第31話

 さて、そんな様子をリクは魔導士に紛れて見ていた。

 ゼインズは頭首室に入ったが、ドルマンは階下へと降りている。


 これはチャンスだ。

 すぐに論文を奪って、レイとジェーンと合流さえすれば全て片付く。


 リクは頭首室の隣にある執務室を見た。

 ジェーンから聞いた話だと、ドルマンは大抵ここかその隣の自室にいるらしい。

 執務室はアルディアがいなければその側近達が入る事もないだろうし、自室なんてドルマン以外入る事はない。


 周囲に怪しまれない様に執務室をノックして、入室する。

 机や棚らしきものは存在せず、ここには隠していない事が一目瞭然だった。


 続けてドルマンの部屋へ入る。


 広くとられたスペースに机や書棚などが設置されている。

 自分達が以前使っていた部屋など、これと比較するとまるで小屋である。


 「これならよく勉強できるわな。」


 不平を漏らしながらガサガサと漁り始めた。

 整理整頓のできない自分とは違って、ドルマンが几帳面なのは助かった。

 大方机だろうと目星をつけると、鍵のかかった引き出しを見つけた。

 揺らすと重たそうな書類の音がする。

 辺りの引き出しを見るが、鍵は当然見当たらない。


 「…ドルマンが持ってるか。」


 鍵穴を火で熱した後に氷で凍らせてから文鎮をぶつけると、鍵が壊れた。


 引き出しを開くと、所々焼けた分厚い紙の束が見える。

 

 「…!」


 あっさりと論文は見つかった。


 この紙に文字を敷き詰めるのは中々大変な作業だった。これ程自分の生き様を反映した物はないだろう。それだけにこの論文の価値は尊い。

 久々に自分の研究成果の集大成と再会して胸を熱くしていたが、すぐに束をめくって不足している項を探す。

 机の中を色々開いてみるが、やはりこれだけの様だ。

 

 「…よし。」


 予想通り魔力の想定部分だけ燃やす事ができていた様だ。とりあえずこれだけ死守できただけでも良かった。

 片手にそれを持ち、バレない様に何食わぬ顔で外を出る。

 

 すぐにここを出たいが、ジェーンと合流しなければならない。


 空き部屋へ行こうと、急いで階段へと向かう。


 降りている途中で、すれ違い様に魔導士の女達が噂をしているのが聞こえてきた。


 「聞いた?侵入者出たらしいよ。それも落第者だって。」


 心臓が一瞬止まる。

 

 ドルマンに先手を打たれた様だ。

 顔が分かればもう逃げ場はない。


 「どうやって入ったんだろ。魔導士の格好してたの?」


 「そうそう。もう今捕まって3階の部屋で隔離してたの見た。若い男だった。」


 思わせぶりな噂に思わず階段から躓きそうになる。

 どうやら自分の事ではないらしい。


 「でも侵入者なんてよく分かったね。」


 本当だ。

 自分も用心しないといけないと思い、リクは恐る恐る階段を下る。

 

 「ドルマン様が連れてたらしいの。何か左腕がなかったって。」

 

 落第者、若い男、左腕が無い…。


 同じ特徴を持った人間がこんなタイミングで現れるものだろうか。

 でもシードルには国外に出る様にジェーンが伝えた筈だ。


 「…まさか。」


 嫌な予感が胸をよぎる。


 階段を登るのは大変だったが、下るのは早かった。

 気持ちが焦っているのもあるだろう。


 3階に着き、まずは空部屋へ行こうとするとドルマンの後ろ姿が見えたので慌てて隠れた。

 その横を側近2人と、以前自分の身の回りの世話をしていた最下層の2人が固めている。


 彼等は一室から出て来たばかりの様だった。

 もしかすると例の男はこの部屋に居るのだろうか。

 この人間達が関わっているとなると、益々男は自分の関係者の可能性が高い。


 ドルマン達が出て行き階段を登るのを建物の柱に隠れて見届ける。

 

 3人の姿が完全に見えなくなると、その扉へ向かう。


 そっとゆっくり扉を開く。

 鍵は閉まっていない様だ。

 

