第23話

 支度が出来たレイはシードルと共にエステルへと向かった。


 「もうここからは坂がない。女性の足でも楽だと思うよ。」


 シードルの言葉は優しいが、声音は暗い。


 「そうですの。良かった。」


 けれどレイは敢えて笑顔を向けた。


 歩いていると後ろから車の音が聞こえて来た。

 その音を聞くとシードルの顔がまた険しくなる。


 「…レイ。避けときな。」


 「え?は、はい。」


 けたたましい音が聞こえたかと思うと、何か車の先頭の様なものが見えた。


 「…エラリィの軍用車だよ。気分悪い。」


 シードルは舌打ちをした。


 「軍用車…?軍って…。」


 「ダズル王が一族に寄与したんだよ。よく魔導士達はガーデンへも行き来するから。」


 レイは軍用車を目にするのが初めてだったので、興味本位で大きな鉄の装甲を持った車がじっと通り過ぎるのを見ていた。


 車体がとても長く、地面に接するタイヤが8つ程ある。

 車幅が長く窓が小さい。歩いている者はかなり端へ寄らないと、危ないだろう。

 

 やがて車体の中央部分まで来た時、ちょうどレイの目の辺りに窓が見えてきた。


 見る筈のないその姿にレイは目を疑った。


 「えっ!?」


 一昨日別れた筈のゼインズの姿がそこにあったのだ。

 

 気のせいかと思い目を擦ったが、もうその時車は通り過ぎていた。


 「レイ?」


 「あっ、いえ。知り合いが乗ってた気が…。でも…気のせいですわね。」


 きっと見間違いだろう。

 今日の今頃夫妻はジラルドに居るに違いない。

 そう言い聞かせたが、不安が隠せないレイだった。


 


 「ドルマンやったぞ!ついに奴を捕まえた!」


 アルディアが今までこんなに興奮した事はあっただろうか。

 父のその様子を見たドルマンは共感する事もなく、むしろ白けた雰囲気を醸し出している。


 「それはようございました。父上。」


 「ああ。これでようやく…!」


 自分本位なドルマンであるが、現在の頭首である父に逆らう派手な行動は決してない。

 頭首に背いてその領域を侵してしまうと、一族の規範を乱してしまう。

 エラリィの強さは先祖から現在にわたって一族が結束しているからこそ磨かれる。

 自分の代になってもその体制は変わらず維持させたい。

 その為には父に謀反を企てる訳にはいかなかった。


 「ところでゼインズを講師にするというお気持ちは今もお変わりないですか?」


 ドルマンがそう尋ねるとアルディアは口元を歪ませて笑う。


 「いや?何か使い途があればエラリィ家の為に貢献させればいい。」

 

 父はきっとゼインズの存在に執着していただけだ。

 既にそんなアルディアの意志を見抜いていたドルマンは提案をする。


 「…ご期待に沿えるか分かりませんが、私にいい案があります。」


 「言ってみろ。」


 「落第者を活用しませんか?」


 ドルマンは立ち上がって父の座る椅子へ向かう。


 「私達は人間の生き死にの加減が分からない。魔術を一度放てば絶命に追い込ませる事しかできません。けれどゼインズは…。」


 「…落第者とどう関係があるんだ。」


 「いえ、実はある論がありまして…。試してみませんか?」


 ドルマンの笑みは醜悪なものになった。





 「2年も前でしょう?場所は本当にその辺りなんです?」


 ジェーンが疑わしそうにリクに確認する。


 「そこに住んでるって言ってたから変わりないと思う。」


 「はあ。確かここ宿だった様な…。」


 ジェーンがリクの着替えを手伝いながら首を傾げる。


 まさか世話係の女が味方についてくれるとは思わなかった。

 ドルマンの罠の可能性もよぎったが、彼女の明るい表情を見る限り嘘には見えない。


 「…よく信じてくれたよな。」


 「はい?」


 着替え終わったリクの服の裾を直しながら、ジェーンはリクに応答する。


 「すんなり受けると思わなかった。賭けみたいなもんだろ。」


 リクがそう言うと、ジェーンの顔が少し赤くなる。


 「実は…その…エステルに気になる方が。」


 「…。」


 リクは冷めた顔でジェーンを見る。

 

 言葉遣いだけでなく、こんな所までレイに酷似している気がする。


 「どうしました?」


 「…いや。別に。」


 ジェーンは赤くなりながらリクを睨む。


 「…そんな理由でっておっしゃりたいんでしょう?」


 「当たり前だろ。他に理由は?」


 「いいえ。…本当にそれだけです。」


 恋愛沙汰で命の危険まで冒すとは馬鹿げた話である。

 信じられないといった表情を正直に表しているリクにジェーンはさらに言葉を重ねる。


 「私来年で20になります。大して好きでもない相手と結婚させられるんですよ。」


 「まあ…それは分かるけど。」


 確かに女としてはそれを苦痛に思う人間は多いかもしれない。それが理由なら分からなくはない。

 けれど彼女はどうもそれが嫌と言うより、相手に焦がれる気持ちが先立っている様だ。


 「そもそも一緒に暮らす事だってこんな状態では難しいですし。」


 どうやら彼女の頭の中では綿密にシミュレーションされているらしい。


 「いや、そいつ女いたらどうすんの。」


 「ふふふ。少なくとも今はいないと分かります。いつも探ってますもの。」


 その男余程ジェーンを駆り立てる魅力があるのか。

 正に命を賭けた恋である。


 「あっそ。環境違うと離婚するかもよ。」


 「上手くいってませんの?」


 リクは手枷を鳴らして苦笑しながら彼女を見る。

 

 「これ見りゃ分かるだろ。」


 ジェーンは失言した事に気付いて、慌てて口を塞ぐ。


 「あらっ。失礼しました。行ってきますね。」


 「…頼むぞ。」


 ジェーンは隔離所を離れてエステルへと向かった。


 彼女の行き先は完成した4人の住む予定だったマイホームである。

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