第30話
ゼインズは魔術を防ぐ手錠を付けられ、頭首室まで歩いていた。
アルディアが先頭を歩き、ゼインズはその側近達に囲まれている。
「あれが…ゼインズか。」
「まだ生きてたんだな。オレ死んだかと思ってた。」
「余所者と結婚したんだってね。あの末路はないわ…。」
頭首室に行くだけだったが、魔導士達の見せしめとしてこの効果は予想より高かった。
「懐かしいかゼインズ。」
「フン。悪趣味な建物だ。修繕くらいしたらどうだ?」
問い掛けるアルディアに対してゼインズは鼻で笑う。
食事を終えた魔導士達が自室に戻ろうとしている中を見世物の様に歩くゼインズは、そんな事も気にせず建物の中を端々まで確認している。
全ては逃亡の為に。
当然だがカロリーヌを残してこの中で死を待つだけなど真っ平御免である。
「年寄りには階段は辛い所だな。」
日頃の鍛錬の賜物だろうか。そう言いながらもゼインズは汗ひとつかいていない。
一方アルディアは少しきつそうな様子を見せており、体力差が感じられる。
側近達はアルディア一人ではゼインズに敵わない事を認識したのだろう。
囲みこそしているが、少しゼインズに対して構え始めている。
アルディアはその様子を忌々しそうに見た。
また頭首室の付近へ来ると、ドルマンが向こうからやって来た。
何やら不愉快な顔をしている。
「ドルマン。ここに居たのか。」
「…父上。」
ドルマンは父を見ると先程までの感情を隠して、何もない素振りを見せた。
ゼインズは2人の顔を見比べる。
前の頭首もだったが、やはり親子だけあってそっくりだ。
ドルマンはゼインズに向かって笑顔で挨拶してくる。
「ゼインズか。私は現頭首の息子のドルマンだ。」
「お前達そっくりだな。」
ゼインズの一言にドルマンの眉が動いた。
その様子にゼインズが鼻で笑う。
「何だ?父親が嫌いか?」
「尊敬しているに決まっている。」
指摘はやはり間違いではなかった様だ。
アルディアも昔前頭首に反抗心を持っていたが、ドルマンはその比ではないのをゼインズは感じ取った。
アルディアもその事に気付いているのだろう。冷ややかな目でドルマンを見ている。
「落第者の確定日はちょうど明日になる。明後日の着任式で何を披露するのか知らんが…。」
着任という言葉がアルディアから発せられるとドルマンの口元が上がる。
「ええ。」
ゼインズはドルマンをただ静かに見つめる。
「ああ…それと…前もって病院施設の準備を万全にしていただきたい。」
「病院施設?医療機器が不足しているのか?」
ドルマンの要望にアルディアが疑問を述べた。
「…いいえ。病床数の確保を。必ず必要かと。」
ドルマンが不気味に笑う。
ゼインズは眉間に皺を寄せた。
リクをさらった人間がドルマンと分かり、同時に自分が何に協力させられようとしているのかにも気付いたのだろう。
「まあドルマン。着任が延期になる可能性も考えておけ。予測できない事態だってあるんだからな。」
一方父の方はそれまでに何とか魔力を得ようと必死の様だ。
ゼインズは2人を睨み付けて佇んでいた。
「ゼインズ。来い。」
アルディアはそう言うとゼインズに頭首室に入る様に命令した。
ドルマンは父に表面上だけ敬意を払い、頭を下げて見送る。
アルディアは頭首に入った途端に、ゼインズの胸倉を掴んだ。
「教えろ。」
気迫を見せて凄んでくるのをゼインズは交わす。
「何の事だ。」
「とぼけるな!魔力はどうすれば得られる?」
ゼインズは鼻で笑う。
「全く哀れなもんだ。魔術を使えなければお払い箱だからな。上階行きが怖いか。」
隠居達は皆この頭首室より上階で暮らしている。もはや暮らすと言うよりは、隔離に等しい存在で、最下層達もそう寄り付きはしない。
年々下階の人間が減ってくるのに対して、上階ばかりが増えていく事が目下エラリィ家の悩み所と言える。
それでも落第者の様に廃棄しないのは、いずれ頭首自身もそちら側に移るからだ。
上階では前頭首などという肩書きなど存在しない。
皆等しく使用済みとなった廃棄物である。
「黙れ!」
アルディアはゼインズに火を放った。
ゼインズはそれを避けようとしたが、腕が少し焼ける。
「…お前が魔力を増やさない理由は何だ?」
「…見れば分かるだろう。私にも方法が分からないだけだ。」
次も魔術を放とうとするが、集中しても何も放出されない。
「言っておくが偽りないぞ。」
それを聞くとアルディアの顔色が変わる。
「…方法なんていくらでもある。」
すると室内から剣を持ち出して続けた。
「お前がやった事には敵わんがな。」
ただゼインズの言葉を信じたくないだけなのかもしれない。
アルディアはゼインズに剣を向けた。
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