第10話

 レイとゼインズは客室に移動した。あのままでは大っぴらに話もできないし、レイの魔術訓練だって難しい。

 

 「いくつかの公式をたくさん覚えろ。それと魔術はコントロールが命だ。誤って一般市民にでも当ててみろ。刑罰だ。」


 「こっ…怖いですね。」


 「弱気になる暇があるなら公式を覚えるんだな。」


 「は、はい!」


 これからほぼ半月をゼインズと過ごすが、普通に学習していては間に合わない。

 血肉にしろと言われたのだから、本気で取り組んで行かなければと意気込む。

 

 「レイ。さっき習ったばかりの公式を書け。」


 「はいっ!」


 レイはそう言って習い立ての文字を書く。


 「違う。強いの公式から字が抜けてる。回るはこっちだ。」


 「…はい。」


 「さっきの弱いを書いてみろ。」


 「はい!書けました!」


 「…違うぞ。」


 ゼインズは間違えるレイに何度も式を書かせるが、レイは最終的に夜になっても公式を5つしか覚えられなかった。

 

 「…勉強が苦手と言っただけあるな。」


 ゼインズは少し呆れた顔でそう言う。


 「す…すみません…。」


 あれだけ意気込んだ結果がこれでは恥ずかしい。


 「まあ今日は休もう。あっ。でも眠る前に2つは覚えてもらおうか。」


 「2つも!?」


 「それくらい普通だ。魔導士になる気持ちでやるんだから。早く休みなさい。」


 「…お、お休みなさい…。」


 ヘロヘロとなりながらレイは自分の個室に戻る。

 何だか学生に戻った気分である。昔も自分は勉強が苦手で教師を困らせたものだ。


 「…ああ。忘れないのが難しいわ。」


 レイは忘れない様に繰り返して、更に2つどうにか覚えた。

 

 連日ゼインズの詰め込みは続く。


 「えっと…。弱いがこれで、強いが…あら?何だったかしら…。」


 ブツブツ言いながらレイは何とか書き終えた。

 それを見てゼインズは頷く。


 「まあレイにしては頑張った方だろう。」


 ゼインズが大笑いしているのを見てレイは顔を真っ赤にして伏せた。


 「…すみません…。」


 「さらに数を増やせ。出来れば文字数の多い物をあと5つは増やして全部で20にはする事。ちなみにエラリィ幼児期の1日課程だ。」


 「よっ…幼児!?1日…?」


 幼児で20だというのに…。

 まあ大人になると記憶力は下がるだろうが、これは恥ずかしい。

 

 「さあ休憩だ。何か飲もうじゃないか。」


 ゼインズがそう言うとカロリーヌが食堂車からコーヒーを持って来てくれた。


 「君は結局フェリシア財閥と関係があるのか?」


 コーヒーにミルクを注ぎながらゼインズが尋ねる。


 「ええ…。フェリシアは私の実家です。」


 「じゃあレイとご主人の出会いも私達みたいなものかしら?ご主人が警護されてたとか…。」


 カロリーヌが乗り出してきた。


 「いいえ、主人はエトファルトで暮らしてたんですわ。私達はお見合いですの。」


 「お見合い…?ならご主人は一体どういう経緯でエトファルトまで?」

 

 カロリーヌは不思議そうに覗き込む。


 「落第者なんだろう?メモの内容といい、余所者よそものと結婚してる時点でそれしかない。」


 ゼインズがコーヒーを飲む仕草にリクの見合いの様子を重ねて見てしまう。


 「…ええ。」


 リクの体面も考えて昨日は言わぬべきかと思っていたが、流石に隠し通す訳にもいかず告げた。


 「具体的にエトファルトまでの経緯は聞いてないんです。使えなかった魔術が何かのきっかけで使えたみたいで魔導士にはなりましたが…。」

 

 「エラリィも馬鹿な事をしたもんだ。優秀な人間を手放すとはな。」


 ゼインズがリクを讃えてくれる。

 レイにはこれ程嬉しい事はなかった。


 「ふふっ。夫はダズルで落ちこぼれだとレッテルを貼られてた様です。きっとそれを聞くと喜びますわ。」


 「どうせエラリィの魔導士が吹聴したんだろう。若くして生き辛かったろうに…。」


 「…落第者はいくつでエラリィを出るんですか?」


 「魔術能力が完全に確定するのは15歳だ。早い者は言葉を覚える幼児辺りに分かっている。」


 エトファルトまでのリクの苦難をレイは何も知らない。

 けれど15歳で家を追い出された子供が生活していくのに必死だった事は想像がつく。


 手を固く握っていると、持っていた本の間に挟まっているリクのメモが音を立てた。レイは改めてそのメモを見る。


 「ゼインズ。文字や公式は魔術を使う為にあるんですよね?夫は研究の内容なんかどうしてそんなもので表してるんです?」


 「ああ。文字と公式を使って文を書いているだけだ。大半の魔導士達には分からない様にするエラリィ家のお家芸だ。」


 じゃあこの"火"の横にある魔法文字は何の意味だろう。

 今日までに火の文字を覚えたが、これではない。

 

 「あの…この文字は何でしょうか?」


 レイが指差すのをゼインズは目を凝らして見る。


 「老眼でな…よく見えない。この染みは何だ?」


 「あっ額を怪我してしまって…血です。」


 夫婦が笑って額を見るものだから、レイは前髪で慌てて隠した。


 「そのメモ具体的にどんな事が書いてますの?」


 「ブルグ教の武器でケガをした人間は魔力はそのままだが、魔術が使えなくなる。」


 「…ブルグ教?あのダズルの?」


 黒髪を持つ人間の住居圏はダズルを中心として、マリアやその他王国にも広がっているが、祖先は皆同じルーツである。

 彼らはダズルが本山であるブルグ教を崇拝している事が多い。


 「ああ。エラリィ家もブルグ教信仰だ。ガーデンの教会へは年に2回一族で出向く。」


 「教会で武器なんか貰えるんですか?」


 レイの質問にゼインズが首を傾げる。


 「いや聞いた事ないな。何にせよメモの通りなら武器でこの世から魔導士は消え失せる。」


 「じゃあ主人も…。」


 「実体験の説だろうな。」


 リクがそんな物をどこで入手したのかも謎だが、成程、研究の重大さは分かった。

 その武器さえあれば国の貴重な戦力を削ぐ事が容易たやすい。

 ゼインズの言っていた危険性は正にこれなのだろう。


 「更にその者達の中で最終的に魔術が使えた人間の"共通性"や"ケース"が述べられている。」


 「どんな共通性やケースなんです?」


 「生命に関わる事態に巻き込まれたという"共通性"らしい。例えばある人間は列車の事故で腹部切創したが生還した"ケース"、またある人間はテロリストの爆撃で手足を失ったが生還した"ケース"あとは…。」 


 「ゔっ…。」


 「もうやめてちょうだいゼインズ。」


 レイは想像して吐きそうになる。カロリーヌも嫌な顔をし始める。


 「婦人には刺激が強いな。まあご主人もそういう事に遭遇したんだろう。」

 

 もしかするとあの背中の悲惨な火傷が関係しているのではないか。

 どう見てもあれは命に関わるくらいの傷だった。

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