第25話

 レイが窓の側にいたので、シードルもそちらに向かう。

 女と魔導士の後ろ姿を2人で無言で見つめた。


 「…一族には階層があってね。」


 シードルがポツリと話し始めた。


 「あの娘は最下層の人間で、一族の下働き要員だ。日々魔導士達の監視下に置かれて毎日召使いみたいな生活してる。おかげで一般市民と変わらないけど。」


 「…でも魔術が使えるのでしょう?逃げ出す気はないのでしょうか?」


 「魔術が使えても魔導士に向いてないからあの身分なんだ。逃げ出せば処罰だ。」


 レイは処罰の言葉に思わず身震いした。


 ゼインズから聞いた話では教育通りの意思しか持たないという事だったが、こういう人間が裏で処罰の対象となっていた事を彼は知らなかったのではないか。


 「まあ彼女が害を与える事はないよ。魔導士には注意しな。」


 「ええ、分かりました。」

 

 それにしてもシードルと話していた彼女の表情が気になる。

 自分には分かる。

 あれは明らかに好意を抱いている顔だ。


 「シードルと面識があるんですか?」


 「うん何か街でよく声掛けられるんだ。向こうの名前は今日初めて知ったけど。ジェーンだって。」


 彼女の好意に気付いてないのが分かる。

 きっと相手は口実を探しては日々声を掛けているのだろうに。


 「今日はどうしてこちらに?」


 レイが質問するとシードルが濁した口調で説明する。


 「…ちょっと訳があってね。…それよりお願いがあって…。」


 「何でしょう?」


 レイが首を傾げるとシードルがパンと手を合わせて拝んだ。


 「今日の夜オレ居ないんだ。ちょっとだけ宿で番してくれない?」


 「ええっ!?」


 「大丈夫!ここ客なんて絶対来ないから!この通り!」


 経営がそれでいいのかも疑問だが、そもそもレイには一刻が惜しい。

 魔導士達の目を掻い潜るのも暗い方がいいだろうから、夜こそ探索に行こうと思っていた所だった。

 

 「…いつ頃帰って来られるんです?」


 「本当にすぐだよ。2時間もすれば。」


 まあそれなら少し待ってもいいかもしれない。エステルまでの山登りで休憩もできていないから少し体を休める事も必要だ。

 

 「分かりました。それなら。」


 「ごめんね。すぐ帰るから!」


 そう言うなりシードルは切羽詰まった様子で部屋から出て行った。


 十中八九、先程のジェーンとの話合いでそうなったのは分かるが全てを聞いていないので全容は分からない。

 ただ会話の流れからすると、シードルが誰かを助けに向かう先は恐らくエラリィ家だというのは推測できた。


 あれだけエラリィ家に近付くなと警告してきたシードルが、身を挺して危険区域に踏み入れるとは余程大切な人間なのだろう。

 

 レイはシードルの慌てた様子を覗き見ると、自分も夜の用意を済ませて一時眠りについた。



 

 

 「あ。抜かった。」


 その頃リクは、シードルの名前をジェーンに伝え忘れていたのにようやく気付いた所だった。


 ちゃんとジェーンは危機を伝える事ができたのだろうか。

 シードルもそれを聞いて、早くエステルを出て国外に向かってくれていればいいのだが。


 「だからエステル離れりゃ良かったのに。」


 シードルに対してリクは一人愚痴を呟く。

 

 傲慢な魔導士共の巣窟の側にいつまで彼は身を置いているつもりなのか。

 住民達の中には移住したくても金銭的に余裕のない者もいるだろうが、シードルはそんな事は全くない。

 リーゼルグの墓を見放せないのは分かるが、シードルまでそちら側になってしまう事態の方が余程心配だ。

 電話で忠告してもどうしようかなあとか煮え切らない返事をしていたのが、今になってこんな形で響いてくるとは。


 「ボケメガネが。」


 シードルに悪態をついていると隔離所のドアを開ける音がした。

 先程ドルマンが来たばかりだ。

 聞き慣れない足音に少し身構える。

 

 「その辺りでいい。手枷と足枷つけとけ。」


 リクのいる場所から扉一枚隔てた所で何やらガタガタ音が聞こえる。


 察するにもう一人捕虜が来た様だ。


 「奥の方がいいんじゃないか?」


 「いや、やめとけ。ドルマン様がそっちは使う予定があるだとか。絶対奥近寄るなよ。」


 どうやら自分の存在はドルマンと最下層の一部にしか知られていない様だ。

 恐らくドルマンは研究内容を誰にも知られたくないという懸念があるのだろう。

 自分としても逃げる時それに越した事はないので、一族にはバレない様に立ち回る。

 

 やがて隔離所の扉が閉められ、魔導士達が去って行く。


 リクはどんな人間が捕まったのか気になるが、その扉までは距離があるので近付けない。


 するとその人物は起き上がったのか、枷の音を鳴り響かせたかと思うと、すぐに静かになった。


 「まったく。散々だな。」


 声が聞こえた。

 声からすると老人の様だ。


 「さて…。」


 どうやら立ち上がった様だ。


 カシャンーー。


 相手の枷の音かと思ったが、自分の枷の音が鳴り響いた。


 「…誰かいるのか。」


 老人がこちらに向かって険しい声を掛けてきた。


 一族に自分の存在を漏らされると面倒なので会話しようか考えるが、物音でいずれは分かる事だろうし、さっきの魔導士達の様子を見る限りは大丈夫かもしれない。

 

