第24話

 「入れ。」


 ゲルトがそう言ってエラリィ家の門を開いた。

 ゼインズは無機質なエラリィ家の住居を見上げる。

 50年経った後にまさかこの家へ帰って来る事になったとは。


 かなり昔の記憶なのでそこまで明確には覚えていないが、大きく屋内に変化があった様子は見られない。


 「…変わらないな。」


 この様子ならレイに渡した見取り図もそう間違ってはいない。


 ゲルトの後ろをついて階段を登っていると、建物の中心階でゲルトが右に曲がる。

 するとドアが見えて来た。


 この扉の中は今でも鮮明に思い出せる。


 エラリィ家の頭首達を一斉にこの中で痛めつけた記憶がよぎった。


 ゲルトがノックして扉を開ける。


 「頭首。連れて参りました。」


 その言葉に反応して、椅子に座っていたアルディアが立ち上がった。


 「ご苦労。下がれ。」


 アルディアがそう命じるとゲルトは部屋を出て行き、ゼインズとアルディアの2人になった。


 よく似ている。

 ゼインズの中で先代の頭首とアルディアの顔とが重なる。


 「…アルディア。」


 「久しぶりだな。ゼインズ。呼び出したのは他でもない。魔力を得る方法を知ってるのかと思ってな。」


 アルディアは机にあった黒の正装をゼインズの足下に投げつける。

 

 「まずはここに来たらこれを着るのが慣わしだ。」


 ゼインズは足元に目もくれず、アルディアを睨んでいる。


 「魔導士の大量生産は尚続いている訳か。この国はもう終いだな。」


 「正しいと世界が認めたからこそ、エラリィ家は存続しているんだ。お前には理解できんだろうがな。」


 そんなゼインズを鼻で笑い、アルディアはゼインズに近寄る。

 

 「早く着ろ。」


 ゼインズは目を閉じて足元に集中した。

 正装に火が灯り、メラメラと燃えていく。


 「もう着ない。そう決めた。」


 ゼインズのその発言にアルディアの眉根が動く。


 「お前はの存在を自ら葬ったが、与えられたものを使って卑怯に生き抜いている。お前なんぞが講師をしていると聞いた時は虫唾が走った。」


 アルディアはゼインズにそう言うと、鼻で笑いながらゼインズは答える。


 「差し引きすると奪われたものの方が多いがね。しかしそんな私をまたとして扱う為に呼び戻したんだろう?」

 

 その笑いはアルディアの怒りを誘うに十分だった。

 どうやらゼインズはエラリィ家に屈服する気はない様子だ。


 「謀反しておいてその態度だと?謝罪もないのか?」


 「悪いが降りかかった火の粉を払っただけだ。お前の父達は私を殺す覚悟だった。」


 アルディアは父達を見下してはいたが、張本人の口から適切でない言葉が放たれた事に腹を立てた。

 怒りは頂点に達し、アルディアはゼインズに雷を放つ。

 ゼインズはそれを防御する。


 しかしその音に反応した側近達が駆け寄ってくる気配を感じて防御を止めた。


 するとアルディアの雷がゼインズに直撃し、ゼインズが倒れる。


 「頭首!」


 ゲルトを先頭に何名かの魔導士が扉を開いてアルディアの様子を窺いに来た。


 「例の手錠をして空部屋に連れて行け。」


 アルディアは倒れたゼインズを見下ろしながら、ゲルト達にそう命令した。


 「はっ!…その…お言葉ですが。」


 「何だ。」


 「ドルマン様が手錠を壊された様でして…。あと一つしか…。もう一つはドルマン様がお持ちの様で…。」


 魔術を封じる手錠はダズル王から寄与された。素材がそもそも有限なので、所有数が少ない。一つは緊急事態に備えて残しておきたい。

 アルディアはドルマンからその事を聞いていなかったのか、不満そうな表情をした。

 

 「…目覚めるまで隔離所へ。」


 「はっ!」


 アルディアはゼインズが運ばれるのを見ながら焦りを感じていた。


 何故以前の謀反の時の様に抵抗もせず易々と捕まったのか。

 まるで魔力が不足しているかの様な状態に見える。

 

 本当にゼインズは魔力を得る方法を知っているのだろうか。



 


