第6話
魔術というものは魔力が備わっている人間が魔力を体内でコントロールして外的に影響を及ぼすものを指す。
死ねば魔力は無くなり、当然魔術も使えない。
一生涯の魔力の容量は各人で差が見られ、微量の魔力を持つ者もいれば、多量の魔力を持つ者もいる。もちろん魔力を持たない者もいる。
魔術のレベルによって必要とされる魔力の量は違い、魔術の難易度が上がればその分失う魔力の量も多い。しかし技巧を凝らす事で、魔力の必要量を下げる事もできる。
生まれ持った魔力を増やす事はできず、失った魔力は二度と戻らない。必然的に魔術を使う者は常にエネルギー減を強いられる。
魔力量さえあれば万能に見える魔術だが、実は自然の中に存在する物で衝撃を与える事と防御壁を生み出す事だけしかできない。
過去に戻ったり生命を操ったりと時間軸を変える事もできないし、文化的な何かを創造する事も不可能だ。
結局は戦う為、災いを避ける為だけの能力であり、日常生活に重宝する訳でもないので普通の生活をしていれば不要である。
「案外魔術ってシンプルなんですね。魔力をコントロールできれば誰でも使いこなせるという事ですか。」
ゼインズの説明を聞いてレイはふんふんと頷いている。
「いや、問題はここからだ。公式やら複雑な文字を使用するから記憶力との勝負になる。」
「公式…?」
そういえばリクのメモも数式や複雑な文字で埋められていた。
「そうだ。頭で一瞬で思い浮かべてコントロールするんだ。」
よく分からずレイは固まった。
「…はい?どういう…?」
「魔術文字と魔術公式を合わせて理論が成立すると魔術となる。例えばこの本のこの記号を見てみろ。」
本を見ると文字の様なものに縦線やら斜め線やら入った記号がある。
「これは風という意味の魔術文字だ。この横のが魔術公式。」
今度はさっき本で見た数式の様なものである。こちらは通常の数学教育で用いられる字や記号なのでまだ馴染みがある。何だかごちゃごちゃと文字や数字、記号の羅列が書いてある。
「あの…とても難しい数学ですのね。私あまり勉強が得意でなくて…。」
「いや。これは普通の数学記号を用いているだけで数学ではない。魔術の文字と同じだよ。」
「…?」
レイの頭の周辺に?が浮遊しているのに、ゼインズは苦笑する。
「要は魔術を使う為に覚える記号という事だ。例えばこの式は微量や少ないといった意味を表す。これとさっきの風の記号を頭で思い浮かべるとこうなる。」
ゼインズが目を閉じる。
その瞬間窓も開けていないのにどこからともなくふわりと風が吹いて本のページがパラパラとめくられていった。
「まあ…!」
「これで理論が成立して魔術となった。何に対して魔術をぶつけるかはイメージだけだ。私は今この本に集中した。」
ゼインズの持っている本は本というよりもう辞書だ。
その文字やらその公式やらがわんさか記載されている様である。
レイは辞書を指差してゼインズに尋ねる。
「…この字や式を全部覚えてらっしゃるんですか?」
「エラリィ家はな。他の魔導士達にそんな人間はいないだろう。」
レイの目玉が飛び出そうになる。
その表情にゼインズが笑う。
「もしかしてエラリィ家の方って相当知能が高いのでは?」
「ある程度は高いかもな。幼い頃からエラリィと名のつく者は皆教育課程で詰め込まれる。覚えない人間など一人としていない。」
レイのリクに対するイメージが変化してくる。
リクの仕事は割と実戦的な仕事のイメージだったし、落第者というイメージを出会った時から刷り込まれていたので、あまりリクは頭が良い方ではないと思っていたのだ。
「魔導士は肉体労働だけと勘違いしてましたわ。」
「そう思われても仕方ないな。魔術は神経を使うし、仕事によっては身体能力も重要だから。」
ゼインズはズボンのポケットから何かを取り出した。
宝石の様な綺麗な石が付いた指輪だった。
「…?これは?」
「魔力が分かる。簡易的なものだが。」
ゼインズは指輪を付けた手をレイにかざすと、宝石の部分が強く光った。
「…反応があるな。」
「私も魔術が使えるという事でしょうか?」
「ああ。やってみろ。」
「えっ。でも私…。記憶力が良くないんです…。」
「ハハ。最初は簡単なものでいい。」
正直魔術を使うにしても少量の記憶容量で済ませたい。
「じゃ、じゃあ同じもので…。」
魔術文字はRに似ているし、公式にはeの文字がある。まるで自分と夫のイニシャルみたいだ。
