第1話

 首都ヴィルヴァリアの白を基調とした華やかな装飾のある城がマリア王国のシンボルである。

 王国には5つ都市部があり、どの都市部も自然に恵まれながらも、国民は皆文化的かつ華やかな生活をしている。


 そんなマリア王国の中心より少し南部にある都市エトファルト。

 エトファルトは都市といっても面積が狭い。中途半端な都市で都会でもなく田舎でもない。人口はおよそ1000人程度とマリア王国の中ではかなり少ない。なのですぐに住民の顔は覚えてしまうし、近所付き合いはこってりし過ぎてもう誰が親族か分からない。


 そんなだから恋人や結婚相手を探すのには一苦労だ。エトファルトの住民同士で結婚する人間はごく僅かで、他所の都市部で相手を見つける事もあれば、国外から見繕う場合もある。

 エトファルトでは人口が少ないから住民同士の協力が不可欠である。その為住んでいると嫌でも社交的になってしまう。

 なので通常パートナー探しが苦手なものはそういない。


 一部を除いてだが。


 春の日差しが温かな季節の事である。

 エトファルトにある、アルファード社交場の一室で2人は見合いをした。


 「…リカルド・エラリィです。」


 短髪の黒髪にグレーの切長の目で暗い印象を相手に与える。正装だから仕方ないが、着ているものも黒色でとにかく暗い。

 身長は標準くらいで、そこそこ体を鍛えているのかそこまで華奢な印象は受けない。

 普通こんな時笑顔になるものだが、男からは愛想が感じられなかった。


 「初めまして。私レイチェル・フェリシアと申します。」


 一方女の方は明るい色彩に彩られて愛嬌たっぷりに笑顔を振りまいている。

 顎より少し長い癖のある暗い金髪にヘーゼルの瞳を持つ童顔。淡い水色のドレスを着ている。

 こちらも身長こそ平均だが、体格は華奢でまだ少女なのかと思うくらい体が薄い。

 彼女は彼の瞳をずっと覗いている。


 ここまで対照的なカップルを今まで見た事がないのか、仲人の中年女性はやたら眼鏡を触ってどう切り出すか悩んでいる。

 数秒戸惑った後、仕切り始めた。


 「リカルドさんはエトファルト在住でらっしゃるのね。エトファルトの方でお見合いとは珍しいわ。何年ぶりかしら。」


 「はあ…。」


 「…レイチェルさんはヴィルヴァリア在住でらっしゃいますね。都会だこと。エトファルトは回られました?」


 「いいえまだですわ。」


 沈黙が流れる。


 「えー…。レイチェルさん。リカルドさんは見た目とお名前の通り…。」


 「魔導士ですね。」


 黒髪の人間は世界共通で魔術を使う。

 黒髪ではない魔導士ももちろんいるが、少数である。とにかく黒髪であれば魔術を使う者と思ってまず間違いない。

 一般人のレイチェルからしたら謎の存在である。

 

 「それもエラリィ家の方だなんて…。紹介された時驚きましたわ。」


 瞬間リカルドの眉が不愉快そうに動いた。

 レイチェルはその様子を見て不思議そうに目を丸くする。


 ダズル王国の辺境にある都市部エステルで生活するエラリィ家は国境を超えて魔導士最高峰と誉高い。幼い内から魔術の訓練で鍛えあげられ、行く行くは著名な魔導士となる。

 この一族の容姿は皆リカルド同様に黒髪にグレーの瞳である。

 これらの事くらいは詳しくないレイチェルも知っていた。


 どう考えても失言になどなる筈はないが、何故リカルドはあんな表情なのか。

 愛想がない上そんな顔をしたので、仲人が焦って咳払いする。


 「レ…レイチェルさんは家事手伝いをされているとか?」


 「ええそうですの。」


 しかしレイチェルが全く動じていないのにが分かり、仲人はほっとする。


 「…お宅こそ財閥のフェリシア家だろ。」


 リカルドの言葉を聞き漏らさず、レイチェルが素早く反応した。

 

 「ご存知ですのね。」


 一方でリカルドの反応は淡々としている。


 「マリアに住んでたら皆知ってる。」


 「そ、それでは後はお若いお2人でごゆっくり…。」


 仲人は自分の役目はもうこれで終わりとばかり去って行った。

 2人は仲人が去って行くのを目で追い、また向き合った。


 「家事手伝いをしてますわ。でももう手伝いの域ではないですわね。」


 「ああそう。」


 リカルドはレイチェルと目も合わせずコーヒーを下向き加減で飲み始めた。


 「それよりお宅は見合いにした事情があんのか?」


 「事情?」


 レイチェルはまた目を丸くする。一々行動が子供っぽい。いや、童顔のせいかもしれない。

 リカルドは行儀悪く椅子の背もたれに体を預ける。


 「財閥だったら財閥同士で結婚するのが多いんじゃないか?何でまたオレとの縁談受けたんだ?」


 「えっ?その…。」


 その瞬間レイチェルの顔が赤くなった。

 余程言いたくない事情なのか、レイチェルがもじもじと動き出す。


 「…リカルド様はどうしてですの?」


 「…様って。ただ財閥の娘がどんなもんか見てみたかったから。…うん。」


 そう言ってリカルドはレイチェルを上から下まで見た。

 途中胸を2回見返していたのはレイチェルの気のせいだったのだろうか。

 リカルドは誤魔化す様にしれっと発言する。


 「オレエラリィ家では落ちこぼれだし、あんたの境遇とは似ても似つかないよ。」


 「まあ。そうですか。」


 どうやらその理由からエラリィの姓に嫌悪感を抱いている様だ。

 しかしそれを聞いたレイチェルがショックも受けず、ぼんやりと答えたのにリカルドは思わず椅子からこけそうになる。


 「いや、だから。何でオレとの見合いなんて受けるんだよ。財閥なんだからオレの身辺調査くらいしないのか?」


 「それは多分…。でも釣書の収入は最高値でしたし、両親は魔導士のエラリィ家が親戚になると喜んでましたよ。そもそもうち新興財閥ですし、伝統なんてあったものじゃないですから。」


 「そういうもん?オレ前まで魔導士の仕事やり辛かったけど…。」


 リカルドは不信感の塊みたいな目でレイチェルを見る。

 しかし彼女はそんな事気にもせず質問した。


 「それより落ちこぼれって…どうやって生計立ててらっしゃるの?経済事情は心配ですわ。」


 レイチェルがテーブル越しにリカルドに詰め寄る。

 リカルドは思わずのけぞる。


 「…どうやら撤回できたみたいでね。あんた魔術使えるか?」


 「…?いいえ。」


 今までにされた事のない質問なのだろう。レイチェルが意外そうな顔で答えた。


 「魔力を持つ奴とそうでない奴の差は解明されてないが、黒髪の奴は大概魔術を使える。でも何故かオレは使えなかった。」


 難しい顔をしながらレイチェルは頭を左右に傾げている。


 「それで落ちこぼれ?でも今はどうして使えるんです?」


 「何かのきっかけで使う事ができる奴もいるんだよ。オレもその口だっただけ。」


 リカルドが飲み終えたカップをテーブルに置いた。


 

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