第43話

 アルディア、ドルマン、そして捕らえられたジェーンは祭典場に居た。

 檻に閉じ込められた子供達は、4人の様子に身を案じて震えている。

 ただでさえ緊張の走る祭典場の空間だが、かつてこれまで張り詰めた空気をもたらした事はないだろう。


 「2年間も落第者を匿っていたとはな。」


 アルディアが呟く。

 ドルマンは鬼の形相でアルディアの手元を睨み付けていた。

 それもその筈、アルディアの手に握られていたのはリクの論文である。

 いよいよ核心の項へと近付いたのか、期待した表情でアルディアは論文をめくる。


 「…何?」


 その声は更に張り詰めた空気を震わせた。

 肝心な項が抜けている事にようやく気付いたらしい。


 「続きはどこだ。」


 ドルマンの方を睨み、アルディアは感情を抑える様に尋ねた。

 その様子に溜飲が下がったのか、ドルマンは見下した様な表情でほくそ笑んでいる。


 「教える理由などないでしょう。そもそもお分かりの通り、私が筆記したものではないのに…。」


 挑発としかとれないその態度に、アルディアの眉根が不快そうに動く。

 アルディアがドルマンを力で押さえ込まないのは、間違いなく魔力の不足の為だろう。

 逆上しそうな表情を抑えたアルディアはジェーンの方を向いた。


 「…女。ゼインズはどこだ。」

 

 「え…?」


 「とぼけるな。練習場でゼインズを連れ出した後奴をどこにやった?」

 

 「いえ…私は連れ出してなんて…。」


 「ならどこで論文を手に入れた?」


 ようやくここでジェーンはレイの存在と混濁されているのに気が付いた様だ。

 だがもちろん、リク達との繋がりを示唆する訳にはいかない。

 何とか取り繕おうとしているジェーンの様子に不審感を抱いたアルディアがスッと剣を抜いた。

 

 「あ…おやめ下さ…!!」


 ジェーンが逃げ出そうと体をよじると、ブンと音を立てた剣がよぎる。

 瞬く間にアルディアの剣の切先がジェーンの喉元を軽く突いた。


 「あ… あ…!」


 恐怖で声を吸い込んだその喉を、切先が軽く刺す。喉元に赤い血が滴ったジェーンの顔はそれと対比して真っ青である。


 「…っ…!」


 ジェーンが固く目を閉じて、歯を食いしばったその時だった。


 ---ズズッ--。


 「誰だ!」


 その音に反応したアルディアの手が止まる。

 ジェーンも恐る恐る目線だけを音の方向へ向けた。


 何かを引き摺る様な音が聞こえる。

 どうやら式場の扉の近くの様だ。


 ギィッと重々しそうな音がして、式場の扉が開く。

 その場にいる全員が扉へと視線を向けた。


 瞬間、何かが扉から入り込んだ。


 ドルマンは真っ先にそれに集中して炎を放つ。


 「やめろ!」


 アルディアがそう言った瞬間、ドルマンが怪訝な顔で睨む。


 集中が逸れたのが幸いして、炎は式場の壁へと移った。威力が弱かったのが幸いしたのか、燃え移る事もなくすぐに火の粉が散って行く。


 扉から入って来たのは、もはや見る影もない程ボロボロに成り果てたゲルトだった。

 元より意識が薄れていたものを誰かが放り込んだ様だ。


 「魔術の使えん人間には強気なもんだ。」


 声の主はようやくその姿を見せた。


 ゲルトを投げ捨てたその男の姿が目に映ると、アルディアは呟き睨みつける。


 「…ゼインズ。」


 その名を聞いたジェーンは一瞬希望を見出した様な表情を見せたが、ゼインズの姿を見るとすぐに不安そうな顔色になった。


 ゲルトとの戦いは余程熾烈なものだったのだろうか。

 片腕片足がまともに動いていないばかりか、全身からも血が流れている。もはや歩くのも精一杯の状態であった。


 


 炎や雷が多いせいだろう。

 魔導士の猛攻撃が一丸となって眩しい光を放ちながら、リクに襲い掛かる。


 「あなた!!」


 光はすぐに消え失せ、リクが先程の状態のまま防御壁に守られているのが分かるとレイはホッと溜息を吐く。


 だがリクの戦いばかりに気を取られる訳にはいかなかった。

 自分の上げた声に気付いて魔導士がこちらに焦点を絞り始める。

 するとシードルが駆け寄り、レイの盾となって防御壁を張ってくれた。


 「シードル!!」


 「レイも自分の身ちゃんと守んなきゃ!」


 「すみません…!」


 バチバチと火花を散らしながら魔導士の攻撃がシードルの防御壁に当たって砕ける。

 しかしそれを最後に、こちらに向かう攻撃が急に止んだ。

 リクに集中砲火しているのかと思ったが、そうでもない。

 魔導士達の方を見ると1人の男がリクとシードルを見て何やら反応している。周りも連鎖したかの様に2人の顔をチラッと見た。


 「お前達見覚えあるな。ああ!」


 その男が軍団を率いていたのだろう。その発言一つでピタリとリクへの攻撃も止まった。


 「お前達オレと同じ月生まれの奴だろ?いつも4人で固まってた。」


 男は少し懐かしむ様に目を細めた。


 「…フィージー。」

 

 シードルの口から男の名が飛び出る。


 「悪いがオレはミッシェルにしか興味なかったからお前達の名前は覚えてないけどな。」


 「おい油断すんなよ。」


 シードルの防御壁が緩んでいるのを見て、リクが釘を刺す。


 「…大丈夫だよ。」


 シードルの心情が揺れているのはレイの目にも見て分かった。


 明らかに戦闘意欲が薄れている。


 「そうだ。リーゼルグは分かるな。」


 「…本当!?」


 フィージーからその名が出ると、シードルが顔を明るくさせた。


 「ああ。死んだのも知ってる。」


 「そう…。ならせめて墓に…。」


 「フン…。」


 救いを求める様に切り出したシードルの言葉に、返されたのは嘲笑だった。


 「歯向かった負け犬がよく燃えたって有名な話だ。」


 シードルの防御壁が消えかかった。


 「なっ…!!」


 レイが驚愕した声を上げるより、フィージーが手で魔導士達に合図するのは早かった。


 上空から表れたのは先程とは比べものにならない光を放った雷である。


 リクが舌打ちしながら分厚い防御壁を拵える。


 「だから言ったろうが!!」


 さっきまでの会話がこの攻撃の時間稼ぎだった事にようやく気付かされた。

 おまけにフィージーの言葉はシードルを落胆させるのに充分だった。平静を保とうとしているのだろうが、彼自身の動揺が防御壁に直接影響している。


 「レイ!そのアホ引っ張ってこっち来い!!」

 

 返事などもうする間もない。

 レイはシードルの体に被さると、2人して床を滑り込みながらリクの後ろへと入る。


 「この女金髪じゃねぇか!」


 魔導士の1人の言葉に鬘が落ちた事に気付いたが、もう髪を隠す暇もない。

 2人が防御壁に隠れた後を追う様に、雷が真下を目掛けてすぐに落ちて来た。厚い防御壁がそれを包んで、3人の体を守る。

 雷の効果は目眩しとしても最適だった。

 レイの防御の閃光など目ではない。防御壁と室内の闇を消し去る程の鮮烈な光である。

 だが手前のリクの背中は動じずにえらく立派に棒立ちしていた。


 「あなた…?」


 光が消えたがリクは何も応じない。

 立ち上がって距離を詰めると、聞き取れない声で何かブツブツ言っている。

 そればかりか守ってくれていた防御壁が不意に消えた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る