第8話

 詳しい文献は残っていないが、この世界に魔術を生み出したのはエラリィ家の祖先と伝承されている。

 他にも魔術で有名な家系は他国にもいくつかあるが、エラリィ家はその道の第一人者として追随を許さなかった。


 エラリィ家は当初通常の血族であった。 

 しかし4代目の世代からこの一家は大きく変化を遂げてしまう。 


 4代目頭首ガーダー・エラリィ。

 彼は魔術の道を追い求めるがあまり、魔力を持たざる者の存在を喜べなかった。

 次第にエラリィ家で魔力を持たない人間を排除する様に仕向け、追い出した。

 そしてガーダーは魔力の有無を判断する一つの基準を見つけ出す。

 黒髪である。この特徴を持つ者だけが魔力を蓄えている事を発見した。

 彼の横暴さは止まる事はなかった。

 一族で産まれてきた全ての子供の髪の色を確認し、黒髪以外であれば躊躇なく子を葬る。

 妻や一族の女達は当然抵抗したが、聞き入れてもらえる筈がなかった。

 黒髪の子を求めるだけのガーダーを恐れて、子と共に逃亡を選ぶ夫婦が続出した。しかしガーダーは逃亡者を血眼で探し宛て、魔術を使って殺戮を行った。やがて皆服従する他手立てはなかった。

 当然の結果だが、やがてエラリィ家には子供が産まれなくなり魔術を使う者も激減した。 

 そしてガーダーも盛者必衰の理から逃れられない。

 ダズル国王はガーダーの所業を九死に一生を得た逃亡者家族から聞くと、ガーダーの魔力が尽きた頃、妻共々極刑に処した。


 そしてガーダーが死去した後、5代目を息子ベルドール・エラリィが踏襲する。

 ベルドールにはガーダーの横暴さこそなかったが、父親が父親だった故に教育下やはり冷酷な心を持っている事には変わりなかった。

 彼には父への尊敬など微塵もなかったが、魔術への飽くなき精神は受け継がれた。

 5代目着任後、即刻ベルドールは黒髪で記憶量に溢れている子供だけを集めて魔術の教育をさせる事を決意する。

 各国から黒髪の孤児を集めて魔術を学習させたのだ。この数なんと1000人。

 魔術の教育施設など当時はないものだから、ここに来てもエラリィ家は魔術の先達をつとめ続ける。

 けれども問題は経済力だ。元来エラリィ家の資産は潤沢にあったが、この人数では養うのに底を尽きてしまう。

 ベルドールはここで子供達に魔術を使った仕事を請け負わせる事にした。

 これが魔導士の起源である。


 「さて、これだけならベルドールは良い奴と取られかねないが、続きがある。」


 「…奴隷とか…?」


 「正解だ。ほぼそんな扱いだな。」


 レイは息を呑んだ。


 「黒髪にグレーの瞳。これこそが服従してきた奴隷の証だ。」


 ゼインズが自らのグレーの瞳を指差した。


 「目…?そういえばまだグレーの目の話が出てませんね。」


 「そうだ。先代の様に暴力に訴える事はなかったが、奴はやはり狡猾だった。ベルドールは最高峰を目指すべく、優秀な孤児同士を強制結婚させて、外部の知識を遮断する教育を施した。」


 「外部の知識?」


 「いわゆる自由な生活の全てさ。孤児達は魔術の学習を義務付けられ、年齢になると自動的に相手を決定されて家族の概念もなく子を為す。皆エラリィの為に仕事をしてエラリィに帰属するという教育のみ受ける。」


 「極端な教育を受けたという事ですか?洗脳の様な…?」


 「ああ。ベルドールの思惑通りになった。何世代にも渡って似た遺伝子を持つ人間が交配したことで、皆同じグレーの目を持つ極端な思想の人間まみれになったんだ。君の夫も私もそういうレールを辿ってる。」


 「えっ…ちょっと待って下さい。今もその状況に置かれているという事ですか!?そんな事聞いた事もないわ!」


 現代は民主主義かつ法治国家が多い。ダズルだってその一つだ。そんな思想を持つ一家がいるとは通常考えられない。


 「エラリィ家の事がそこまで一般人に知れ渡っていないのは当然だ。魔導士としてしか接触しない様に言われているからな。そもそも皆教育通りの意思しか持たない。」


 「そんな…。ダズル王からのお咎めはないのですか!?」


 ゼインズは首を振る。


 「家庭の問題で片付けられたら終わりだ。そもそもベルドールの代からのダズル王は悪政で有名だ。例え一族の誰かを処分したって丸め込む。」


 レイはいよいよ言葉を失った。

 何故そこまでしてダズル王は一族の悪行を知らんぷりしているのか。

 ゼインズがそれを読んだかの様に続ける。


 「それだけエラリィ家の魔導士は強いと言う事だ。戦争の駒に使えば右に出る者はいない。」


 この世に未だ奴隷の様な存在がいる事もショックだが、ダズル王のエラリィ一族との関係性には空いた口が塞がらない。

 明るい世界を歩いていた自分の裏に、リクやゼインズの住んでいた暗い世界が存在したのだ。

 そう言われてみれば出会った時のリクの見合いの様子や言葉にも合点が行く。

 お嬢様育ちのレイも世間知らずだが、リクもエラリィ家の閉鎖的な概念しか持ち合わせていなかったのだろう。これではフェリシア家の身辺調査なんかで落ちこぼれで知られてる事など分かりっこない。


 「じゃあ…夫の家族は…?」


 「概念が無いんだ。誰と誰が親かも分からんし、兄弟かも分からん。上層や一部の管理者は知ってるだろうが。」


 リクと結婚する際に両親は行方不明みたいなものといわれたが、こういった背景があったのだ。

 あの時の難しそうな顔の意味も分かった。


 「…酷いわ。」


 「意外とそうでもないさ。楽しそうに暮らしてる奴もいる。」


 そこまで来てレイは質問が浮かぶ。


 「そういえば黒髪以外の人間でも魔力があるのは何故ですか?私だって。」


 ゼインズは少しの間レイを見る。

 レイが不思議そうに首を傾げると笑って答えた。


 「ガーダーの統計対象が狭過ぎただけだ。黒髪以外でも魔力を持つ者がいる事は、後から分かった。」


 「なるほど…。」

 

 聞くべきか迷うが、リクの様な対象者は他にもいるのだろうか。


 「あの…エラリィ家に魔術が使えない人間はいるんでしょうか?」


 するとゼインズはメモを指差した。


 「そのメモにはその事が触れられてる。彼等は落第者と呼ばれる。」


 「そういう人間はどうなるんですか…?」


 「落第者は早い内に追い出す。ある意味運がいいな。それ以外の人間は終生エラリィ家での暗い生活だ。」


 「あ…。」


 なるほど。それでリクはエラリィの柵を外れた価値観を持ち合わせているのか。

 

 ではゼインズは?魔術が使えるのにどうしてこんな所にいるのか。


 「あなた。長ったらしい講義してるとお嬢さんに嫌がられますよ。」


 カロリーヌが個室から戻って来た。


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