 部屋の造りは空部屋とほぼ変わらず、同じ家具に同じ景色だった。

 ただ一つ違っていたのは、2段ベッドに右腕を例の手錠でくくりつけられた、うなだれている男の姿がある事だけだった。


 気を失っている男の頭を飾る癖っ毛には見覚えがある。

 細い体躯に、何より肩から無くなっている左腕。

 トレードマークの眼鏡が見当たらないのはどこかに落としたのだろうか。

 この男はそれがないと苦労するのに。


 リクは大きな安堵の溜息を吐くと髪を引っ張って男の頭を上向けた。


 「…んあ。」


 間違いなくシードルであった。

 寝惚けた様に瞳をゆっくりと開く。


 「…アホ。」


 自分の声を聞くと、シードルは一気に瞳を開いて体をのけぞらせた。


 「えっ!?リカルド!?」


 久し振りの再会の第一声がアホになるとは、思ってもみなかった。


 別れた頃からそう変わりもないが、少し老けたか。


 「よう。久し振りだな。元気だったか?」


 開口一番嬉しそうに間抜けな挨拶をするシードルをリクは睨む。


 「ダズル出ろって伝えたろ!?何やってんだお前!」


 「お前一人で脱出なんてできる訳がないだろ。突っ走る癖直せよ。」


 怒号に対して悪びれもせず、シードルはせいせいと言い放つ。

 

 「ならお前は先考えろや。捕まってんなら足手まといだろうが。」


 「おっ。それが例の論文か。」


 話をはぐらかすシードルに溜息を吐きながら、氷で腕輪に衝撃を与える。

 シードルは拘束が解かれると立ち上がって部屋を見回す。


 「…ジェーンは?」


 「あ?」


 「お前を逃がした事がドルマンにバレたんだ。それをオレが引っ被ったんだよ。あの娘ドルマンに攻撃されてた。」


 眉根を上げて顔をしかめる。

 今度はジェーンがそんな状態になっているとは。


 「とにかく空部屋に居るかもしれない。行くぞ。」


 「あ…待てって!おい!」


 リクが扉に向かって歩いて行くのをシードルがついて行く。


 勢いよく扉を開くとリクは立ちすくんだ。


 「ほら、言わんこっちゃない…。」


 シードルは溜息を吐いてそう言った。


 扉の先には階段を登った筈のドルマンの側近2人が居た。


 「…何だお前は?」


 迂闊だった。

 捕まったシードルを餌に、いとも簡単な罠にかかってしまったのだ。


 「…こりゃ完全に鈍ったなオレ。」


 「いや元からお前はこうだった。」


 シードルの嫌味にももう苦笑するしかない。


 「訳の分からん事を!」


 そう言って側近達が雷を放ってきたが、リクはいち早くシードルのいる範囲まで防御する。

 防御すると同時に側近2人の頭上に集中して雷を出現させたが、彼等は難なく防御した。


 「ほう?それなりに腕が立つみたいだ。」


 側近の1人が鼻で笑うと、また攻撃しようとリクとシードルを睨む。

 防御すると、またも雷が向かって来た。

 

 「クソっ!!」


 そんなドルマンにリクが放ったものではない炎が向かう。

 シードルだった。

 眼鏡がないので見辛いのだろう。なるべく攻撃の範囲の広いものを選んで放っているのが分かる。


 「お前…仲間か!」


 側近の片方がリクに向かってそう言うともう1人に目配せをした。

 彼はどこかへと走って行く。

 恐らくドルマンを呼んでくる手筈だろう。


 「させるか。」


 シードルの援護さえあれば余裕である。

 リクは走る側近に雷を降らせようとしたが、走る側近の近くに人影が見えた。


 「何があった。」


 「…ゲルト様…!!」


 一気に立場が危うくなって来た。

 運の悪い事に、現れたのは強力なアルディアの側近ではないか。


 「あっ…その…!」


 慌てふためく側近はゲルトと共にまたこちらへと戻って来た。

 

 まずい。


 リクとシードルは思わず身を固くして、ゲルトの視線を受け止めた。


 「…怪我人?」


 シードルの腕と顔を見てゲルトがそう呟く。

 ゲルトがこちらを見つめて放った一言は意外なものだった。


 「…え?」


 思わず口がぽっかり開く。


 ゲルトはシードルが侵入者だと何故知らないのか。


 「は…はい!!」


 側近が汗を垂らしながら返事する。

 

 なるほど分かった。


 ドルマンが秘密裏にしている事が一部で漏れているが、アルディア達には知れ渡ってないらしい。

 側近はドルマンに内密にする様に命じられている様だ。

 

 「診療所へ早く連れて行け。」


 ゲルトはそう言うとシードルが外に出るのを見届けようとしているのか、扉の前で動かない。


 「あっ…ですが…その…。」


 「はっ…はーい!!」


 歯切れの悪い側近の言葉を遮ったのはシードルだった。

 リクの腕にわざとらしく掴まってよろめいた様な演技をする。


 「あー…。もう駄目だ。腕痛いよ!もげたもん!お前連れてってくれよ。な?」


 「…。」

 

 シードルの立ち回りの巧さに無言で引き攣り笑いする。

 ゲルトと悔しそうな表情の側近達に見守られながらも、ダカダカと足早に部屋を去った。

 

 ゲルトはリクの手にしている紙束を見た後、少しだけ眉根に皺を寄せた。

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