第17話
遡る事2年前。
エラリィの8代目頭首アルディアの息子ドルマンは自分の意のままにならない事に苛立っていた。
何故父や側近達はダズル王に対して平伏した姿勢をとっているのだろうか。
王だってエラリィがないと困る事は分かっているのだから、もっと強気に出てこちら側が支配してやればいい。
現在のダズル王政に対して不満を抱いている国民も多い。王政の任期はまだ先が長い。
数十年はこの体制だろう。
それよりダズル王の悪政の所為で、先の大戦で貴重な魔導士が何人も失われてしまった。
たかが王族というだけで戦の策略もない
人間が慢心しているからこの様な目に遭うのだ。
父達はどうかしている。
あと2年の辛抱だ。
2年待てば自分が次期頭首になる。
そうすれば…。
ドルマンの頭の中は父やダズル王への不満で膨れ上がっていた。
「クソっ…。」
「ドルマン様。もうここにはいないでしょう。次の場所へ…。」
従者である魔導士がドルマンの元へ駆け寄って指示を促す。ドルマンとその従者達はゼインズを探していた。
ゼインズ・エラリィ。
名前だけはドルマンも知っている。
エラリィ一族の歴史で最も優秀とされる魔導士。父と同じ位の年齢だった筈だ。
先の大戦で失った多くの魔導士達を中間層の候補生で補填しようとするが、どうにも上手く行かない。
何故そこまで固執するのか分からないが、父はゼインズを捕らえて魔術講師として貢献させろと言う。
そんな事よりもっと優先すべき事がある筈だというのに。
ドルマンは父の命令でゼインズの行方を追ってマリアの都市ランダルへ来ていた。
「分かってる。後はどこだ。」
「ヴィルヴァリア、エトファルトも捜索しましたので、次はカルニドルだけです。」
「行くぞ。」
ランダルの街を黒の正装まみれの男達が歩いて行く。
住民達は不思議そうにその光景を眺めていた。
「…?」
従者を伴ってカルニドルに到着したドルマンはそこで有り得ない出来事に遭遇する。
曲がり角に差し掛かった時に向こうの方に男が見えた。
人混みのせいか男はこちらに気づいていない様だ。
黒髪にグレーの目。
しかしその容姿を持つ者が着る筈の服装ではない。
ジャケットやズボンこそ黒だが、白いシャツにネクタイという一般的な正装である。
そして腕輪。
「…おい。」
男を指差して従者にも確認させる。
「逃亡した奴が他にもいるのか。」
「いいえ。落第者でしょう。」
「腕輪を見ろ。魔術を使えるみたいだ。」
「…どうされますか?候補に?」
「いや、どうせ私達とは雲泥の差だろう。捨て置け。」
後から魔術を使える様になった所で、絶えず訓練している者には敵わない。
そう思ったドルマンは通り去ろうとしたが、男が入って行った建物に目が止まる。
「…学論委員会?」
「どうされましたか?」
ドルマンは父の魔術の研究発表の為に、母とこの建物に訪れた事がある。
その名の通り未知の学術や理論を発表し、世に知らしめる為に設営された委員会だ。
発表内容が世紀の発見であればある程、在住している国、いや世界に影響を与える。
「…面白いじゃないか。」
「ドルマン様?」
「ここで待ってろ。」
ドルマンは建物の中に入るとさっきの男の姿を探す。
恐らく待合室で待っているのだろう。
男は入口付近の長椅子に腰を掛けていた。
「家を追い出されてさぞ暮らしは大変じゃないか?」
ドルマンがちょっかいを掛けると男が振り向いて驚いた。
だがすぐにその表情を変えて、ドルマンを睨みつける。
「…あ?何だよ?」
悪態を吐くその様子から、一族への反感が感じ取れた。
同じ色素を持つ人間にこんな態度で出迎えられるのは初めてだ。
気に食わない。
「いや、落第者はどんな生活をしてるのだろうと思ってね。」
男は鼻で笑う。
「頭首の息子様が一般市民に何の用だ。」
「入る施設を間違えたのかなと思って声を掛けただけだ。…あれ?手に持ってるのは何だろうね。」
男は封筒を手に持っている。封筒にはリカルド・エラリィという名前が書いてある。何かを発表するのは明らかだ。
「リカルドか。落第者が何か発表するのか。見ものだな。」
「…せいぜい楽しみにしてな。」
リクが力を込めたのか、封筒が音を立てる。
その音で封筒を見たドルマンは、名前の横にエラリィ家の紋章があるのを見つけた。
「ああ。発表者は家の紋章が必要になるんだね。その紋章は使わない方がいい。」
バシャッ---!
