第19話

 首都ガーデン。


 ダズルの最大都市部であり、そこには堅牢な煉瓦作りのグレーの城がある。その色はまるでエラリィ一族の瞳を思わせる。

 マリアの首都ヴィルヴァリアは華やかさと活気にあふれているが、ガーデンはそれと比較すると人こそ溢れているが静かだった。


 「ようこそ。ガーデンへ。」


 一番最初に車を降りたカロリーヌがドレスの裾を広げて笑顔でレイにそう言う。レイも笑いながらワンピースの裾を広げた。


 「カロリーヌ。実家に立ち寄った後は、すぐに目立たない宿へ泊まろう。」


 ゼインズの様子はそれと比較して少し暗い。カロリーヌもそれを見ると頷いて笑顔を引っ込ませた。

 3人はカロリーヌの実家へと向かって歩き出した。


 「エラリィ家の者がいるかもしれないからな…。すまんが。」


 「…はい。」


 そう会話する2人は何とも言えぬ物悲しい顔をしていた。

 レイはそれを見て何もできない自分に胸が痛む。

 自分に何かできる事があれば…。

 恩人に何も返せないというのは心苦しい。


 途中で美しい建物が見当たりレイは目を凝らしていると、ゼインズが話掛けてきた。

 ゼインズも気遣ってくれているのが分かる。


 「ああ、あれがブルグ教会だ。」


 「へえ…。綺麗ですね。」


 何だかダズルの無機質な感じからは浮いて見える。それだけ皆から大切に扱われているのだろうか。


 歩いて20分位経過しただろうか。

 カロリーヌの実家へ到着した。

 以前は美しい庭園だったのだろう。手入れもされずに草が生い茂っている。カロリーヌは家の中からいくつかの物を持ち出した。


 「…荷物を?」


 「…ええ。ここに来るのは結婚した時以来だから。」


 「そうですか…。」


 カロリーヌの親族はどうなったのだろうか。

 気になったが、荒れ果てている家の様子を見て、レイは聞くのをやめた。

 2人の出会いの場は確かここだった筈だ。

 出会った時こんな事になるとは思ってもなかっただろう。


 「…もう大丈夫か?他の物は?」


 「いいえ。もう充分。」


 2人はそう会話すると、家を後にした。

 レイは少し家を眺めて2人の後を遅れてついて行った。






 目立つのを避けたいという夫妻に合わせて、ガーデンの中心部より少し離れた所に3人で宿をとる。


 宿の2階の自分の部屋へと通されると、レイはすぐにゼインズ達の部屋へ向かった。

 ゼインズは何もせずにただ窓の外を見ている。カロリーヌは実家から持って来た物を整理していた。


 「これあなたからもらった物じゃない。懐かしいわね。」


 持てるだけしか持って来られなかったのだろう。写真や装飾品といった細々とした物ばかりである。


 「どれ。何だ。もう化石になってるじゃないか。」


 「やめてよ。使える物もあるわ。」


 ゼインズとカロリーヌがそんな風に会話しているのを、レイは微笑みながら聞く。


 「うーん。これは無理かしらね。」


 カロリーヌも一つ一つの物を懐かしんで思い出に浸っていたが、いくつかは古びて使えないのだろう。その内断捨離をし始めたが、それぞれを手に取ってまだ使えそうかを確認し始める。


 「これは大丈夫かしら…?」


 「もう捨てろ。そう言っていつも物を増やすんだから。」


 「必要だから残してあるの。」


 2人の会話をもう少し眺めていたい所ではあるが、残念ながらそれは今のレイにとって優先するべきものではない。


 今日がゼインズといる最後の日になる。


 出来れば訓練に付き合ってもらいたかったが、ここまで慎重に行動している夫妻の様子を見ると気が引けてきたレイはどうすべきか迷っていた。


 「…レイ。外に出ろ。」


 ゼインズがそう言って声を掛けてくる。


 「え?…でも。」


 「今日で最後じゃないか。始めるぞ。」


 「…ありがとうございます。」

 

