第3話

 「いや、でもフェリシア家以外聞いた事ないぞ。中流階級くらいじゃないのか?」


 「いいえ知名度は低いけど、どのご家庭も上流です。お相手の方はそれこそ本物の家事手伝いだと思いますよ。」


 「…家事のできない女ばっか?」


 「ええ。というかお見合いではあなたの期待に沿う方は今後もいないのでは?男性は収入、女性は家柄で折衷せっちゅうしますし。」


 愛想がないからといって見合いにしたのはリカルドの誤算だった。

 令嬢やその両親は過去のリカルドのレッテルや家庭の格なんかよりも、こぞって現在の経済状況を重視する傾向らしい。

 偏見に打ち勝ったのは良かったが、これではリカルドが求めている女性は見つけられない。 

 

 レイチェルがふふっと笑った。


 「少し卑屈過ぎますわ。落ちこぼれだの一般家庭だの。」


 「…そうかな。」


 そう言ってリカルドは少し照れている。

 とっつき難いだけで、リカルドには表情もあるし感情もある様だ。

 その様子にレイチェルはさらに顔が綻ぶ。

 レイチェルは変わった女だが、根の悪い女ではない事がリカルドにも分かった様である。少しレイチェルに安心したらしく、遠ざけるのをやめて普通の距離間に戻った。


 するとその瞬間何の前触れもなく、室内の照明が消えた。


 「あら…停電かしら?」


 「かもな。」


 昼だから普通であれば暗くはないだろうが、この部屋は窓も1つしかないし、壁紙も暗い。

 暗くて何も見えないものだから、レイチェルが歩いていると段差につまづいてこけた。


 「痛ぁ…。」


 「…ケガしたか?」


 するとリカルドがメモに小さな火をつけた。


 「…え?どうやって…?」


 「これが魔術。」


 あまりにレイチェルがメモとリカルドを不思議そうに交互に見ているので、リカルドが笑う。


 「何だよ。」


 「…魔術使える様になって良かったですね。」


 「…え?」


 「だって何だか幸せそう。」


 リカルドはレイチェルにそう言われると、何か考えたのか無言になった。


 やがて電気がついてリカルドは火を仰がせて消す。

 レイチェルはそんな様子のリカルドをずっと笑顔で見ていた。


 そのタイミングで仲人が帰って来た。

 電気が消えたのを気にして見に来たのだろう。

 

 「お2人…大丈夫ですか?」


 待ってましたとばかり、リカルドが仲人に尋ねる。


 「ああ。ちょっと聞きたいんだけどいいですか。」


 「はい、何でしょう?」


 「彼女が言うにはオレは見合いに不向きらしくて。一般家庭の家事ができる女性の仲人した事あります?」


 途端に仲人は怪訝な顔をする。


 「使用人ではなくてですか?」


 「そう。」


 「これまでありませんね。」

 

 レイチェルの言っていた事は嘘ではないらしい。リカルドは肩を落とす。

 

 「ですが…。」


 仲人が眼鏡を上げて釣書を読む。


 「レイチェルさんは本当にお得意の様ですね。料理もヴィルヴァリアのコンテストで優勝してますし。嫁入りに使用人も不要とは…。いいのですか?」


 「え?」


 リカルドがレイチェルの方を見る。


 レイチェルは笑顔で返事した。


 「ええ。私なら使用人は不要です。」


 どうやらこれも嘘ではなかった様だ。


 「あの…度々すみませんが、席をもう一度外していただけませんか?」


 レイチェルは仲人にそう依頼し、仲人は首を傾げながらまた退場していった。


そしてリカルドとまた距離を詰めてくる。


 リカルドはもう慣れたのか、次は引かずに立っていた。


 「お見合いは何度かしたけれど、当日が待ち切れないのは初めてでした。写真を見た瞬間からあなたの事しか考えられなくなりましたもの。」


 「…あのなあ。」


 「少しはまともに取り合ってくれません?お見合いですよ。」


 レイチェルが苦笑しながらリカルドを嗜める。


 「いや、でも…。」


 「私は一目見てあなただと感じました。」


 リカルドも反省したのか、溜息をついてレイチェルに質問をぶつける。


 「…あんた何でも直感で決めるのか?」


 レイチェルは首を振る。


 「幼い頃から社交界に出入りしてましたから、出会って話せば人となりはすぐに分かります。」

 

 「会った初日で人を判断しねえよ。」


 「十分だわ。あなたを他の人と結婚させたくないから今言うの。」


 何とも潔い決断なのか。

 これから一生を歩む相手をレイチェルは一瞬で決めたのだ。


 「自由に一生を選択できるのに一瞬で決めるのか?」


 リカルドは信じられない面持ちで彼女に問い掛ける。


 「短い一生に必要なのは一瞬の英断です。」


 「…嘘だろ。」


 「妙な女だと思うならここで断って下さればいいのです。時を経ても結論はそう変わらないと思います。」


 リカルドは無言になり、改めて彼女を直視した。


 「もう一度尋ねますわ。私が相手では不足ですか?」


 「…家庭環境違うとキツイだろ。」


 「あなたなら経済的に困りませんし苦労はありません。」


 「毎日何かしら家事に追われるぞ。」


 「ですから私家事好きですって。」


 「オレは愛想ないぞ。」


 「知ってます。」


 「…えーっと…。」


 「リカルド様。…断るならそれで構いませんから…。」


 レイチェルがまだ言うのかという表情を見せた。リカルドはそれでも腕組みして考えている。


 「…分かった。」


 「…え?」


 レイチェルが困惑した顔でリカルドを見た。

 するとリカルドが苦笑して告げる。


 「じゃあ一言で。」


 「…はい。」


 レイチェルは固く目を閉ざし、失望した顔を見せた。


 「オレが結婚相手じゃ不足か?」


 リカルドから出た言葉は意外なものだった。


 「え?」


 「…もう一度尋ねようか?」


 レイチェルの顔は驚愕に変わった。


 すると次第にそれは笑顔に変わり、やがて涙まで溢して喜び始めた。


 「いいえ!!」


 「…負けたよ。」


 古今東西様々なプロポーズがあるが、はいでなくいいえで答えるのも珍しいものだ。


 「そうだ。あんたにお願いがあるんだけど。」


 「レイと呼んで下さい。レイチェルじゃ長いですし。」


 レイチェルはうっとりした顔で言う。意中の相手と婚約した事に酔っている様だ。

 不気味そうな目でリカルドがレイチェルを見た。


 「それだよ。オレも呼び名の事なんだけど、リカルドじゃなくてリクって呼んでくれ。」

 

 「リク…?珍しい愛称ですね。」


 「言ったろ。リカルドだと例のレッテルで仕事取り辛いんだ。公式な場は仕方ないが、大概リク・エラリィの名で仕事してるから。」


 「はい。分かりました。リクね…。」


 またうっとりした顔で彼を見てくる。


 「だからその顔やめろって。」


 こうして2人は最初に出会った場所で婚約まで済ませてしまった。

 担当した仲人は自分の手柄と言わんばかりに未だにこのエピソードを自慢げに語っているらしい。


 結果的には押しの強いレイに根負けした形だったが、無愛想な顔にも幸せそうな笑みが溢れていた。

 


 

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