第26話

 「…嘘だろ。」


 ゼインズの言葉を信じろというのが土台無理である。

 まさか2年も経った今、レイが自分を探してここまで来ているとは俄かに信じられない。


 「信じられないだろうが本当だ。昨日の朝ガーデンまで行動を共にしていた。」


 とっくに離縁されているものだと思っていたばかりに、このニュースは衝撃だ。

 あろう事かこの家の話を詳しくした事もないのに、失踪した行方を探し当てたのにも驚かされる。

 そんな事を見透かしたのかゼインズが答えた。


 「まああの娘は行方を推測するというより、直感でここに来たというのが正しいかな。」


 「…あいつらしい。」


 なるほどいかにもレイの典型的な行動だ。

 思わず鼻で笑うと相手も笑った。


 「でも…こんな事あるんだな。」

 

 神の思し召しとやらだろうか。

 ゼインズと隔離所で会えなければ、こんな事は分からなかっただろう。


 「出会いっていうものは奇跡の連続だと気付かされる。…切にな。」


 ゼインズは感慨深そうにそう言った。


 この男の人生にもそんな奇跡がいくつもあったのかもしれない。


 「…ああ。」


 その言葉にリクも異論はなかった。


 「カルニドルに行って論文発表の時に捕まったか?」


 「天才だとそこまで分かるのかよ。」


 続けて気味悪そうな態度を取ると、相手もこれまた笑う。


 「レイが持ってた君の研究内容の手記を見たからな。予測だったが。」


 ゼインズの発言にリクはハッとした。


 「…もしかして捕まったのオレのせいだったりする?」


 「いや、それは関係ない。」 

 

 「あっそう。」


 「女房と違って亭主は可愛げがないな。」


 「…放っとけよ。」


 ゼインズとそんな話をしていたが、リクとしては何より手記を見られた事が気になる。


 「どんな手記?」


 食い気味に尋ねると真面目な声色でゼインズが答えた。


 「落第者達の研究だ。武器の事と、魔術の復活について。…それともう一つの想定もあった。」


 自分の研究内容は天才から見ていかがなものだろうか。

 感想を聞きたくて仕方ない。


 「…想定の方どう思った?」


 そわそわしながらリクは尋ねた。


 「…論文は見ていないからな。」


 ゼインズはそう言うと少し間を空けた。


 「…なあ。」


 性急なので沈黙の理由が気になってたまらず促す。

 ゼインズは少し小さく唸る様な声を出しながら呟く。


 「…魔力を後天的に得る方法はある。私は実際にその人間達を何人も目にした。」

 

 その言葉は思いがけないものだった。


 「!本当か!?」


 思わずリクは息を呑んだ。


 論文を仕上げた時でさえ、予想でしかなかったものをまさかゼインズが目撃しているとは。


 その想定が裏付けられた事に喜びを隠せない。


 「ああ。彼等の魔術に特徴があるからすぐ分かる。…方法は分かったのか?」


 「察しはついてる。けどまだ確証はないし、分かってない事がある。」 


 ゼインズの質問に興奮して勢いよく言葉を返すと、拍手が返ってきた。


 「いや見事だよ。世紀の発見を成し遂げたな。」


 それはリクにとって魔術で初めて称えられた賞賛だった。

 まさか伝説の天才から賜る事になるとは思わず、反応に困って照れてしまう。


 「…どうも。」


 「惜しいな。君の公開が2年早ければ、私はここにいなかったかもしれない。」


 リクの反応にゼインズは少し笑いながら、手錠を鳴らす。


 「アルディアがご執心て?」


 「奴は私が魔力を得る方法を知っていると思い込んでいる。張本人の魔力ももうないというのに。」


 少し小馬鹿にした様に嘲笑う様子から、アルディアへの悪意が分かる。


 「…魔力少ないのか。」


 「それなりに険しい人生でな。人より消耗が激しい事は否めん。」


 ジェーンに一役買ってもらって、ここからゼインズと共に脱出すればいいかと思っていたが、魔力が少ないときた。


 実証していない限りやはり疑わしいが、ここは自分の想定を試してはどうか。ゼインズの情報と照合すれば、完全に答えが分かるかもしれない。


 「なあそいつらの魔術の特徴って何なんだ?オレの予想する方法は多分…。」


 話し始めた瞬間、隔離所の入り口の扉が開いた。


 途端に入り口の方を見つめると、2人は途端に黙った。


 僅かな電灯しかない薄暗い隔離所に、明るい蝋燭の火が揺れ始めた。


 するとゼインズの居る場所で足音が止まる。


 「ゼインズどうだ居心地は?」


 「アルディアか。頭がよく冷えたよ。」

 

 ここに来てからドルマンと一部の人間としか接触していないから、その声は新鮮だった。

 

 久しぶりに聞くが、未だ頭に残っている。

 自分を追い出した頭首の声だ。


 「なら家に帰ろうじゃないか。連れて行け。」


 アルディアだけではなく、他の魔導士達もバタバタと入って来た。

 足音からすると5人程度か。


 「手錠をつけろ。」


 カシャンと音がしてゼインズが移動する音が聞こえる。


 その時リクがいる部屋の扉の格子窓からゼインズの姿が見えて目が合う。


 初めて見た天才ゼインズの姿は、予想していたものとは少し違った。

 