 「行ってらっしゃい。」


 微笑むカロリーヌに同じ表情を返すと、最後の訓練へと向けてレイはゼインズと階下へ降りた。


 


 


 部屋に一人残ったカロリーヌは黙々と仕分けをしていたが、窓を覗くと2人の訓練している様子が見えたので休憩がてら手を止めた。

 

 「あら。」


 見るとゼインズがレイの足技に押されている。しかし、すぐに逆転してゼインズはレイに雷を放った。

 負けじとレイがすぐに魔術を繰り出そうとするが、一足遅れて雷はレイの体のすぐ横をすり抜けて行った。

 ゼインズが次々と魔術を放つのに、レイはたまに防御しながら苦戦している。


 案外ゼインズは手加減していない。


 「まあ!女の子相手に!」


 カロリーヌの口からそんな言葉が飛び出たが、しばらくレイの様子を見ているとすぐに非難を止めた。

 魔術はともかく、手足を使ってゼインズに攻撃する様子を見る限り、レイが戦いに長けているのが一目瞭然だったからである。

 

 「レイったら…やるじゃないの。」


 ゼインズの顔を見ると、それに嬉しそうに応戦している。


 正直な所、カロリーヌからするとゼインズと一緒になり、辛い思い出の方が増えた。

 けれど少しでもゼインズが楽しそうな様子を見ると、それらはすぐにどこかへ消え去って幸せな思い出へ塗り替えられて行く。


 「…よっぽど楽しいのね。良かったわ。」


 そう言うと、カロリーヌは微笑んだ。


 さて、まだ仕分けは終わっていない。

 また作業を始めようとすると、カロリーヌは細長い棒状の物があるのに気付き、それを手に持った。


 「何かしら…?」


 その中身を取り出すと、カロリーヌはまあと声を出してすぐにそれを元に戻して不要品の方へと仕分けた。

 しかし、窓の外でレイの声が聞こえると、カロリーヌは少し何かを考えてそれを別の場所に置く。


 「そうね。これ…。」


 カロリーヌはそれを握り締め、もう一度丁寧に包み直した。






 夜も深くなり、辺りが段々と見え辛くなってきた。

 ここらで終了だろうか。


 2人は息を切らして地面に座り込む。


 体全体を強く動かしていたレイは特に消耗が激しい。

 ゼエゼエと肩で息をしながら膝をつけていると、ゼインズがこちらを向いた。


 「雷や岩、そういった物の攻撃は避けなさい。相手に命中させるのが難しい。」


 「…はい…。」


 「それと、エラリィ家の概要だ。渡しておく。最も何十年も前だから変わっているかもしれんが。」


 ゼインズはそう言ってレイに紙を渡した。

 開くと見取り図が描かれていた。


 「まあ…。ありがとうございます。」


 外部の人間が建物の構造を知らず敵地に潜り込むのは厳しい。

 有り難く受け取ると、レイは綺麗に折り畳んで服のポケットへと仕舞い込んだ。


 「ご主人を救い出したらすぐに2人で逃げる事。研究の内容より何よりも命が優先だ。」


 頷くとゼインズが微笑んだ。


 「さあ、中に入って眠ろう。明日は早い。」


 「はい。」

 

 訓練を終え、明日の支度を済ませると、レイはすぐに部屋のベッドに横たわった。

 

