問い掛けてくる。

 魔術の訓練なんて方法は一つだろうし、これも慣れとしか言い様がない。自分と同じ事をできる人間だっているかもしれない。

 そもそも魔術を使える見込みもないだろうに、何か言うのも酷な気がする。


 「何かありませんか?こういう訓練したとか…。人とは何か違うとか…。」


 「いや。特別な事なんて何も…。訓練なんて皆同じだろ。」


 その一つも参考にならないぼやけた答えに少女はじりじり詰め寄る。

 中々魔術が使えなかった幼い時の自分の様子を重ねた。

 つい何かに応えたくなってしまう。


 「…なら時間。」


 「時間…?」


 「一日でも一分でも一秒でも長く訓練して勉強してる。多分誰より時間は使ってる。」


 少女はえっという顔でこちらを見る。


 「…それだけ?努力って事ですか?」


 「ああ。」


 何だか腑に落ちない表情の少女にありのまま答える自分も間抜けに思える。

 まあ自分は本当にそれぐらいしか他人との差がないのだから仕方ない。

 

 「じゃあオレ先急ぐから。」


 「あっ…ありがとうございました。」


 今はとにかく論文である。

 扉近くの焦げた魔導士で躓きそうになったので足で脇にどかすと、リクは先を急いだ。




 

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