第44話

 「あ…あなた?」


 気でもおかしくなったのかと、不安になって呼び掛けるが返答はない。

 シードルがようやく冷静になったのか、リクの代わりに3人を囲んで防御をする。


 「あ…。」


 リクの目線だけが天井の方へ動いているのに気付く。

 集中している最中だったのだ。


 目線の先、魔導士達の頭上から何か音が聞こえて来た。


 「…何だ?」


 フィージーがそう言って頭上を見た瞬間だった。


 ---ドンッ---!!


 盛大な音を立てて魔導士達の頭に大量の水が降り注ぐ。


 「みっ…水!?」


 最早ここまでになると水ではなく巨大な滝である。

 ゼインズとの練習では水が攻撃になる事などないだろうと思っていたが、それは誤りだった。

 頭上へと落ちてくる水の暴力になす術もなく、防御をした魔導士さえも息ができずに数秒で打ちひしがれて倒れていく。


 気が付けば皆が全滅していた。


 床へと残った水量が印象よりも多くない。

 的を絞った上、勢いを強めたのが効果的だったのだろう。

 なるほどリクの手腕も中々の様だ。


 「お前達2人共ここいろ。」

 

 リクがピシャリと言い放つと、見向きもせずに魔導士を跨いで扉へ向かう。

 

 「待って下さい!!」


 慌てて引き止めるがリクは歩みを止めない。ついには扉を開いて外に出た。

 シードルは一向に動かず苦い顔をしていた。

 リクも一応解放されたし、シードルをこれ以上戦いには巻き込まない方がいいのかもしれないと思い、すぐ様リクの後ろを追いかける。


 「あなた!」


 「お前図形は?」


 声を掛けてもリクは進みながら横顔のまま話す。


 「まだですけど…。私お役に立ちますわ。」


 「戻れ。足手まといになる。」


 「…。」


 否定はできなかった。

 頑丈そうな扉の前でリクが止まる。

 初見のレイでも、この建物内で異彩を放ったその場が式場だとすぐ分かった。


 扉の前に何かが落ちているのに気付き、リクが拾い上げる。


 「これ…。さっき外で見たな。」


 レイのハンカチだった。


 「私の…!合図に窓から落としたんですけれど、ゼインズが持っている筈…。」


 「揃い踏みって訳か。」


 ゼインズもこの中にいるに違いない。

 短剣を固く握りしめ、レイは扉に手を掛ける。


 「おい。」


 リクはその手を掴んでドアから剥がして来る。レイは逆にその手を掴んだ。


 「戻れとおっしゃるのでしょう?嫌です。」


 「オレ1人で行くって言ってんだろ。ふざけんな。」


 レイはその言葉に少し黙る。


 思えばこんな風に互いが衝突する度、いつも自分が譲歩する事が多かった。

 何せ相手のそんな一本気な所に惚れた訳だし、何よりそのままでいて欲しいと思うからだ。


 でも今回は譲れない。

 ここで手を離してなるものか。

 

 「…独りよがり。」


 「あ?」


 「独善的と言ってるんです。どうしていつも1人で進んでしまうの?」


 リクは少し眉根を寄せたが、すぐに手を振り払おうとする。


 「別に…可能性高い方に賭けてるだけだ。」


 「そういう事を言ってるんじゃ…!」


 この期に及んでまだ貫こうとするリクの態度に、レイの頭の中が一気に沸き立つ。

 駄目だ。興奮するとまともな言葉が出せない。


 「昔っからだよ。勝手に猛進して…。自分の考えが一番だと思ってるんだろ。」


 だがそんな自分の代わりに誰かが言葉を継ぎ足してくれる。

 後を追って来たシードルだった。


 「シードル…。」


 困惑した顔を向けると、シードルがまるで分かったと言わんばかりに頷いた。


 「お前はいつも後ろの人間振り返る事なんてありゃしないよな。こっちが合わせてやるのも疲れるよ。」


 いつになく真剣な顔でリクの方を見ていたが、リクはそんなシードルに苛立つ様な表情を見せる。


 「怖気付かれても迷惑なんだよ。」


 「…何てこと…!!」


 思わずレイはリクの頬を殴ろうとしたが、シードルがやんわりとそれを制止してきた。


 「確かにさっきは悪かったよ。けどな、お前は能力があってもハッキリ言って機転が利かない。どうせ何も戦略がないんだろ?頭数用意しないで勝てる訳あるか。」


 シードルの遠慮のない正論が直撃した。


 「覚悟だけじゃどうにもならないって事だ。」


 流石にこの言葉が刺さったと見え、リクが少し不貞た顔をする。

 