 エステルに到着するのはこのままいけば2日後だろうか。

 とにかくエラリィ家の様子を探ってリクを取り戻す算段を立てないといけない。


 宿の窓から月が見える。


 「…あら。満月。きっと幸先いいわ。」


 確か見合いの前日もこんな満月だった。


 その日の事が思い出となって蘇ってきた。





 財閥の一人娘のレイは10代後半からずっと結婚を意識させられてきた。

 愛する人と共に生涯を過ごすのがどれだけ幸せな事なのかは両親を見ていれば分かる。元々結婚に対して好ましいイメージもあったし、全く抵抗はなかった。

 だが見合いの回数を重ねるに連れて次第にその理想は霞んで行く。

 かなり瀬戸際の年齢になったにも関わらず、気乗りしないのには理由があった。


 「…皆さん同じに見えてしまうわ。」


 レイはフェリシア家で相手の写真と釣書を興味なさそうに見ていた。


 「お前ももうそろそろ歳だ。嫁ぎ遅れてるんだから、ワガママ言うな。ほら、この方とかどうだ?」


 父は娘の幸せを願っているのか、家の安泰を願っているのか分からないが、写真や釣書を広げて見せる。


 「その方特定の女性がお好きみたい。お隣のメリンダの知り合いだし、一度お会いしましたもの。」


 「特定?」


 「私の胸元見ながら君じゃ物足りないと言われたの覚えてます。」


 父はそんな娘の胸を見ると、溜息を吐いた。


 「はあ…。お前中身はしっかり女なんだがなあ…。」


 「…外見も女でしてよ?お父様。」


 失礼にも程がある。

 腹が立ったレイは、デリカシーのない父を部屋から外へ追いやった。


 そもそも何度もあった見合いに応じず、ここまで消極的になってしまったのは父の為を考えたからでもある。


 これまで会ってきた男性達は揃いも揃って財産の事しか話をしなかった。

 皆財閥の後継ぎ息子ばかりというのもあるが、彼等からフェリシア財閥に依存する打算的な気持ちしか感じられなかった。

 結果断り続けた為に、それが婚期を遅らせる理由になったのだ。


 「やっぱり私がワガママなのかしら…。」


 自分の立場を考えると、やはりそういった男性が相応なのかもしれない。


 けれどもフェリシア家が中流から上流階級となる経過を間近で見ていたレイは、祖父や父の様に開拓精神に溢れた男性を伴侶にしたいと常日頃から思っていた。

 かと言っていくら開拓心があっても、貧乏人が相手だと父の援助で生活するのは目に見えている。それもおかしい。


 いい加減両親も心配している。

 そろそろどこかで手を打たねばならないのだろうか…。


 その日もやる気なく、たくさんの写真と釣書を見ていたが、一人毛色の違う男性がいた。


 釣書に書かれた収入額が中々の額である。

 明らかに特殊な仕事をしない限りはこうならない。


 写真を開くとそこには黒髪にグレーの目のブスッとした男。


 何よりもその瞳がレイを強く惹きつけた。


 「まあ。この人…エラリィ家の魔導士の…?」


 魔導士とはどんな仕事なのだろうか。しかし釣書を見ても詳細は書いてない。

 だが国外の人間がエトファルトに一人で在住しているという事は、独り立ちして収入を得ているのだろう。


 写真のグレーの瞳を見つめていると、何だか胸が痛くて頬に熱を帯びる。


 自分の直感が何かを告げた。


 「…早く会いたいわ。」


 居てもたってもいられず、写真と釣書を引っ提げて父の元へと駆けて行く。

 一刻も早く会いたいと息巻く娘に、どういう風の吹き回しかと目を丸くしながらも父は嬉しそうに仲人に連絡をした。


 「明日…?それは流石に急じゃ…?」


 そう仲人に伝える父に、レイが大袈裟にぶるぶると首を振る。


 「明日で構いません!!」


 「え…そうか?なら…。」


 日取りは何ともスピーディーに決定した。





 その日の夜はずっとリクの事ばかり考えて、寝不足になってしまった。


 眼前には今日と同じ様な満月があって、まだ始まってもいない見合いを、幸せな気持ちで想像していた。


 そんな昔の様子を思い出して、つい笑う。


 「いたた…。」


 連日のゼインズとの訓練で体のあちこちに青アザができている。笑うと腹筋あたりのアザが痛い。


 訓練の結果は大いに引き出せた。

 

 「早く会いたいわ。」

 

 見合いの前日と同じ言葉を吐いて、レイは眠りについた。

 

 


 

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