第13話

 ダズルのガーデンに行くまでに都市部はない。

 街がいくつかあって、そこで何日おきかで宿をとってガーデンまで向かう事になる。


 3人は車で宿泊する街へ行き、宿へ荷物を預けた。


 「さあ街で買い物でもしようかしら。」


 そう出掛けて行くカロリーヌを見送り、2人は広い平地で魔術の訓練を始める事になった。


 「さて、ここからが本番だ。文字と公式を頭で思い浮かべて、あの木に集中しろ。」


 「…はい。」


 レイの頭の中で水の文字と平凡なという公式を浮かべる。

 するとどこからともなくバシャッと音がして、木に水が降りかかった。


 「これは…楽しいわ!」


 「だろう。エラリィでは小さい子供には先に公式だけ習わせる。文字は1つだから大きくなってからだ。公式と文字両方教えるとイタズラで家が無くなっては敵わんからな。」


 「子供の気持ちもよく分かりますわ。次はあっちに…。」


 レイは少し遠い所にある木にさっきと同じ魔術をかける。

 しかし一向に水が発生しない。


 「どうしてかしら…?距離が遠いから?」


 「まあそんな所だ。」


 するとゼインズがその木を見つめた。魔術をかけたのだろう。水が降りかかった。


 「えっ?どうして?」


 「距離が遠いとイメージしにくいだろう。だから近くにある物には魔術はかかりやすい。」


 「私達の距離そう変わりませんわ。」


 「公式で補うんだ。さっき何の公式を使った?」


 「水の文字と…平凡なという公式です。」


 「私はそれに更に少しと遠いの公式を足しただけだ。」


 「…それを瞬間で?」


 更にはその木だけでなく、他の木にも同時に水がかかる。すると今度はその水で木を凍らせ、氷で隣の木を突き刺す。

 そうかと思えば次は木の枝に火まで点いた。

 レイは一つの物に集中するしかできないが、ゼインズは的確に他の木にも集中したという事だ。


 「…すっ…すごいわ!」


 「それと集中力で魔導士の良し悪しが決まる。センスだな。」


 「それではやっぱり頭脳が物を言うんですね…。」


 「まあそうかもな。」


 レイが肩を落としていると、ゼインズが笑う。


 「レイ。いくらでも時間はある。まだたくさん練習すればいい。」


 「頑張ります…。」


 レイはまた木に視点を合わせて水を放つ。

 しかしコントロールが悪く、ゼインズが集中している箇所と重なってしまった。


 「あらっ!」


 ゼインズも水を放とうとしたのだろう。


 水同士が衝突をして大量の塊になった。


 ぶつかると凄い勢いで水が跳ね返って来そうだったので、目をつぶった。


 「…?」


 しかしいつまで経っても水が降りかかって来ない。それどころか音もしない。


 ゆっくりと目を開くと、魔術そのものが消えていた。


 「…えっ?」


 コントロールが上手く行かなかったのだろうか。


 ゼインズを見ると何やら意味深な表情でこちらを見ている。


 ふっと笑われると、何もなかった様に肩を叩かれた。


 「…しっかり続けなさい。」


 「はっ、はい!!」


 何度か続けて練習をした頃にはもうとっぷり日が暮れていた。


 「さて明日からもずっと移動しながら練習しての繰り返しだな。飯を食ってしっかり寝るぞ。」


 「太りそうで怖いわ。しっかり動かないといけませんね。」


 「ハハ。君は細いから大丈夫だ。」


 レイはそう言われて胸に目をやった。

 ここだけ太ればいいのだが。

 



 さて、こんな調子で移動しては訓練の繰り返しの3日が過ぎたが、一つ困った事がある。


 「ダメだわ。今度は頭から離れない。」


 全く寝付けない。というより寝るのが怖くなってきた。


 寝ても覚めても文字と公式が頭からこびりついて離れない。うっかりすると睡眠中に理論を浮かべて宿の部屋ごとどうにかしてしまいそうだ。


 他の魔導士はどう生活しているのか。

 リクが家でどう過ごしていたのか思い出してみるが、特に変わった様子は何一つなかった筈だ。


 レイはそんな調子で眠れずに翌朝を迎えた。

 今日は移動に8時間かかる。その後はまたゼインズの訓練だ。

 

 「レイ、目が真っ赤よ。寝てないの?」


 移動する車の中でカロリーヌが心配する。


 ヘーゼルの色は赤に負けてもうよく分からない色の目になっている。


 「それが…寝られなくて…。」


 「あなたがこんな若い子に厳しくするからよ。もう少し間隔を置いたら?」


 「そうか。今日はもう休むだけにするか。」


 「違います…。うっかりすると魔術を出しそうで寝られなくて。」


 「ほう?それは君にしては素晴らしい。いい傾向じゃないか。」


 「あなた!」


 ゼインズは大笑いするのをカロリーヌは怒る。


 「さあどうするかな…。魔導士の試験に合格した者にはこいつがもらえる。」


 ゼインズは魔導士の証である腕輪を見せた。


 「え?腕輪?それがどうしたんですか?」


 真っ赤な目をショボショボさせながらレイはそれを見る。別にリクの物と違う所はなさそうだ。


 「うっかり使わない様にこれをしてるんだ。嵌ると魔術が使えない。」


 「え!それそんな効力があったんですの?ただの証書みたいな物かと思ってましたわ。」


 「まあ外す事が多いからな。」


 「じゃあ貸してあげなさいな。可哀想に。」


 カロリーヌが外しにかかると、ゼインズがひょいと身をかわす。


 「講師になっても睡眠中これがないと困るんだ。」


 「じゃあ魔導士になるまではどうしてたんですの?」


 「エラリィには魔術の使えない隔離所がある。まあそこで寝かされると寝心地が悪くてね。その時はそれで誤魔化したよ。」


 「隔離所?何だか怪しげな施設ですわね…。エラリィ家が建設したのですか?」


 「誰が建設したかも分からない。かなり昔から各地にそういう場所があって、どの素材が魔術を妨げてるか分からないんだ。腕輪もその建物を切り崩した素材で作られている。」


 「すごい腕輪なんですね…。そういえば夫もずっとつけてましたわ…。」


 寝室で眠るリクの腕にいつも付けられていたのを思い出す。

 眠る夫の寝顔や寝相の悪さを朝早くから見ては幸せな気分に浸ったものだ。


 その時の事を浮かべてうっとりしていると、ゼインズとカロリーヌがニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。


 「まあ嬉しそう。この子よっぽどご主人の事が好きなのね。」


 「そりゃ命の危険も省みず助けに行くんだからな。」


 「あら!すみません!」


 リクの事を考えるとどうも直情的になってしまう。惚れた弱みだろうか。

 顔をブルブルふるって情念を消す。


 ゼインズが閃いた様に指差してレイに告げる。


 「レイ。対策あるじゃないか。」


 「はい?」

 

 「君の夫の事を考えればいい。」


 効果は即現れた。

 その夜からレイは理論など一つも浮かばず、幸せな夢と共にぐっすりと眠り始めた。

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