第11話

 「他にもある。これはまだ想定だな…。」


 「はい?」


 「いや、何でもない。私も君のご主人に会いたくなったよ。」


 そう言うと笑いながらゼインズはレイにメモを返した。

 何だか何か隠した様な素振りに首を傾げる。


 「レイ、そろそろ君の嫌いな勉強を開始するぞ。」


 「…お手柔らかに。」


 列車はガタガタと音を立てて進路へ進んで行く。

 ダズルまであと1日だ。



 

 エラリィ家の教育は幼児から開始する。

 講師となる一族の人間から魔術と生活の基礎知識を学び、15歳になるまでそれら全てを叩き込まれる。

 そして15歳の誕生月が人生の転換期となる。自分の一生が決まるのだ。

 理論の組み立ての早い優秀な最高層は魔導士や頭首の側近となり、中間層は最高層の穴埋めの魔導士候補か魔術の講師となる。そして最下層は下働きだ。とは言っても中間層と最下層の人間はそういない。

 20歳を迎えた頃、結婚相手がその層で決められ、女は2人以上の子供を出産する。子供の数が満たない場合には相手を変更したりという事もある。

 産まれた子供は産声をあげた瞬間に最下層達が引き取り、徹底管理して幼児まで育て上げられる。頭首達の上層部や最下層の管理担当以外は誰が誰の子だか分かっていない。

 そんな環境下が通常だという事も含めて教育を受けるのである。

 全く教育とは恐ろしいものだ。

 エラリィ一族にはこのシステムを不思議に思う者はおらず、寧ろこれこそが当たり前だと信じ切ってやまない。


 こうしてエラリィ家一族の繁栄と秩序は保たれているという訳である。

 

