第45話

 自分が相手の立場でも、この状況なら間違いなく一網打尽を狙う。

 足取りがゆっくりなのは勝利が見えているからか。


 「うわっ…!!ぎゃああ!!」


 ついにパニックになった素人シードルが喚き散らした。


 「おい!!落ち着け…。」

 

 宥めようと声を発したその時、リクの眼前にパッと閃光が広がる。


 「あなた!!こちらを!!」


 攻撃ともまた違った眩しい光、さっきも目にした異様な防御だった。

 壇上の魔道士の攻撃にレイが攻撃を加えたのだろう。

 すかさず自分はアルディアの方向へと炎を放つ。

 閃光で見えないが、後退する様な足音が聞こえた。

 続け様に攻撃を仕掛けるものの、一向に当たった感触がない。

 

 「…これ消えるまでどんくらいかかる?」


 そう後ろに話しかけたが、何故か返答がなくレイの方を振り返る。

 

 姿が見当たらない。


 「…あ?」


 だが飛ぶ様な足音が次第に壇上へと向かって行くのが聞こえて、察しはついた。


 『それは体術と短剣で…。』

 

 そんな鉄砲玉みたいな攻撃が万人に通用する訳がない。魔道士なら尚更だ。


 「レイ!!」


 身を案じる声が響いた時、光は消え去った。


 すぐにアルディアとドルマンへ炎を見舞うと、壇上を見上げる。


 見上げた光景は予想と反していた。

 

 金の頭が飛び跳ねたかと思うと、屈強な男の首に脚で一撃、次いで肘で腹を突き、とどめに屈んで膝を短剣で刺す。

 

