第9話

 「カロリーヌ。改めて紹介させてもらう。こちらレイチェル・エラリィ。レイだ。どうも事情があったらしい。」


 ゼインズがそう紹介すると、レイは婦人にペコっと頭を下げた。婦人はエラリィの姓を改めて聞いてレイの顔を嬉しそうに見た。

 

 「そう…あなたも。」


 「嘘をついて申し訳ありません、奥様。」


 「カロリーヌと呼んで。私もレイと呼ぶから。」


 「どうやらガーデンまでこの講義は続きそうだ。暇潰しにいい。」


 「年寄りが若い人の時間を食っては駄目よ。程々にね。」


 「いえ、私がお願いしたので…。」


 カロリーヌはどう見てもエラリィ一族ではない。

 ゼインズはどういうきっかけでエラリィを出奔したのかが気になる。

 恐らくレイに協力してくれたのは自分達と同じ境遇の夫婦と分かったからに違いない。


 「…お2人の出会いは?」


 レイの口からそんな言葉が飛び出すと、2人が同時にこちらを見た。


 「ゼインズがエラリィの魔導士だった時に、父の警護に彼が私の家に来たの。私の父はガーデンの元都市長でね。私が猛アタックしたの。」


 「まあ…素敵ですわ。」


 どうやらゼインズはリクの様な落ちこぼれではなく、以前は魔導士だった様だ。


 「その後マリアのセントロールで子供の教職の道に転向した後結婚したのよ。教職も2年前に辞めちゃったけど…。仕事に没頭する姿に惚れ込んだわ。」


 「ええ、分かります。男性の仕事をする姿は素敵ですものね。」


 カロリーヌとレイの目が輝く。


 「女性はこの手の話が好きだな。」


 ゼインズが呆れた様に苦笑した。


 「私はエトファルトに住んでますの。お近くですわね。」


 「いや、今は訳あって住まいを転々としているんだ。これからガーデンに行くついでに彼女の実家に寄ってからジラルド国に行く。」


 ゼインズがそう言うとカロリーヌが一瞬顔を曇らせたのをレイは見逃さなかった。


 「レイ、いつか落ち着いたら我が家にいらっしゃい。」


 カロリーヌは悲しげな声を絞り出してそう言うと、今度はゼインズの顔が曇る。


 「ありがとうございます。お2人こそ是非我が家にも。」


 何か理由がありそうだが、レイは触れずに2人に屈託のない笑顔でそう告げた。

 すると2人もつられて笑顔になる。


 「それはいい。エトファルトはまだ足を運んでない。」


 2人が目を合わせて幸せそうに微笑む姿を見てレイは羨ましくなってきた。

 自分もこんな風にリクと過ごす日が来るのだろうか。


 カロリーヌはまだゼインズの講義が続く事を知ると、1人で行動すると気遣ってくれた。


 「お優しい奥様。改めてお時間割いていただいてありがとうございます。」


 「その代わりしっかりと自分の血肉にする様に。これは約束だ。」


 ゼインズとの約束にレイは笑顔で頷いた。

 




 ダズル王国都市部エステル。

 エステルの中心部は町であるが、そこまで賑わいを見せている訳ではない。周辺は山や渓谷で囲まれた自然豊かな土地である。


 エラリィ家は街から少し離れた山の登り口付近に佇んでいる。

 現在のエラリィ一族はベルドールの思惑通り繁栄し、2000人程度の人数となっていた。

 それだけの人数を収容するのだから、もう家と呼べる物ではなく、宿の様になっている。エステルを見渡すばかりに高い建物が山にあるのだから、少し気味が悪い。

 外観は中心部がくり抜かれた10階以上はあるドーナツ状の建物で、各階には一族の部屋や施設が設けられている。

 

 その中心階に当たる広い部屋に、8代目エラリィ家頭首アルディアはいた。

 エラリィ家の今の魔導士達は祖先と何ら関係のない血筋だが、頭首だけは現代でも直系が継いでいる。

 年齢はおよそ70代頃か。白髪の中に少し黒髪が混じった短髪をオールバックにしている。

 頑健な体格からして昔は魔導士として活躍していたに違いない。

 体を包むのはエラリィ一族が着用する真っ黒な正装である。通常の正装とは違ってネクタイはなく黒のシャツのボタンを上まで締め上げている。そしてジャケットの胸には金の紋章。

 目鼻立ちのハッキリした顔立ちが服装にも負けず存在感を放っている。

 

 「頭首。次の仕事には誰を選任致しますか。未だ穴埋めができておりません。」


 こちらも一族の人間の様だ。

 魔導士らしからぬ細身の体格に狡猾そうな顔、何よりも禿げ上がった頭が特徴である。アルディアと服装こそ同じだが、似ても似つかない。

 年齢はこちらも同じ位だろう。

 彼がどんな役割なのかは分からないが、アルディアの補助として手腕を発揮している事だけは2人しかいない空間を見ると読み取れる。

 

