第2話
「エトファルトなのにどうしてお見合いを?」
「…愛想ないから結婚まで漕ぎ着けないんだよ。」
リカルドが分かっていた事に笑いが隠せず、レイチェルは思わず吹き出した。
リカルドはレイチェルを真顔で見る。
「何だよ。」
「も、申し訳ありません。ふふっ…。」
レイチェルはくすくすと笑うとリカルドに微笑む。
「今日はいつものお見合いとは違いますわ。」
「オレ珍種だろうからな。」
「いいえ。…当たってるけれど多分当たってません。」
「は?」
頬を染めて意味深に見てくるレイチェルを見て、リカルドは不思議そうに眉をしかめる。
仲人が去って時間が経過しているがいつまで話をしていいものなのか。
リカルドは腕時計を見た。次の予定があるのか何だか忙しない様子である。
「あっ…ご予定があるんですか?」
「…まあ。ちょっと。」
リカルドがそう答えると、レイチェルの顔が残念そうに歪んだ。
「そうですか…。仲人の方を通してまたご連絡致しますわね。」
「ああ。こちらもそうさせてもらう。」
そう言ってリカルドがスッと立ち上がった拍子に何かを落とした。
落としたのに気付いていないリカルドは正装の襟を正している。
「あら、落ちましてよ。え…?」
レイチェルが落とし物を見て固まった。
「あ、どう…も…?」
リカルドはそれを受け取ろうとして固まった。
それは女の名前と時刻と場所が記載されたメモだった。
詰まる所リカルドのこの後の予定は他の女性との見合いだった訳である。
「…。」
「…。」
後は帰るだけだったというのに、最悪な流れだ。
気まずい空気が流れる中、リカルドは立ち上がったレイチェルから無言でメモを受け取った。
リカルドは思わず息を止める。
レイチェルは下を向いてしゃべらない。
「あの…大変失礼しました。」
「…。」
さっきまで普通に喋っていたからより一層空気が濁っているのを感じる。
愛想のないリカルドも、流石にひきつり笑いしながら敬語で謝罪した。
するとレイチェルがボソボソと何かを呟いた。
「…ですか。」
「え…?」
聞き取れないが、近付くのは怖いのだろう。リカルドは小声で精一杯レイチェルの言葉を促す。
「あの…。ちょっと声が遠くて…。」
するとレイチェルが大きな潤んだ瞳でリカルドを見上げた。
怒ってない。泣いてもない。
リカルドの予想と反した表情であった。
何が何やら分からずリカルドはどう対応すべきか困惑している。
とにかく謝罪だ。
「いや、その。本当すみませ…。」
「私では相手として不足ですか…?」
重ねる謝罪を遮った言葉は意外なものだった。
「… は?」
レイチェルは耳まで真っ赤だった。
「…縁談を決めた理由…質問されましたわね?」
「あ、ああ。別に言いたくなければ…。」
どんどんレイチェルの顔が赤くなり、ついには溶ける様な表情でリカルドを見つめる。
「写真と釣書で一目で惹かれましたの。自分から縁談を希望しましたわ。」
「…はあああ?」
リカルドは脱力でメモを落とした。
「…分かった。腹いせにからかってんだろ。」
メモを拾いながら落ち着きを取り戻す。
「私そこまで幼稚じゃありませんわ。」
レイチェルは子供の様に頬を膨れさせた。
「一目惚れなんてあまりにも適当な事言うからだろ。自分の顔面くらい把握してるわ。」
落ちこぼれだの顔面の把握だの自分を貶める言葉のオンパレードである。
「顔の造作に惹かれた訳じゃないんです。その…あなた自身というか…。お会いしてその直感は間違いなかったと確信できました。」
レイチェルの目そのものがハートマークに見え、リカルドは引き気味に応える。
直感でここまでリカルドに熱を上げるレイチェルは何なのだろうか。
相手をからかっているとしか見えない。
リカルドはその言葉を信じられず、レイチェルを遠ざけながら言葉を返す。
「あんたの将来が心配だ。親御さんも不安に感じて手当たり次第見合いの場持って来てんじゃねえの?」
レイチェルはその言葉にムッとする。
「手当たり次第はあなたでしょう?最近縁談の予定ばかり入ってるんじゃなくて?」
リカルドがうっと小さな声を出す。
図星なのだろう。言い返さない。
レイチェルはリカルドと距離を詰めようと近寄る。リカルドは一歩引く。
レイチェルは引いたのを見てまた詰め寄る。リカルドは次は引くのをやめた。
レイチェルはにこりと笑顔で尋ねる。
「…もう一度お尋ねします。私は結婚相手として不足ですか?」
レイチェルの真っ直ぐなヘーゼルの瞳がこちらに問いただしてくる。
彼女は本気の答えを要求しているのだ。冗談の目じゃない。
リカルドは深呼吸して自分を落ち着かせて
問いに答えた。
「…オレは家事が得意じゃなくて。」
「…家事?」
「ああ。本当に家事ができる女と結婚したい。だからあんたじゃ…。」
レイチェルの顔がパッと輝いた。
「尚更私はいかがです?先程申しましたわよね。私家事は得意ですのよ!」
リカルドは胡散臭そうにレイチェルを見る。
「いや、フェリシア家のお嬢様の家事なんてたかが知れてるだろ。一般家庭だから使用人もいないぞ。」
「?当然でしょう?」
彼女はそう言うが、リカルドのレイチェルに対しての疑い深そうな眼差しは変わらない。
「一般家庭の家事知ってるか?炊事、掃除、洗濯とか買い出しとか雑用とか…。」
今度はレイチェルが訳の分からない顔をする。
「…当たり前でしょう。私本当に家事好きなんですもの。使用人に手出しはさせませんし。」
「案外使用人がフォローしてんじゃない?それに今度は身内からオレの世話に変わる。」
「私がこなしてますってば。それに…好きな人のお世話なんて…本望だわ。」
「やめてくれ。その顔…。」
今度はうっとりした目でリカルドを見てくる。リカルドは引き攣った表情で応えるしかなかった。
レイチェルはリカルドを次の見合いに行かせまいとしているのだろうか。
次の見合い場所は少し離れた所だ。今から走れば間に合う距離にある。
「あんたの熱意は有り難く受け取るよ。また返事するから。」
じゃあと言って場を離れるリカルドの腕をレイチェルはガッと掴んだ。
この女どこまで粘着質なのだろうか。
「そのメモ見せて下さいな。」
「はっ?いや…ちょっと、個人情報なんで。ていうか悪いけど次の人待ってるから。」
「少ししか見てないけど、どうせ今後の相手もそのメモに全員書いてあるんでしょう?」
「…。」
またもや図星である。
「次に会うミラリスさんだけじゃなくて他の女性も家事はできませんよ。断言します。」
「…え?」
リカルドがメモを見る。
次の相手はミラリス・ディーという女性だった。
「…何で言い切れるんだよ。」
「ディー家はうちの財閥と取引があるもの。恐らくあなたの稼ぎであれば、私と同じ階級の方ばかりじゃないかしら。きっとメモの方皆私の知り合いだわ。」
リカルドはメモを開いた。
「恐らく年頃の娘さんならシカメラ家、メルダン家、ダンウィル家ってところかしら。あとは…。」
リカルドのメモには10人ばかり記載されているが、レイチェルが言う家の令嬢の名がすべてあった。
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