 魔道士が呻いて後ろによろけるとパタリと倒れた。

 それを確認すると、すぐさまレイは2人の縄をほどきにかかる。


 「ジェーン!!大丈夫ですか!?ゼインズ…!!」


 「レイさん!!」


 こちらの口が半開きになる程に、実に鮮やかな流れ作業であった。

 細く身軽なのもあるだろうが、身体能力は生まれ持ってのものだろう。

 正直男の自分よりレイの方が神経が優れている。


 壇上の様子を見たドルマンの集中が切れた。

 それを狙って、シードルが防御から攻撃へと転じる。


 「やるね!!お前より運動神経いいんじゃないの?」


 軽口が叩ける位まで余裕が出た様だ。

 この様子なら自分が攻撃しなくても問題ない。


 「その調子でな。」


 「…頑張るよ。」


 リクは急いでもう1人の標的を探す。

 だが先程アルディアがいたであろう位置に、その姿はなかった。


 これだけ古い建物で足音を響かせずに移動するのは難しい。交戦する音に紛れて身を隠したのか。

 隅々に目を這わせ、行方を辿る。

 隠れられる場所は限られているが、その中でも音がこちらには届きづらい遠い場所。

 幕の掛かった壇上の袖に目が留まる。


 「…まさか。」


 レイとジェーンが2人してゼインズを担いでいるのを目にし、急いで自分も壇上へと走る。


 「うわあぁ!!」


 しかしシードルの叫び声と衝撃音が聞こえて振り返る。

 炎からの煙と崩れた壁が真っ先に目に飛び込んで来た。


 「シードル!!」


 「ハハハハッ!!尻尾を巻くか?リカルド。」


 ドルマンの愉快そうな笑い声が室内に反響する。

 リクは崩れた壁の前へ立ち、続くドルマンの攻撃に対して防御した。


 「痛たたた…。」


 「シードル!!」


 「何とか…大丈夫…。」


 苦しそうなシードルの声が崩れた壁から聞こえて来る。

 煙と粉塵がおさまると、シードルがようやく姿を現した。

 衝撃が強かったと見え、体が壁にめり込んでいた。壁から身を分離させてこちらへと寄って来るが、全身の打撲でよろめいている。


 「…まだ防御いけるか。」


 こっそりと伝えた言葉にシードルが弱々しく頷く。


 一刻も早くドルマンを制さねば埒が開かない。

 相手に気付かれない様に、自分もシードルに重ねて防御壁を作る。


 「ああ…賢明だ。二重にすれば怖いものはないな。」


 いや、目的は攻撃だ。

 せせら笑うドルマンに内心否定しながら、リクは相手の四肢に集中し始めた。


 「…2年前は悪かったな。すぐ伸びて。」


 こういう神経質そうな輩は勘が働きそうだ。

 言葉で何とかドルマンの気を惹く。


 「何も謝らなくていい。そうなるのは予想通りだったさ。」


 ドルマンが火を細かく散らすと、強風を吹かせた。

 一気に炎が付近へと舞い散り、風がそれを煽る。

 防御を強くしていたので助かったが、それでも衝撃は凄い。他に集中しながら防御壁の範囲を広げたが為に、端から壁は崩れた。


 「…!」


 2人でもこの始末だ。シードルも充分頑張った方だろう。

 火と風で攻撃を重ねるのも中々だが、ドルマンはどうにも魔術に対する技術が細かい。

 理論を組み立てるセンスとでも言うのだろうか。決して鍛練の積み重ねでは生み出せない能力を生まれ持っている。


 実に苦手なタイプだ。


 「…魔術でも相性悪ぃな。」


 つい出たその言葉にドルマンが鼻で笑う。


 「魔術に相性なんて概念は無い。弱いか強いかだ。どうせ弱者は強者に淘汰されて行くのだから。」


 そう言いながら次の攻撃に着手しようとしているドルマンの手には、バチバチと音を立てる雷が見えた。


 「淘汰ねぇ…。共存って言葉知らないか?」


 「馬鹿な事を。それこそ万物の滅びに繋がる。無論油断すればエラリィもだ。」


 充分に集中する機会はあった。

 最後に得意気に喋るドルマンの顔に集中すると、あとは魔術文字を浮かべる。


 今だ。


 「まあ今はその言葉に同意してやる。」


 「…何?」


 頭に浮かべたのは水の文字。


 リクの目線に慌てたドルマンが防御に移るが遅かった。

 ドルマンの体全体に噴水の様な水が発射されると、光っていた雷が同時に張り巡らされる。


 「があぁ!!!」

 

 ドルマンが苦しむ声を上げながら膝から崩れ落ちた。

 感電で体の自由が利かないのだろう。体を捻る様に床に伏せっている。


 「気分はどうだ?弱者?」


 「貴様…!!」


 ドルマンの余裕の笑みが消えた代わりに、こちらが笑ってやった。


 「ゼインズ!!しっかりして下さい!!」


 「ゼインズさん!!」


 レイとジェーンの声に入り混じってさっきから震える様な金属音が聞こえて来る。

 それが刀が振動している音だと気付くと、咄嗟に幕へと視線を向けた。


 「離れろ!!」


 レイ達に向かってそう叫び、幕に向かって炎を放つ。

 だが手応えを一つも感じない。

 違う場所に隠れているのだろうか。


 その時だった。


 ---ドンッ!!


 大きな音がしたかと思うと、体に衝撃が走り後から痛みが押し寄せる。

 シードルが張っていた防御壁など物ともせず、

リクとシードルは壁際に吹っ飛ばされた。


 「痛て…。」


 衝撃が放たれた先にいたのは、必死に立ち上がったドルマンだった。

 容姿からそれとなく貧弱そうに思っていたが、そのイメージが完全に覆る。


 「逃げとけ!!早く!!」


 戸惑っている壇上の2人に注意を促すと、シードルを横目で見る。

 目を回しているだけの様だ。

 

 「死んでねぇな。」


 「まあ…さっきより…マシだった。」


 とは言え2度も攻撃を喰らっているシードルは、か細い声で何とか返事を絞り出す。

 

 「どうも侮っていた様だ。」


 ドルマンがこちらを舐める様に見つめ、睨んだ。

 

 「2人まとめて片付けてやる。」


 ドルマンの怒りが口調から滲んでいる。

 危機を感じたシードルがすぐに防御壁を出した。

 

 「お前だけの防御で凌げる?」


 「…いや、正直押される。」


 シードルのその言葉は壇上のレイ達の保護に回るべきかを問う為だったのだろう。

 偽りないリクの返事にシードルが唇を噛んだ。


 「きゃあっ!!」


 壇上でジェーンの悲鳴と金属が重なり合う音が聞こえて来た。


 どこからか現れたアルディアが刀を振り翳し、それをレイが短剣一本で受け止めている。

 

 

 

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