 シードルが式場の扉に手をつく。


 「オレは別にもうダズルにいなくたっていい。ただ…リーゼルグの弔いだけは済ます。」


 シードルの弁には頑固な夫を納得させる力があった。

 少し諦めた様な顔をすると、リクが目線をこちらに向けて来た。

 残念ながら自分に出来るのはシードルに便乗して揚げ足を取る事だけだ。


 「…私1人にすると余計足を引っ張るかもしれませんよ。」


 そう言ってやると、リクが顔を歪ませて腹立たしそうに鼻を鳴らす。


 「ダズルが墓場になっても知らねえぞ。」


 「あら…2人一緒ならどこでもいいです。」


 「負けても言えるか見ものだな。」


 「ふふっ。」


 皮肉にしっかり笑顔で対応すると、リクはぷいと背中を向けてシードルの方に向かう。


 「どけよ。女みたいな腕しやがって。口先ばっか鍛えるからそうなんだよ。」


 そう言うとリクは、中々開かない扉を細い片腕で押すシードルを手で払った。


 「ちゃんと鍛えてこれなんだよ!!」


 怒りながらもシードルが大人しく引き下がる様子が面白くて、レイは少し笑ってしまう。


 リクが重厚な扉に両腕をつけた。

 その背中を見ていると、頼もしく思えて自分も強気になれる。


 「…絶対勝つわ。あなた強いもの。」


 独りでに言葉が溢れたのに気付いて口を塞ぐ。

 小さな囁く様な声だったが、リクには聞こえていた様だ。

 こっちを見て唇を釣り上げると、鼻で笑った。

 

 ついに最後の扉は開かれた。


 




 出迎えたのは散々なものばかりだった。


 鉄格子の檻、床を染めた血、剣を持つ人間に倒れた人間。

 何よりも突き刺す様な鋭い視線。

 華美な室内にどれも不似合いなものばかりが並んでいる。


 剣を持ったアルディアに、ドルマン、横に転がされ意識を失ったゲルトがいるが、ゼインズとジェーンの姿が見当たらない。


 リクは一瞬室内を見回す。

 床の血がどうにも悲惨な展開を連想させるが、始末されたにしても人間の形らしきものがないのは可笑しい。


 どこかに隠れている、と考えたい。


 「リカルド…!!」


 ドルマンの憎悪に満ちた声と共に双眸が見える。

 リクの反応よりいち早く、シードルが防御していた。


 「オレが防御するから。攻撃任せるよ。」


 「弔いはどこ行ったんだよ?」


 「分担だよ分担。慣れてる奴のが攻撃の方がいいでしょ?」


 「…セコい奴。」


 何だか調子がいい気もするが、シードルには防御に徹してもらおうと思っていたので丁度いい。


 それよりドルマンの攻撃の意志は一向に見られないのはどういう事か。アルディアまでも何もせず、ドルマンとこちらの様子を窺っている様に見える。


 だがその手に論文が握られているのが分かって、ようやく流れが読めた。

 

 「ふーん…なるほど。オレに論文の中身聞かなきゃ手え出せないもんな。」


 「勘違いするなよ。置かれた状況を把握すべきだ。」


 ドルマンがそう言うと壇上を見上げる。

 そこには縄で括られ、へたり込んでいる人間の姿が2つ見えた。


 「ゼインズ!ジェーン!」


 「あ…!」


 レイが高い声を張り上げると、ジェーンが少し声を上げてこちらを見る。少し距離が遠くて見辛いが、元の怪我に加えて顔に切り傷が出来て血が流れている。

 ジェーンの方は命の心配はなさそうだが、問題はゼインズである。

 ただ項垂れたまま、意識がないのかこちらを見向きもしない。


 「情けない事だ。最下層の女を助けようとしたのに返り討ちに遭うとはな。」


 ドルマンがそう言って鼻で笑った。

 身体中の怪我から見て、どうやらこの室内の血は全てゼインズのものの様だ。


 「仲間だったか。交換してやろう。」

 

 「…呑める訳ないだろ。」


 ドルマンの言葉を思い切り突き跳ねてやる。

 こんな信頼の微塵もない相手の条件など、聞いた所で馬鹿を見るだけだ。


 「大した判断だ。やれ。」


 ドルマンのその言葉で壇上に魔道士の姿が現れたかと思うと、2人の頭を睨み始めた。


 「!!」


 瞬時に防御壁を出し、どうにか魔道士の岩を跳ね返した。

 魔道士がチラッとこちらを見ると、また集中を始める。

 こちらから壇上の距離までは遠い。

 集中するものに対して焦点が合わない。防御と攻撃の同時放出は無理だ。


 「クソ…!シードル!替われ!」


 「無理!!」


 精一杯絞り出したシードルの声の原因はすぐに分かった。

 ドルマンの攻撃を必死に防いでいる。

 腐っても頭首の息子である。これまでの魔道士より桁違いの攻撃には違いない。

 一般人、ましてここの頭首達に虐げられてきた思い出のあるシードルには重荷だ。

 こちらに手を取られてしまったのを悔やむが、もう遅かった。


 当然これだけでは済まない。

 アルディアの足音がこちらに向かって来た。


 

 

 

 

 

 

 

 

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