第7話
「じゃあそれが原因で手記者は魔導士達に狙われたという事ですか!?」
「静かに。誰かが聞くとまずい。」
レイは興奮して声を荒げたが、ゼインズはそれを素早く嗜めた。
「その可能性が高いだろう。いなくなってどれ位になる?」
「2年近くです…。昨日このメモを見つけて…。」
「2年…。行き先は聞いてなかったのか?」
「…カルニドルに行くと言ってました。いませんでしたが…。」
「マリアのか。…読みはそこまで外れてないな。」
マリア王国の都市部カルニドルには研究発表の施設がある。
リクは研究を公に発表しようとしたのではないだろうか。そういえば正装だった。
マリアは平和な国だ。王は人望厚く統治に優れており、他国とも友好関係を築き上げている。リクが研究結果を発表しても自ら他国に戦争を仕掛ける事はないだろう。
発表しようとしたのを何らかのきっかけで魔導士がそれを察知して連れ去ったという可能性がある。
「だが2年経過しても各国の情勢に変化は見られていないし、特に研究の公表もない…。」
「…どういう意味でしょうか?」
ゼインズは言おうかどうか迷っている様だ。
「教えていただけませんか?」
レイはゼインズに懇願する。
すると目を逸らし、口を開いた。
「生息に希望があるという事だ。」
「あ…。」
レイの一番求めている言葉が放たれた。
リクは生きていると信じていたが、周りはそう思っていなかった事は分かっていた。
自分は信じ抜く事を誓っていたが、他者に肯定されて救われた気持ちになる。
リクは生きている。
レイの目から涙が溢れた。
だがゼインズはレイを行かせまいと説得を試みる。
「君の手には負えない。帰って来ると信じて待つ他ない。」
「いいえ。そんな訳には参りません。」
「魔術も使えない上、一人で一体どうやって救出するんだ。殺されに行く様なものだぞ。」
二人の掛け合いに次第に力が入る。
彼の言う通りだ。
レイには魔術の心得もないし、仲間だっていない。
しかし夫を見殺しにするなんてあり得ない。
こんな所でメソメソしてなるものか。
レイは涙を止めようと目頭をハンカチで押さえて、深呼吸した。
「少しでも見込みがあるならどんな賭けにでも出ます。このまま夫を見殺しにするより何か行動に出ないといけません。」
「…ご主人なのか。」
「…はい。」
ゼインズはしばらくレイを見つめていたが、レイの手元を見るとはっとして何かを決意した様な表情になった。
「…エステルに行くつもりだろう?」
「え?」
何故分かったのか。
「…君はレイチェル・エラリィじゃないのか?」
レイの心臓が飛び出た。
「…なっ…何故ですか!?」
ゼインズはレイの右手を指差した。
「…R・Eと見えるが。」
そう言われ右手を見ると、そこには愛しい夫の姓に変えたハンカチがあった。
「…。」
「何よりこのメモには紋章が書いてるじゃないか。発表時には資料にも家の紋章が必要だからこれにも書いたんだろう。」
「…。」
「…知らなかったのか。」
メモは落とすわ、ハンカチは見せるわ、一体自分は何という間抜けなのか。
レイは真っ赤になって声が出なかった。
おまけに紋章がただ発表者が入れるサインだとは知らず、ここまで列車に乗って来てしまった。
失踪とエステルには何の関係もなかったのだ。
ゼインズは溜息をついた。
「全く…。最初にメモを見たのが私で良かったよ。」
本当にその通りである。
「…た、助かりました…。でも…どうしましょう…。エステルかと思って…。」
「あながち外れてないかもしれないぞ。」
「え?」
「エラリィ家ならやり兼ねん。ご主人の失踪にも関与してる可能性は高い。」
「!本当ですか?」
「ああ。」
やっと見つけた手掛かりが的外れでなくて良かったが、エラリィ家ならという言葉が引っ掛かる。
どういう意味なのか。
「さて、私達はジラルド国に行く。エステルに行くまで魔術知識の勉強と魔力訓練と行こうじゃないか。」
ジラルド王国はガーデンを経由しないと辿り着く事ができない。経由先までレイに付き合ってくれると言うのだ。
願ってもない申し出にレイは嬉々とする。
「ありがとうございます!ゼインズ様!」
「ゼインズでいい。」
「私もレイとお呼び下さい。」
「レイ。そこまでは協力する。だが…。」
ゼインズは言い淀んだ。
レイはやっと自分があまりにも図々しい行動をとっている事に気付いた。
彼や妻の時間を奪うだけではない。そもそもこの件に関わる事自体、命の危険があるのだ。
「…申し訳ありません。初対面の方に何て事を…。どうかお気遣いなく…。」
「いや、そうじゃない。」
「え…?」
「私はエラリィ家に近付く事ができない。エステルの同行には協力できないぞ。」
リク同様、エラリィ一族に何らかの因縁があるのだろうか。
一体どれだけこの一族は問題が深いのか。
いや、それより魔術の知識もないレイにはそれが備わるだけ有難い。エステルに行く前にまずはある程度の学習や鍛錬は必要だ。
「いえ、それは一向に構いません。ですが…本当にお言葉に甘えてよろしいんですか?」
「ああ。できる事はさせてもらう。」
「本当に…本当にありがとうごさいます。あの…夫の名なのですが…。」
リクの名を伝えるべきだろうか。
けれど彼の悪評を口にすると、協力してもらえないかもしれない。
戸惑っていると、ゼインズがレイの言葉を遮った。
「まあ名を聞いても君の夫に私は面識があるのかも分からないしな。会ったとしても覚えているか…。」
「…そんなに親族の人数が多いのですか?」
レイは首を傾げる。
リクの名を伝えてもないから、ゼインズには遠縁だとも判断ができない筈だ。それであれば親族の人数が多いとしか考えられない。
ゼインズが不思議そうにこちらを見る。
「…エラリィ家の事を知らないのか。」
「お恥ずかしながら。夫はあまり話してくれなかったもので…。」
ゼインズはレイが朝食を食べ終えているのを確認すると、呼び鈴を鳴らして乗務員に片付けさせた。
「もうナイフを落とさん様にな。」
レイはまた顔を赤くして笑った。
「ふふっ。はい。」
「では次はエラリィ一族の馬鹿げた所業について説明しようか。」
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