少しでも覚えやすいものがいい。
「そうか。頭にこの文字を浮かべろ。」
レイは目を閉じて文字と式を思い浮かべ、同じ様に本に意識を集中させた。
するとゼインズがしたのと同じ様に、本が動き出した。
「できた…!」
「字や公式をいくつでも組み合わせて理論が合ってさえいれば何通りでも使用できる。優れた魔導士はこの理論を組み立てるのが早いという事だ。」
「限界があるのよね…。練習も控えないといけないのかしら…。」
「そこまで慎重になる程でもない。毎日絶えず使用していれば10年位が限度だが、そうでなければ一生使える。魔力が少量の者でも一生温存した者もいる。」
「良かったわ。どんどん練習します。」
「最初は影響の小さそうなものを選べ。」
「はい。あっ…。」
ワンピースにナイフを落としてしまった。
焦ってハンカチを出すと、家から持って来た例の本まで落としてしまう。
「すみません、私ったら…!」
気付くとリクのメモがゼインズの足下に舞って落ちていた。
まずいと思った時には遅かった。
「何だ?」
ゼインズはメモを拾い上げた。
「あっ!そ、それは!!」
ゼインズが害悪な人間なのかも判別ができていないのに、よりにもよってメモを拾われてしまった。
レイの叫びにも応えず、ゼインズは黙々とそれを見ている。
すると眼を見開いた。
「このメモは誰かの手記か?」
「え…?」
どうやらゼインズはこのメモに興味がある様だ。
とりあえずはリクが書いた事は分かっていない様である。
となると失踪には関与していないのか。
だが断定にはまだ早い。誤魔化しつつも様子を窺う。
「え、ええ。でも私全く知識がないものですから、意味が知りたくて。」
「しかし公式を全て覚えないとこれを読むのは難しいぞ。」
ゼインズはブツブツと呟きながらメモを見ている。
「…何が書かれてるんですか?」
「…魔術の…研究メモだな。これを書いた人間は魔導士なんだろう?」
「ええ。でも何で解明なんて…。」
「魔術には未だ謎が多い。解明できるとそれだけで世界は大きく変わる。解けたら歴史に名を刻むだろう。」
確か見合いの時にリクがその様な発言をしていたのを思い出す。
「なるほど…。」
コンプレックスの強かったリクの事である。名誉挽回とばかりに張り切ったのではないだろうか。
しかしこのメモが唯一のリクの手掛かりだったレイにとっては、振り出しに戻っただけだった。
「手記者はどこに?」
ゼインズが興味津々に聞いてきた。
レイの心臓が音を鳴らした。
探りをいれているのだろうか。
「行方が分からなくなってしまって…。方々探しておりますの。今もメモを手掛かりに捜索に向かっているのです。」
レイがそう告げるとゼインズの顔色が急に変わった。
周りを見渡し、誰もいない事を確認する。
「悪い事は言わない。単身で捜索しているのなら引き返しなさい。」
その言葉にレイはぎょっと驚いて詰問する。
「…ど、どうしてです?」
「手記者はこの研究のせいで行方不明になったと推定できるからだ。魔導士達の争いに丸腰の一般人が太刀打ちなどできない。」
焦っているのか早口で喋り出した。
意図が分からない。
けれど彼がレイの身を案じてくれている事は分かった。
彼は恐らくレイに害を与える事もないし、失踪にも関係していないのは確定だ。
「…推定できる?それに魔導士達って…。ただの研究で何故そこまで?」
「この解明は良くも悪くも魔導士達に影響を及ぼす。魔術を使えない者には良いが、魔導士はどうなる?危険思想もある。」
「危険思想…?」
男性は頷く。
「過激な国にこれを渡すと、他国の魔導士を互いに排除しかねない。戦争は必須だ。」
レイはゾッとしてメモを見る。
「何にせよ公表一つで国益の享受のある代物だ。司法も気にしない危険思想のある魔導士が妙な国へ提供すれば大戦だろう。」
ゼインズは一息ついた。気付かない内に彼の顔は険しくなっている。
「研究の危険性は分かりましたが…。でもそれと失踪とどう関係が?」
2人は目を見合わせた。
ゼインズは感嘆する様な溜息を漏らす。
男性はメモを裏側に伏せてレイに返す。
「研究内容に確かな裏付けがある。手記者は方法が分かっているからこそ、巻き込まれたんじゃないだろうか。」
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