第12話
瀕死の状態から目を覚ましたリクが一番に確認したのはもちろん2人の安否である。
「…シードル。」
「…おう。」
右を見ると先に目覚めたシードルがいた。
元気そうでホッとする。
背中から肩周りの腕に火傷があったからかうつ伏せで寝かされていた。
腕を立てて体を起こすと痛みが酷い。
「無理するな。」
そういうシードルの方を向くとリクは言葉を失った。
半身だけ見れば元気そうに見えるが、彼も同じく重傷だった。
シードルの左肩付近は無残な火傷で覆われ、左腕が無い。
呆然としてシードルを見ていたが、リーゼルグはどうなったのか目線で探す。
しかしどこにも彼の姿はない。
シードルは右手で目頭を抑えた。涙ぐんでいる。
「…リーゼルグは…手遅れだった。」
それを聞くとリクの視界も段々と涙で溢れて見えなくなった。
「…そうか。」
やっと進むべき道が決まった時に何故こんな事になったのか。天がここまで自分達に試練を与える理由がリクには理解できなかった。
馬鹿げた出来事だった。
エラリィの魔導士が倉庫にいたリーゼルグにちょっかいを出した事が始まりだった。
落ちこぼれだった者がそれなりにいい暮らしをしている事に言及し、それが元で言い争いになったらしい。
そして彼は悪戯のつもりで小さな火を放ったが、コントロールを誤って奥の燃料油に点火してしまい、爆発が起きた。
男は刑に処される事もなければ、2人に対して男とその家族からの謝罪もなかった。
数日後に男はどこかの国の戦いで命を落としたのだが、功労者としてダズルから褒賞が贈られた。
それを新聞で見た時、リクは怒りの矛先をどこにぶつけていいかも分からなかった。
「オレ達はもう一般人と変わりないだろ!刑もなく褒賞まで何考えてんだ!」
「リーゼルグもオレ達も極刑になった奴も家族だからな。家庭間のトラブルって訳だ。」
リクは新聞を叩きつけて怒りを露わにしたが、シードルは家族とダズル王に諦めを感じている様子だった。
しかしリクにはその気持ちが到底理解できなかった。
エラリィ家とは何と傲慢な存在なのか。
自らの過ちを認める事はなく、人間の命すら何とも思わない。
一族は魔術にさえ優れていれば家族と扱うのだろう。
そうでなければただ捨て去る癖に、加害者となった時にだけ、家族面をする。
それに加担する王も王だ。
嫌悪感は憎悪となってリクの心に残り続けた。
さて試練ばかり与えられたリクとシードルだったが、その代償として大きなものを授かる。
退院後まだ家が完成していなかったので2人は借家暮らしになった。
いよいよ入学試験も目前である。
数学の勉強本を手に取り学習している時だった。
一つの数式を見て彼はふと思い出した。
「…弱いに似てるな。」
そこで風の文字を思い出して目を閉じる。
簡単で覚えやすい、誰もが最初に学ぶ魔術だ。
すると勉強本が一人でにパラパラとめくられていった。
「え?」
信じられず何度も試す。その度本は勝手にパタパタ音を立てた。
「えっと…もうちょい強く。」
バタンと本が閉じた。
「…強風。」
すると本だけでなく机の上のありとあらゆる物が吹き飛んで行った。
物が壁にぶつかってシードルが慌てて部屋に入って来る。
「おいリカルド!うるさいぞ!」
その様子を見たシードルは硬直した。
しかしすぐに我に返ると、リクの使っていたコップに集中して水を放った。
「…嘘だろ?オレも使える。」
一体何がどうなっているのか。
パニック状態から少し冷めると、腕を組んで考える。
「シードル。お前ここ最近で理論頭に浮かべた事あるか?」
「…リーゼルグと2人で復習してた。」
リーゼルグはエラリィへの承認欲求が高かった。
いつかは使えると信じてずっと公式を復習していたのだ。
まさかそんな家族に殺されるとは思いもよらなかっただろうに。
しかしそういうリクも何だかんだ魔術の公式はずっと頭に染み付いていた。
「でも何度もやったけどダメだった。何でいきなり…。」
「…ミッシェルはどうだ?」
「電話で聞いてみる。」
そう言ってシードルはすぐ様に電話を掴み、ミッシェルに電話し始めた。
「え?ああ。…本当か?分かった。ありがとう。」
