第4話
あの日も同じこれくらいの季節だった。
レイは出会った時の社交場を目にして、その時の事を懐古していた。
社交場は街灯で照らされて美しく輝いている。
「…懐かしいわ。」
見合いして1年の結婚生活を送ったが、リクには尊敬の念を抱かざるを得なかった。
朝はそこまで早くないが、夜は中々帰って来ないし休みはそうない。
帰ればすぐ書斎に籠って、魔術の本を見るのを欠かさず、暇さえあれば体を鍛えている。
とにかく絵に描いた様な努力家で、文字通り人生を魔術に捧げていると言っても過言ではなかった。
手先が不器用な上に大雑把なのも要因だろうが、これでは家事に注力できないのも頷ける。
嫁入りに来た時、ゴミはまだしも虫まみれの室内を見て、泣きながら改修を縋った。
元が無愛想な男だから周りの住民はレイに気を配ってくれたが、寧ろリクの誰にも平等な対応が自分にはとても好ましく思える。
やはり自分の直感に狂いはなかった。
リクと結婚して後悔など微塵もない。
まあ相手はどう思ってるか分からないが。
ハンカチを出して刺繍されたイニシャルの部分を見つめる。
あの後レイチェル・エラリィになったのが嬉しくて、ハンカチのイニシャルをすべて変えた。まあ変えるといってもFからEになったので一本線を足しただけだけども。
リクがいなくなった半年辺りから、周りのの人間はレイの事を皆未亡人扱いする様になってしまった。
魔導士の仕事は魔術を使った警護や、戦争の防御対応など体を張ったものや機密的なものが多いらしい。
魔術で何とか防御すれば攻撃されてもその場で命を落とすものはそういないらしいが、失敗して死亡するケースがあったり、その仕事の性質がゆえに事件に巻き込まれる事もある。
恐らく今一緒に来て夫を探してくれないかと援助を申し出ても、手助けは期待できないだろう。
レイは一人で探すしか他なかった。
「しばらくお目にかかれないわね。」
エトファルトの街並みを見渡す。とはいえ、夜に出発する事になったので暗くてよく見えない。
「…行ってきます。」
自分の白いワンピースが溶けていく様な夜の深さだ。
かくして献身的な妻レイは愛する夫リクを探しに旅へ出た。
レイは寝台列車に乗り込み予約した個室へ入った。荷物を置いて座席に腰掛けるとリクの残したメモを見る。
メモは日付の他、数式や象形文字、図形が記載されている。
数式の端々には"共通性"、"ケース"などと文言が書いてある。
何かの象形文字の横には"火"の一文字。
その中でもレイが着目したのは明らかに場所を示す図形と言葉だった。
五芒星の中に
レイはメモを挟んでいた本も持って来たらしく、ページをめくって手を止める。
そこにはメモと同じ図形が書かれていた。そして下にはその図形が意味する内容が書いてある。
『ダズル王国エステル都市のエラリィ家一族の紋章。』
レイの行き先は夫の出生地ダズル王国のエステルである。
都市部カルニドルに行ったはずのリクだが、こんなメモを残していたのならエステルも何か失踪に関与しているのではないだろうか。
マリア王国からダズル王国までは隣国だが、目的地までがとても遠い。
列車で3日だが、列車を降りた後には車で首都まで行かないとどこの目的地にも行けない。宿をそれぞれ何泊かして首都ガーデンまで7日かかる。さらにエステルまで3日所要して、何とほぼ2週間の距離である。
滞在期間も含めると1ヶ月くらいにはなるかもしれない。長い旅路だ。
本を読んでいると少し眠くなってきた。
上流階級の教養として読書は欠かせなかったが、レイは未だに苦手だ。
列車を降りた後、車でダズルの首都のガーデンへ行くまではいいのだが、そこからエステルは険しい道なので特殊な車しか通れない。歩きになるだろう。
今の内に体力を温存しておこうと眠るレイだった。
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