 頭首達への拷問のイメージからさぞかし冷酷な雰囲気を漂わせているのかと思いきや、えらく柔和な空気を纏っている。


 ゼインズは一瞬リクに微笑みかけると何人かの魔導士と入り口へ向かった。


 アルディアは最後に残っていたと見え、一人の魔導士がゼインズの対処について何やら相談している。


 「頭首。この後どうされますか?」


 「まずは家へ。落第者の実験に使うらしいが、それはドルマンに聞け。着任式で何か披露をするらしい。」


 やがて全員が去って行き、扉が閉められると一人になったリクは頭で状況整理を始める。


 「落第者…?」


 ゼインズはどうやらドルマンの何かの実験に使うとの事だったが…。


 「…まさか…!!」


 ドルマンはリクの論文の一部を持っている。

 落第者の命の危機こそが魔術の覚醒に繋がる事を知ったドルマンは、実験結果と論文を添えてダズルで発表しようとしているのではないか。

 ブルグ教の武器の存在をダズルで広めてしまえば、エラリィの魔術を封じる事なんて当然できない。


 論文を回収して、実験も止めなければ。


 焦ってどうするか考えていると、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。

 ジェーンのものだ。


 「リカルドさん戻りました。…ドルマン様は…?」


 その声に待ってましたとばかり視線を向ける。

 手にはボトルの様な物と工具が握られていた。

 自分が依頼した物だ。


 「ちょっと前に様子見に来た。」


 「なら明日は来られませんね。」


 ドルマンは不定期に見張りに来るが、一度来ると翌日は来ない。

 最初こそ何度も来たものだが、1年経過したあたりからは段々と安心してきたのだろう。一部の人間に世話を任せている状態ばかりが続いている。


 「…シードルさんだったんですね。」


 「知り合いだったのか!?」


 そう尋ねると少し目を伏せてジェーンの頬が染まって行く。

 ああこんな顔は前にも見た事がある。

 彼女の一挙一動に何から何までレイを思い出す。


 「お前…。趣味悪…。」

 

 「まあ!あの年齢で商社を立ち上げるなんて中々できませんよ!」


 ジェーンが必死に反論してくる。


 「風呂場に覗き穴作る奴だぞ。」


 「…なっ!何でそんな事知ってるんです?」


 ジェーンが真っ赤になって問いただすのが面白くてニヤニヤ笑う。


 「一緒に暮らしてた時、鉄扉に大穴開けてタコ殴りされてた。」


 「その時にはもう魔術使えたんですか?」


 「いや。極限まで冷やすと割れるんだよ。」


 ジェーンが持って来た物を指差す。


 「それでな。」


 まさかそんな活用をされた物を手にしていると思わなかったのだろう。

 嫌悪感を剥き出しながら、ジェーンはそれを手渡してくる。


 「これ何です?」


 「液体窒素。かけたらこれで叩いてくれ。」


 「今からですか?」


 「ああ。」


 そう言ってジェーンに金槌を渡す。


 とにかく自分が脱出しなければどうにもならない。

 今この時にもレイが向かっているかもしれないし、実験も始まっている可能性がある。


 布を挟み込むが手首と手枷にそう隙間がないので、薄い布しか挟めない。

 蓋を開けると煙が立ち込める。

 凍傷覚悟で歯を食いしばりながら振りかけたが、案外大丈夫そうだ。


 「いきますよ!」


 ジェーンが金槌を振り下ろすと、パキッと音を立てて手枷が割れた。

 同じ容量で足枷も砕く。

 監禁期間が長いので、手足に拘束感がないのに違和感を感じた手足を振った。

 

 「シードルさんが液体窒素持ってて良かった。後は…研究論文ですね。」


 「魔導士の正装一着くれ。論文取り返す。」


 そう言って手を出すが、あまりに展開が早いのでジェーンが目をくるりと回す。


 「早すぎませんか?ちょっと計画を立てた方が…。」


 「オレの女房が助けに来る手筈になってるらしい。」


 「え!?…奥様が!?」


 「天才ゼインズ知ってるだろ。同行してたらしい。ゼインズがここにさっきまで居た。」


 「…天才ゼインズ?え?…生きてたんですか?…同行?」


 伝説の存在がいきなり姿を現したなんて聞いたら誰だって信じられないだろう。

 しかし自分の目で確認したのだから確かだ。


 「奴を使ってオレの論文の実験するみたいだな。ドルマンに成功実例挙げられたらもう御破算だわ。白旗。」


 そう言うとやっと急いでいる理由が分かって頭が整理できてきたのだろう。


 「すぐ持って来ます。病院にありますから!」


 ジェーンは頷いて隔離所の外へ飛び出すと、すぐに正装を持って来た。


 不服な顔をしながら腕を通す。

 まさか自分が時を経てこの服に身を包む時が来るとは思わなかった。


 「あとこれも…。何かあればここへ。私が私用で使う3階の空き部屋の鍵です。私も何時間かおきにそちらへ向かいます。」


 そう言ってジェーンは鍵を渡す。


 「ああ使わせてもらう。」


 そう言って鍵をポケットにしまうとジェーンと共に隔離所から出た。


 「そうだ。できれば定期的にこの辺見回ってくれるか。女房見かけたら伝えてくれ。」


 「分かりました。」


 急がねばならない。


 リクは家の方向へと走って行った。




 ジェーンはジェーンでドルマンに自分が逃がした事がバレない様に液体窒素と工具を素早く回収する。


 「あら!私奥様の特徴聞いてないわ!」


 そう言えば最近結婚していると知ったばかりで相手の特徴を何も知らない。

 色々とリクの言っていた事を思い出すが、胸について言及していた事しか浮かばなかった。


 「まあ…きっと分かるわよね。」


 山道なのでエラリィ家に侵入してくる経路は限られている。

 正面から入る事はないだろうし、きっと不審な人間がいれば分かる筈だ。

 

 


 

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