しばらくすると口と目を大きく開いたまま、ガチャンと電話を切る。
「どうだ?」
「ミッシェルは使えないって。けど…。」
「けど?」
「…そういうケースの人間をジラルドで2人見たって。」
「そいつらもエラリィなのか!?」
「黒髪なだけ。2人共列車事故に巻き込まれて、瀕死だったって。息を吹き返すとその時から魔術が使えたらしい。」
「…事故?」
「ああ。」
どうやら生命に関わる事故というのに共通性がありそうだ。
落ちこぼれの4人がエラリィ家から追い出されて、3回目の冬が来た。
リクがダズルを出発する日の事である。
「…火葬もできなかった。」
シードルがリーゼルグの墓に向かって呟く。
片腕で動きがぎこちなくて花を落としてしまったが、それを拾えずに苦笑する。
リクは何も言わずにそれを拾って供えた。
墓参りが終わると2人はガーデンの方向へと歩き出した。
「…魔導士になるとはな。」
少し切ない顔がこちらを見つめる。
その視線の意味は痛い程分かっているから顔を背けた。
「…お前は?」
「無理だろ。これじゃ。」
左手の袖をヒラヒラさせてそう答えた。
「ここ出て後悔ないか。」
「ない。」
そう尋ねる彼に断定する。
「もう少し寂しがれよ。」
一族のいるダズルでは仕事がやり辛い。
それにどうして魔術が使える様になったのかも知りたい。
国外へ出ると可能性があるかもしれないと思い、マリアへ旅立つ事に決めた。
そういえばとシードルが思い出した様に告げる。
「ミッシェル医者になったって。連絡来たぞ。」
「良かった。まああいつ向いてるだろ。ジラルドだっけ?」
「ああ。また会いに行けよ。美人になってら。」
「おう。」
最後はシードルの顔も見ず、リクは手だけ振って山道へと姿を消した。
後悔が鈍るのだけは嫌だったのだ。
魔導士に与えられ、見放され、奪われ、苦しめられ、また与えられた因果な人生である。
嫌な思い出の方が多いのに、それでも魔導士そのものになるリクをシードルはどう思ったのだろうか。
いや多分彼はこう思っていたのだろう。
リクは魔導士として家族とダズル王に何かしら一矢報いてやろうとしているのだと。
その事に自分も否定はなかった。
さらにそこから時が経ち、リクは20歳になった時に結婚相手を探す事にした。
あまりに家事ができず、生活が成り立たない為に仕事に影響が出る事もしばしばあったからである。
その事をシードルに電話すると、エラリィの女が自動で来るのかとおちょくられた。
『初めまして。私レイチェル・フェリシアと申します。』
全く不思議な巡り合わせだった。
家庭のレベルは違うし、外見はタイプじゃない。粘着質な上、色ボケしている。
けれど自分の本心を探り当てたのは、付き合いの長いシードルでなく彼女だった。
『だって何だか幸せそう。』
魔術が使えるとなった時の気持ちを今でも覚えている。入学試験の勉強なんてすぐに手をつけなくなった。
失ったものは多かった。
けれど自分が魔導士へと辿り着いたのは、結局のところ魔術が好きだという理由だけだった事に気付かされたのだ。
それも初対面の人間に。
そして彼もまた一瞬の英断を下した。
ふと結婚指輪を眺める。
装飾品なんてガラでもないので結婚式が終わったら外そうとしたが、数週間放置していただけで何故か抜けなくなった。
太った訳でもないのに急激に関節が太くなったのはもはや束縛の強い妻の呪いとしか言えない。
あれから2年経つ。
流石に再婚しているかも知れない。
「…晩飯食い損ねた。」
リクはそう呟いた。
さて、レイは公式がちょっとしか詰まってない頭を左右にふらふら揺らしながら4日ぶりに地面に降り立った。
「…レイ。大丈夫か。白目剥いてるぞ。」
「…いいえ。こけたら2つ3つ出そうです。」
ゼインズとカロリーヌは笑いながらレイを見ている。
レイは必死な様だ。
「ここからの道のりが遠いぞ。滞在も含めて10日以上かかるかもな。」
「ええ。不束者ですが何卒よろしくお願い致します。」
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