 さて前述はあくまで魔術を使える者の人生設計である。そうでない者は容赦なく家から追い出し、援助ももちろんない。


 リクもその中の1人だった。


 冬生まれの自分が15歳になり、外へ追い出された時は凍える寒さだった。この時冬に産んだ母親をどれだけ憎く思った事か。

 家であったであろう場所の扉は固く閉ざされ、中には開けてくれと扉を叩き続ける者もいた。

 魔導士候補の中間層である彼達は皆男女問わず胸にエラリィの紋章の入った黒の上下の長袖のシャツとズボンを着用させられている。

 長袖だけでは山の裾野でも冬の寒さはかなり厳しい。扉がもう二度と開かれない事に気付き、数名が街へ降りて行く。


 「僕達何で魔術が使えないんだろう。」


 弱気な背の低いリーゼルグはずっとベソをかいている。ドアを叩き続けていたのも彼だった。


 「分からない。ねえ皆で訓練してもう一度チャンスもらいましょ。」


 男のリーゼルグより現実的な意見を発する美少女ミッシェル。


 「いや、でももう無理だろ。オレ達可能性なさ過ぎてどうにもならない。」


 眼鏡をかけたシードルは早くに見切りをつけた様だ。


 「リカルド…。リカルドならどうする?」


 ミッシェルにそう聞かれてもリクは何とも答えられなかった。


 「…分からない。オレ達以外の奴は?」


 「まだ門の前だ。…知ってるか?昔冬に門の前に凍死してた奴がいたんだって。」


 シードルにそう言われてゾッとした。

 凍死した事実に恐くなった訳ではない。

 命など省みず、家に戻りたいというその精神が恐ろしかったのだ。


 「…どうしてこんな風に産まれたんだろう。記憶力だって良かったし、理論の速さだって負けなかったのに…。」


 リーゼルグはとにかく悲しそうだ。ミッシェルが彼の頭を撫でてやる。


 「…残念ながらオレ達が"不良品"だったんだよ。リーゼルグ。とにかくエステルに行こう。」


 シードルはそうリーゼルグを促したが、リクの心にはエラリィ家への嫌悪感しかない。


 「リカルド!先にズカズカ行くな!皆で行くんだから!」


 シードルの不良品という言葉はリクを刺激するに十分だった。

 呼び止めるシードルを無視してひたすら前を突っ走る。

 エステルに着いた時リクが一番にした事は、胸の紋章を破いて捨てた事だった。


 産まれ月が同じ者同士で訓練する事が多々あった為に、リクはこの3人と一緒になる事が多かった。

 世話好きなシードルに、才色兼備ミッシェル、心優しいリーゼルグ。

 普通の家庭とは違えど、それなりに子供らしい時期を4人で過ごしてきた。


 無愛想で社交性もない自分が仲間に入れてもらえたのは、中々魔術が開花しなかったからだろう。

 そういう意味では落ちこぼれに大いに感謝だ。

 彼等がいなければ今の自分は存在しない。


 さて、これまで魔導士として特殊な訓練をされていたでき損ない達が一般の生活に慣れるのは大変だった。


 最初は4人揃って色んな仕事を手伝った。

 八百屋に皿洗い、ウエイトレスに運転手。

 最も愛想の無く不器用なリクは仕事がそうなく、皆のおこぼれを頂戴する事がほとんどだったが。


 元々皆頭は良い。

 1年程経って生活に慣れた頃、シードルとリーゼルグが商売を始めたのでリクとミッシェルは経営の裏方を手伝った。

 これが需要に大当たりして軌道に乗るのに時間はかからなかった。


 「家建てるか!」


 今まで狭い仕事場で4人で生活していたが、やはり限界がある。

 皆賛成したが、男共との狭い場所での生活に限界を感じていたミッシェルの喜びは特に凄かった。


 「外観は白よ!味気ないコンクリートなんか嫌。木材だけ使って…。」


 「ミッシェルばかり意見言い過ぎだよ。僕だって…!」


 ミッシェルとリーゼルグが家について散々討議するのをシードルが中立の立場で見ていたが、終いには彼まで和に入っている。


 「リカルド!お前は?」


 「オレそういうの疎いから。お前達で決めたら?」


 シードルの呼び掛けにリクが断るとリーゼルグが珍しく興奮していた。


 「リカルド!ちゃんと参加しないと後で困るよ!」


 「興味ないならいいのよ。リカルドなんてどうせセンスないんだから。でね、2階建てで…。」


 「おいおい!予算!」


 3人の言い争う姿を見て、リクは思わず笑顔になった。


 さて計画にこれだけ口を出していたミッシェルだが、ある日突然医学を志したいと言い出した。

 そしてエステルではそれが不可能だという事も同時に告げる。

 もちろん彼女の夢に反対する者は誰もいない。彼女を笑顔で見送った。

 着工され始めたマイホームを見て2人が途方に暮れていたのを思い出すと今でも笑いが止まらない。


 この頃シードルとリーゼルグは共同経営で商社を立ち上げた。しかし自分には商売自体性に合わないし、このまま世話になるのも悪い。


 そんな様子を見かねて進路を提案したのはリーゼルグだった。


 「リカルドは勤勉じゃないか。やっぱり学術研究の道へ進むのがいいよ。学者とか。」


 その言葉は的を射ていた。

 自分は周りと違って興味のある対象が狭く、何かを追究する事しかできない。

 おまけに頭の回転が遅い方なので、地道な努力を継続して道を開いてきた。

 魔術だって論理の展開が人一倍遅かった。寝る間を惜しんで必死でパターンを考えてやっと他を追い越した思い出ばかりだ。


 そんな自分を陰ながら見てくれていたリーゼルグの言葉に素直に従う事にした。


 「そうするかな。」


 「うん。まずは学位取りなよ。」


 「ん。」


 「学校は周りとの共同生活だからね。先突き進むだけじゃなくて、周りを振り返って足並み揃えること。」


 「…分かってる。」


 大人びた意見につい不貞腐れた対応をすると、それを見てリーゼルグが笑う。


 「誰よりも深く研究してさ、未踏の光景を見せてよ。」


 そう言うとリクの肩を叩いた。


 それぞれの進むべき方向性が見え、男3人の歩む道も別れる頃にその事件は起こった。


 入学に向けて勉強している夜の事だった。

 

 窓の外を見ると何かの灯がチラチラと揺れていた。

 その灯は奥の倉庫近くで止まる。

 目を凝らしてよく見ると、誰かが倉庫の前にいるらしい。


 「…もしかして泥棒か?」


 体術は2人より自信がある。

 自ら撃退しようと思って窓から外を出ようとした瞬間だった。


 地をも響かせる巨大な爆発音が耳を貫き、窓から外へ飛ばされる。


 うつ伏せの背中から腕に激痛が走った。


 「…っ!!」


 何が起こったのか。

 

 恐る恐る背中越しに家を見た。


 そこには炎に包まれた家があった。

 とてつもない轟音で炎は家を喰らってゆく。

 家だけでなく、衣服の背中にも炎が飛び散っており、激痛の原因はそれだった。


 「…っ!!シードル!!リーゼルグ!!」


 大声で2人の名を呼ぶが、返事がない。


 炎を振り払いたいが、煙のせいで意識が朦朧とする。


 薄れゆく意識の中でリクが見たのは炎を見て慌てふためいている、黒髪でグレーの瞳の男だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る