 「…ああ。あんたも監禁?」


 「…そうみたいだな。」


 相手は少し間を置いて答えた。

 警戒するのも無理もない。相手は今日ここに来たばかりなのだ。


 何だかまともな会話ができそうな人間だ。


 「ふーん。何で?」


 「…ゼインズだ。ゼインズ・エラリィ。」


 理由を答えず相手は名前を答えた。

 ゼインズ…どこかで聞いた様な…。


 思い出した。


 「えっ!?あの天才ゼインズか!?」


 その姿を一目見たくて扉の格子窓へ食いつこうとするが、もちろん距離があって見えない。

 

 「光栄だな。まあ魔力も少なくなってこのザマだが。」


 「あれ?投獄されて出所したって聞いてたけど…?」


 「まあ色々あって故郷へな。今の頭首は私に執心らしい。」


 どうやらゼインズは自分と違い、ドルマンでなく頭首が監禁した様だ。


 「…君の名前は?」


 「リカルド・エラリィ。リクでいい。」


 「君こそ何でだ。まだ若いだろうに。」


 「いや、その…。」


 論文の事があるから言うべきか迷う。


 枷を手で何回も握り込んでしばらく黙っているとゼインズが口を開く。


 「…既婚者だな。」


 その言葉にリクは驚く。


 「…何で分かるんだ。」


 「指輪の音だろうな。これは。」


 握っていた枷に指輪が当たって音がしていた。

 勘の鋭さに頭の良さを感じる。


 「さて、当ててみせよう。」


 ゼインズが楽しそうに続ける。


 「君の指輪は金色で模様の入った物に違いない。」


 「なっ…!」

 

 音だけでそんな事が分かる筈はない。

 思わずどこかから覗いているのかと目で探したが、そんな物は見当たらない。


 あまりに気味が悪くてリクは黙った。

 しかしそんな事もお構いなしにゼインズの声は明るい。


 「いや、怖がらせたか。悪い。」


 「…何で分かった。」


 「一族の人間が指輪なんて付けないだろう。落第者なのはすぐ分かった。」


 ゼインズは隔離所に不似合いな大声で笑った後、こう続ける。


 「落第者の夫を持つ嫁と道中一緒でね。夫の事ばかり四六時中考えている可愛い娘なんだが。」


 リクは瞳を見開いた。


 「名前はレイチェル。心当たりは?」

 



 

  「ドルマン。手錠を壊したとはどういう事だ。」


 アルディアは部屋にドルマンを呼び出し、顛末を述べさせようとする。


 「…ああ。誤って魔術をかけて壊してしまったのです。」


 魔術を封じ込める手錠は、破壊できない訳ではない。魔術で大きな衝撃を何度か与えると破壊する事ができる。

 当然手錠をかけた本人は魔術が使えないので、誰かに壊してもらう必要があるが。


 これまで手錠を壊したのはリクだった。

 エステルの市民が魔術を使っていた所に手錠を突っ込むなどしてダイナミックな脱走を試みたせいで、いくつも破壊させたのだった。


 「どれだけ重要な物か分かっているだろう?どうしてそんな事になった。」


手錠は素材の貴重さもあるが製作そのものが難しく、罪人を取り締まる軍にしか新しい物は与えられない。

 ダズル王もエラリィ家にいくつか与えてはいるが、そもそも軍以外にその手錠の必要性などないので新規の物は貰えない事になっている。


 「父上。いつまでダズル王の機嫌をとらねばならないんです?」


 ドルマンから出たのは謝罪ではなく、不服の言葉だった。

 耳を疑ったアルディアはもう一度尋ねる。


 「何だと?」


 「父上はエラリィ家の強さを侮っていると感じます。もっと王に強く要望してみては?」


 ドルマンは笑顔でそう言うが、心から王への反発心を持っているのが分かる。


 「ドルマン。指針があるのは頼もしいが、過信は良くない。」


 その言葉に笑顔をなくし、ドルマンは父を軽蔑する様な目で見た。


 「…何を言っているのですか?国を挙げての大戦でもエラリィの活躍を見たでしょう?ダズルは私達一族なしでは勝利にはならなかった!」


 しかしアルディアはそんな挑発には乗らない。ドルマンの性格を熟知している事もあるのかもしれない。


 「何代も続く歴史の中お前と同じ事を考えた頭首もいるだろう。けれどどうだ。」


 そう言われてドルマンは歯軋りをしながら引き下がる。


 「持っている手錠を速やかに返せ。滅多な事で持ち出しをするな。」


 アルディアはそう言うと、部屋から出て行った。

 残されたドルマンは憤怒の表情で父の背中を追っていた。

 

 アルディアの魔力も尽き果て、自分達若者の天下となる。

 

 「役立たずなど皆不要だ…!」


 ドルマンはそう呟くと、今度は不敵な笑みをこぼした。

 




 

 

 

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