 エステルへの道のりはそこまでかかからなかった。

 てっきり夜にはなるかと思っていたが、夕方には到着した。


 「静かですわね…。」


 エステルは山の合間にあるのどかな街だった。

 ガーデンと同じでどこか寂しげな雰囲気が感じられるのはダズルの特色だからなのか。

 ガーデンに数は劣れども、店はたくさん立ち並んで盛況した様子を見せている。

 しかし市民はとても静かで、慎ましく生活を営んでいる。


 「…エラリィの迫害に遭った人間もいる。ほら。」


 シードルが指差した山の辺りを見ると円柱状の高い建物がある。


 「あれがエラリィ家だよ。」


 「えっ?あれ家ですの!?」


 「人数多いからああなったんだよ。あれで何百年経ってるんだからもう歴史的財産みたいなもんだ。」


 陽の当たらない位置にあるのだろう。建物が翳って気味の悪さに拍車がかかっている。


 「レイ。ここだよ。家。」


 シードルは手招きして建物の前に立った。


 「まあ可愛い。」


 「実は元々家を建てる予定なのを広いから宿にしたんだ。」


 その建物はエステルには不似合いだった。

 エステルの建物はコンクリート造ばかりだが、木材を白く塗った2階建ての建物である。

 マリアにはこういった家が多いので、レイは見上げると馴染みやすさを感じて不意に笑顔になる。


 入ると中も木造で、暖炉や女性が好みそうな室内装飾が多い。

 我が家とそっくりである。

 

 「何だか家に帰ったみたい。」


 宿に入ったレイの笑顔を見ると、シードルの暗い表情はどこかへ消えていた。


 「その昔追い出された4人で家を建てようと考えてたんだ。その内一人が女の子でね。」


 「4人?シードルとお亡くなりになられた方だけじゃなくて?」


 「ああ。落ちこぼれ4人で当初暮らしてた。その子の意見に沿ったけど、出て行ってさ。おまけにもう一人も出て行くし。」


 「それで宿に変えたんですの?でも素敵だわ。」


 「ありがとう。2階使いな。」


 レイは2階の一部屋に荷物を置いて、窓を眺めるとエラリィ家が見えた。

 ゼインズからもらった見取り図を手にして、風景と照らし合わせる。


 「あの家のどこかに…。」


 一族にリクが監禁されているのは間違いない。

 恐らくいるとすればあの家のどこかだ。


 しばらく窓を眺めていたが、真っ黒な服を着た女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 よく見ると黒髪にグレーの目である。


 もしかすると何か気付かれたのか。


 女の向かう先はこの宿の入り口だ。


 思わず息を止めた。

 数秒経ってドアを開く音が聞こえる。


 「ごめん下さい。どなたかいらっしゃいますか?」


 その意外な第一声に面食らって、2階の扉からこっそり様子を窺った。


 まだ若い可愛らしい女だ。

 窓から見えた時にはよく分からなかったが、ここからは姿がよく見える。

 黒の長いワンピースに灰色のエプロン。

 何だか魔導士というより、下働きの様な服装だ。


 女の声にシードルが奥から現れた。


 「オレだけど。何か?」


 「えっ!?…シードルさん!?」


 シードルの姿を見ると女の頬が赤く染まった。それに対してシードルはキョトンとして女を見ている。


 「あれ?いつもの…。何?どしたの?」


 シードルはエラリィ一族に敵意があったのではなかったか。

 女からも悪意というものが微塵も感じられない。


 何だか一つも緊迫した空気が感じられないのに頭を悩ませる。


 2人が何やら話をしているが、小さな声で話をしている為に聞こえない。


 「えっ!?」


 数分話をしていると、シードルの驚いた大声だけが嫌という程聞こえて来た。

 声を上げた後は一気に顔色が変わり、急激に落ち着きのなさを見せる。


 「それで…無事なの!?」


 「はい大丈夫です。ですがシードルさんの身にも危険が…。」


 2人とも興奮しているのか、声を張り上げ始めた。

 

 「…助けに行くに決まってる。案内して。」


 女は首を振った。


 「ドルマン様も来る予定ですから今日は無理です。…それに人質になられると都合が悪いと伝えておけと言われまして。」


 「馬鹿じゃないの!?一人なんて無茶だろ!?あいつはいつもそうやって先々…!」


 「…どうかお逃げ下さい。」


 「…君は?大丈夫なの?」


 2人の目線の先は玄関のドアだった。


 レイが扉を閉めてゆっくりと窓を見る。

 よく見れば黒髪にグレーの瞳の人間は他にも離れた所に何名かいる。

 周辺をウロウロとして視線を這わせているその様子は巡回という言葉が適当であろう。


 女とは打って変わって、頑健そうな肉体である。

 リクはここまでの体格ではなかったが、物腰から魔導士だと直感で分かった。


 シードルと話が終わったのだろう。

 バタンと玄関のドアの音がして、女が外へ出た。


 すると魔導士の1人が女に尋問する様子を見せる。


 次の瞬間女の頭に水がかかった。


 女は何回も頭を下げて、エラリィ家に向かって魔導士の後ろをついて歩く。


 人間が一方的に攻撃され、支配されている。

 その様子は正しく奴隷だ。


 どうやら女はエラリィ家の中でも無下に扱われている存在なのだろう。


 列車でのゼインズの言葉を思い出しながら、身の毛がよだつ。


 「…酷い。」


 シードルが階段を登ってドアをノックする音が聞こえた。


 「レイ。いい?」


 「ええ…どうぞ。」


 


 

 

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