 「候補は何人いる。ゲルト。」


 「3人おります。」


 そう言ってその男性ゲルトは3人の様子を書いた紙をアルディアに渡す。

 しかしアルディアはそれを見るなら目を閉じてこう言った。


 「質が悪い。」


 アルディアの発言にその男性ゲルトも同じ様に考えているのか無言になる。


 「他に優秀な奴はおらんのか。数年前の大戦の時とはレベルが違う。」


 「現在優秀な者達は魔力使用量を超過しております。できれば数年待たせた方が良いかと。」


 「…今回はこの3人にしろ。」


 「承知致しました。」


 「ゼインズはその後どうなった。」


 「マリアのセントロールで見つけた以後、行方が分かりません。」


 「とにかく隈なく探せ。」 


 「引き続き捜索致します。」


 「そうだ。ドルマンをここへ。状態を把握してもらわねばならん。」


 「お呼び致します。ご子息はここ数年で本当に頼もしくなりました。」


 「…そうだな。」


 ゲルトはアルディアの息子ドルマンを呼びに部屋を出た。

 アルディアは窓の外からエステルの山の峰を見ている。




 エラリィ家よりさらに東へ下った所には3つの施設がある。

 魔導士達の怪我や病気に対応する病院、

魔術に関する書籍を膨大に蓄えた図書館、

そしておよそ建物とも呼べぬ廃墟に近い隔離所である。

 どれもこの施設はエラリィ家の魔導士達の為に存在し、一族の管轄下に置かれたものである。

 さて、この中の隔離所こそ魔導士の最も恐ろしいもので、中に入れば何故か魔術が使えない。

 こういった場所は各地に点在するのだが、どの素材が魔術に影響しているのかは解明されておらず、謎のままである。

 解明されるまでは各地でそのまま保存するしかないので、どこも老朽化が激しい。

 ただ悪質な魔導士がいればそこへ収監してしまえば良いので、これこそ唯一一般人が魔導士を懲らしめることの出来る場所として重宝されている。

 

 そんな廃墟を訪れたのは30代位の男だろうか。肩まで伸びる真っ直ぐな長髪とハッキリした目鼻立ちがエラリィの黒とグレーを際立てている。


 廃墟の中のさらに奥を進んだ一室の扉を開けると、そこには手枷足枷を嵌められ、壁に繋がれた男がいた。

 枷の鎖は室内を歩ける余裕こそあるが、大した長さではないらしく、男は扉の端の方に座り込んでいる。


 「見に来たぞ。気分はどうだ。」


 「…。」


 入ってきた彼がそう尋ねると相手の男はグレーの瞳で睨みつけると無言で下を向いた。


 「何度も言うが私達は敵なんかじゃない。方法さえ伝授してくれればそれでいい。」


 「…。」


 「何かしゃべれよ。」


 男が何もしゃべらないのに対して、彼は苛立ってきた様子だ。


 「…バーカ。」


 男が悪態をつくと彼は男の頬を殴った。


 「ドルマン様!いらっしゃいませんか?」


 その時周囲から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。


 「ゲルトか…!」


 彼は焦って部屋を後にした。


 残された男は殴られた頬に手をやって出血していないか確かめる。


 「…鈍ったかな。」


 少し血が出ている様だ。服にもついてしまった。


 「…また1週間は風呂入れねぇのに。」


 そう言うと男は汚い床に寝そべった。


 廃墟の窓から眩しい太陽が見える。


 「まあ!怪我してるじゃありませんか!」


 それを遮って女性が彼の顔を覗き込んだ。


 逆光で黒色の筈の女性の髪が金色に見える。


 それを見ると驚いて男はバッと上半身を起こして彼女の顔をまじまじと見た。


 「きゃっ!何ですか!?」


 女性はそれに驚いて声を上げる。


 「…悪い。見間違えた。」


 もう一度見るとやはり黒髪だった。


 「上の服だけ替えましょう。…申し訳ないけどお風呂には入れませんが…。」


 そう言って女性は手枷をしている自分の服を脱がせて新しい物に替えようとしてくれる。


 「…誰と見間違えたんです?」


 男はこの女性を信用しているのか、さっきとは態度を変えて応じている。


 「女房。あんた口調がそっくりだ。」


 とは言っても妻と彼女は容姿で似ている所など全くない。


 「あら。奥様いらっしゃるんですね。そんなに似てます?」


 「…いや。あんたの方が女っぽい。」


 胸辺りに視線を感じて、女は冷ややかな目で男を睨む。


 「…どこ見てるんですか?」


 女性は男に替えの服を首まで着せると、難しい顔をして肩辺りで一瞬手を止める。


 「もう痛くねぇって。」


 「あっ、すみません。それでも跡がすごいから…。」


 彼の腕から背中にかけて、大きな火傷の引き攣れがあるのに配慮したのだ。

 

 「また見に来ます。数分だけとドルマン様に命じられておりますので…。」


 「…あっそう。」


 「…どうかドルマン様の言う通りに。リカルドさん。」


 女性はそう言って下がって行った。


 女性の後ろ姿を見てリクはレイを思い出していた。


 

 

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