黒のつがい
@kdbsd011
プロローグ
マリア王国の都市エトファルト。
エトファルトの中でも木々に囲まれた場所の平野に2人の家はあった。
今日も仕事で出かける夫を妻が玄関まで見送る。
いつもの日常の光景だった。
「行ってくる。」
いつもは動きやすい平服なのに、今日は正装の様だ。
夫の腕から背中にかけて引き攣れた火傷の痕があるので、仕事では必ずそれが透けない様な服装にする。結局いつも黒に落ち着く事が多い。
結婚して1年経った今でも仕事に出掛けていく姿に見とれてしまう。
「気をつけて。腕輪は?」
「ん。」
魔導士である事を証明する腕輪を着けているのを夫は確認して妻にも見せる。
「ああそうそう。」
「何だ?」
「いいえ。やっぱり帰って来てから伝えます。今日はどちらへ?」
「カルニドル。ちょっと遅くなるかもな。」
「遠くないし、待ってますわ。夕食召し上がる?用意しておきますから。」
「ああ。」
夫は急いでいるのかもう妻に背を向け、外に飛び出した。
雲一つない晴天だ。
夫の漆黒の黒髪さえ茶色く見える。
彼が遠くに行ってしまう前に大声で妻は叫んだ。
「行ってらっしゃいませ!」
振り向きもせず、夫は手だけ振った。
名の知れた魔導士リク・エラリィはその日を境に都市エトファルトから姿を消した。
あれから2年。
妻は変わらず同じ家で過ごしている。
風景こそ変わらないが、そこにはリクがいない。
結婚して3年になるが、彼と暮らした期間より彼のいない期間の方が長くなってしまった。
最後に見たあの姿が今でも脳裏に焼き付いている。
まさか彼が行方不明になってしまうとは思いもよらなかった。
何かあったに違いない。
毎日都市カルニドルに足を運んで、探し回ったし、人々に聞き回ったが、リクの消息は依然として分からない。
手掛かりはないか家中も探し回ったが何も見つからない。
もう待つしかないと決断するのには1年以上かかった。
決して諦めた訳ではない。帰って来ると信じて疑わなければきっとまた会える。
最初は混乱していたが、そう考えて少し落ち着きを取り戻した。
けれどもその思いとは裏腹に、何をするにも彼の顔が頭から離れない2年だった。
ある日の事だった。
リクの書斎を掃除していると、頭から本棚に激突した。
涙目になりながら落ちた本を戻していると、本の間に挟まっていた紙が床に落ちた。
「あら?」
拾ってみるとそこには彼の字で何かが筆記されていた。
「何かしらこれ。魔術に関する事?」
その紙を何気なく見ていたが、紙の上部分を見てはっとする。
リクが失踪する1ヶ月前の日が記されているではないか。
書斎は人手を借りて入念に探したが、何せ本が多すぎて一冊ずつは見る事ができなかった。
まさか2年も経過してから失踪に関連しているかも知れない物が見つかるとは。
紙を挟んでいた本を読んで照らし合わせると、やはり魔術の事の様である。
「さっぱり分からないわ…。勉強しとけば良かった…。」
魔術の知識のない彼女にはその文字も絵もよく分からないが、何か意味の分かるものはないか本をめくって探してみる。
すると紙に書かれた物と同じ図形が見当たった。
「…これ…まさか…!」
その図形はある紋章だったのだが、おおよそ地名を表している。
確か昔出国した際に決別したと夫から聞いていたが、ただならぬ因縁があるのは確かだ。
腕を組んで数秒考える。
「よし!」
行ってみる他ない。
決意して彼女は荷物を準備し始めた。
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