第5話

 「おいしい!」


 列車で1日目を迎えたレイは朝食の美味しさに感動していた。

 思えばリクと結婚してから誰かに作ってもらった食事を口にしていなかった気がする。


 さて、エステルに行く事だけを目的にしてしまうと、この道のりはただの旅行になってしまう。

 まずはメモに書かれた内容がどういった事なのかを読み解かなければならない。

 それと魔術の知識。

 魔術自体はどこの国でもポピュラーなものだが、そもそも一般的にはそう必要な知識でもない。

 リクが行っていた仕事は魔術での実戦もあったが、家の部屋で図形を書いたり、果てまた数式を書いたりした事もある。あれは何だったのか。

 彼の仕事に対して大変興味はあったが、いつも多忙そうだったので仕事の内容をあまり詳しく聞いた試しがない。


 もぐもぐ口を動かしながらまずは数式を見てみる。

 いや、そもそもこれは数式なのだろうか。


 「…うん。これは置いて次にしましょう。」


 象形文字を見て解読するくらいならと思い、本を見る。


 「…資料がなくて解読できないわ。」


 もう初っ端から行き詰まってしまった。 


 その時だった。


 女性の悲鳴が聞こえてきた。


 慌ててナイフとフォークを置いてそちらを見ると、老婦人が倒れている。


 そして自分の方にカバンを抱えた男が走り過ぎ去って行くではないか。


 明らかに強盗だと分かった。

 しかし他に誰も乗客がいない。恐らく強盗も自分がいる事に気付いていないのだろう。


 レイはワンピース姿なのにも構わず、走って男を追った。男はどんどん次の号車へ走って行く。


 すると次の駅が見えて、列車が止まる。

 次の停車駅で男は降りるつもりだ。


 男がスピードを緩めて歩き出した瞬間、レイとの距離が近付いた。


 さあ追いつきそうだがどうするか。

 いや、迷っている暇はない。


 レイは飛び跳ねて、座席の上部に両手を引っ掛ける。

 

 そして男の頭を飛び蹴った。


  「がぁっ…!」


 男は苦しそうな声を上げて床にうつ伏せた。

 レイはその瞬間に男の持っていたカバンで頭を殴る。

 しかしレイの力が弱い為か、男はすぐに立ち上がって振り返って来た。


 「テメェ…!」


 万事休すか。


 「素晴らしい。」


 背後から男性の声が聞こえてきたかと思うと、男の頭にいきなり雷が降って来た。


 すると男は気絶した。

 

 「いや、手助けしようと思ったが…驚いたよ。」


 振り向くとさっきの老婦人と一緒に老紳士が立っていた。


 「妻を助けてくれてありがとう。お嬢さん。」


 老人の瞳の色は愛する夫と同じグレーだった。




 「お嬢さん?怪我はなかった?」


 「ええ。大丈夫ですわ。奥様こそ。」


 「カロリーヌよ。あなたのおかげでお金の入った荷物も無事だったわ。」


 彼女は茶色の瞳だ。長い白髪をまとめ上げて、緑のドレスを着ている。70代くらいだろうか。品のいい婦人である。


 3人は食堂車に戻り、同じ席へと座った。


 どうやら夫が離席した時を突いて強盗はカバンを狙ってきた様だ。


 それよりカロリーヌの夫の方が気になる。


 何もない所から何かを生み出す。リクが見合いの時に火を見せたのと同じだ。

 恐らく魔術だろう。


 カロリーヌと同じ年頃だ。

 今は白髪だが、きっと昔は黒髪だったに違いない。首までの長さの髪をオールバックにしている。


 レイが彼をじっと見ていると、彼は笑顔で握手を求めてきた。


 「ゼインズ・エラリィだ。」


 レイは体に戦慄が走る。


 「…レイチェル・フェリシアです。」


 咄嗟に旧姓を名乗る。

 するとカロリーヌが反応した。


 「まぁフェリシア?あの財閥の?」


 「ええ。主人が財閥の息子ですの。」


 「あら。結婚なさってるのね。」


 リカルド・エラリィとはどういう続柄ですか。そう聞きたかったのをレイは必死で飲み込んだ。

 聞くのはどう考えても得策ではない。失踪とエラリィ家が関与している可能性もあるし、エラリィ家でのリクの立ち位置は悪かったと聞いている。


 「身体能力に優れてるんだな。」


 「そう…ですか?」


 「ああ。大したものだよ。魔導士なら立派な武器になる。」


 「またあなたは魔術の話ばかり。若いお嬢さんがそんなの興味ないわよ。」


 カロリーヌがそう言ってゼインズを嗜めた。


 「それもそうだな。」


 ゼインズは苦笑して話を止めた。


 いや少しでも魔術の知識は欲しい。

 レイは食い付いた。


 「いえ、興味あります。魔術の勉強を始めたんですけど、さっぱり分からなくて…。」


 「あら、珍しいわね。じゃあこの人に教えて貰いなさいな。」


 ころっと意見を変えて、カロリーヌはゼインズの腕をつつく。


 「これでもこの人魔術の教鞭をっていた人間なのよ。」


 エラリィ家の人間は魔導士だけではないのだろうか。


 ゼインズは笑顔で本を出した。


 「基礎知識がないのか?」


 「…えっ。ええ。」


 「私は部屋に帰ってるわ。ありがとうね。お嬢さん。」


 手を振ってカロリーヌは部屋へと帰って行った。


 「時間は?」


 「あっいえ、大丈夫です。ダズルまで行きますから。」


 ゼインズは講義を始めた。

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