音と同時に自分の頭から水滴が垂れて来る。
「悪い。水掛けたわ。」
何が起きたか分からず、ポカンと口を開いていると、立ち上がったリクが腕輪を外してニヤニヤ笑っていた。
「落第者だからコントロール下手でね。」
落第者に魔術で攻撃をされた。
敬われるべき存在の自分がこの様な目に遭う事など断じて許されるべきではない。
ドルマンの頭に血が上る。
「お前…!」
「やめとけよ。ここマリアだぞ。ダズル王だって他国なら保護できねえだろ。」
ドルマンも他国で応戦すると問題が大きくなる事は分かっていた。
しかし、けしかけて来たのには腹が立つ。
ドルマンは封筒に視線を当てた。
何が起こるのかを察知したリクは、慌てて防御を始める。
紙一重だった。
バサバサと研究論文が音を立てて封筒から溢れて館内に舞う。
火を使ったが、封筒の端が焦げただけで済んでいる。
落第者らしからぬ魔術の腕前である。
だがこんな人間を戦力としてダズルに連れ帰るなど認めない。
「あっ…ぶね…!」
リクがしゃがみ込んで論文をかき集め始めた。
ある程度力を持った魔導士と戦えば大事になるのは必須だ。
他国で自分がちょっかいを出した事が知れると、待ち侘びた即位が遠のく可能性もある。
「次期頭首にそんな口を二度と聞くな。」
捨て台詞ではあるが、そう言いながら自分の気持ちを抑えて踵を返す。
するとドルマンの前に論文が一枚落ちた。
拾いもせずに目線だけ向かわせる。
『この方法で魔力は後天的に得る事ができると予測され、』
「…何だと?」
気のせいだろうか。
いや、確かに先頭行にそう書かれている。
ドルマンがその論文を手に取ろうとした瞬間だった。
リクは自らの魔術で論文を燃やした。
「…勝手に見んなよ。」
大した内容でなければドルマンもリクを放って外を出ただろう。
しかしその研究内容はあまりにもドルマンにとって魅力的だった。
これを手土産にすればダズル王を手中に収める事は難しくない。
「…見せろ。」
「落第者の研究内容なんて興味ないだろ。数日待てよ。公表されるから。」
次の瞬間、ドルマンはかつてない衝動に駆られ、気付いた時には雷を喰らったリクが床に倒れて気絶していた。
ドルマンから雷を喰らい、ぼんやりと意識が薄らぐ中でリクは自分の体が複数の人間に動かされるのを感じた。
論文はどうなったのか。
いや、でも肝心な部分はきっと燃やす事ができた筈だ。
そう自分に言い聞かせながら、意識が深く落ちていく。
受付を済ませて待っていたのだし、きっと騒ぎに気付いた委員会の誰かが介抱してくれているのだろう。
その思考を最後にリクの記憶はそこから後がない。
道中で目を覚まし、同じ瞳の色の人間に囲まれている事が分かると、発狂せんばかりに暴れまわったが、多勢の力には勝てなかった。
その日に限ってドルマンと遭遇した事は悲運だった。
そればかりか腕輪をあと1秒遅く嵌めていれば、雷だって喰らわずに済んだ筈だ。
けれどそんな大きな出来事が公共の場で起こったのにも関わらず、目撃者がいない事が何よりも運の尽きだった。
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