第15話
少し休憩していると、カロリーヌが声を掛けてくる。
「レイ。少しおいしい物でも食べに行きましょう?買い物でもいいわ。」
「でも…。」
「数分ならいい。ガーデンに行く前にバテたらどうする。」
「ふふっ。はい。」
ゼインズの促しもあって、レイはカロリーヌと一緒に街へ繰り出した。
都市部ではないのでそんなに大きな街ではないが、八百屋に可愛らしい雑貨店や花屋、小さなレストランが立ち並んでいる。
カップルが雑貨の指輪を見て楽しそうに会話している。
自分達も結婚指輪を購入した時、周りからはあんな風に見えていたのだろうか。
「ねえ。ケーキでも食べましょう。」
「ええ。」
レイがカップルを見ていた事に気付いて、カロリーヌは少し切なそうに笑った。
「おいしいわ。久しぶり。」
甘い物を久しぶりに口に入れると、幸せな気分になれた。
「そうね。ねえ、レイ。」
「はい?」
「…あなたの力になれなくて本当にごめんなさい。エステルに同行できなくて…。」
カロリーヌがそう言って頭を下げた。
「やめて下さい!」
こちらはむしろ厚意に感謝している位である。慌ててレイがカロリーヌの肩に手を掛けると、ゆっくりと彼女が頭を上げる。
「頭を下げるのはこちらです。こんなにしていただいてるのに…。」
「…ゼインズはエラリィの頭首達をやり込めて私と一緒になったの。」
レイの眉が上がる。
「え…。」
「そうでもしなきゃ結婚はできなかった。最初はあなた達もそうだったのかと思ってたけど、あなた達は違った出会い方みたいね。」
「…ええ。すみません。」
「やだ!幸せそうで良かったと言ってるのよ。」
自分は夫とまた一緒に暮らす為にエステルに行くのに対して、この夫妻はエステルと決別して一緒になったのだ。
どう反応すべきか分からずレイはカロリーヌを複雑な表情で見た。
カロリーヌは少し曇った空を見上げた。
「それからセントロールでずっと暮らしてたんだけど、ちょうど2年前エラリィ家に見つかってしまってね。」
「…そこから住まいを転々と?」
レイの言葉にカロリーヌは頷く。
「けれど…こう言っては何ですが、もう過去の出来事では?何故今更?」
「分からないわ。私達をようやく見つけたのかしら。」
そうだとするとかなりゼインズに恨みを持っているのは確実だ。
「奇襲をかけられたのですか?」
「いいえ。どうやらダズルが他国と大規模な大戦をして魔導士が減ったらしいの。講師として戻れって…。」
レイもカロリーヌも納得できない顔をする。
いくらゼインズが優秀でも講師として執着するのには裏がありそうだ。過去に牙を剥いた人間にそんな事を頼むとは些か疑問が残る。
「えっ…それは何かの口実なのでは?」
「ええ。もちろん信用できないし、断ったわ。でもその内生徒達にエラリィ家の頭首達を殺したと説明し始めたの。…殺しはしなかったけど、罪を犯したのには変わりなかったから。」
ゼインズと彼女が列車で暗い表情をした時の事を覚えている。
「でも…ゼインズ程強いのなら追い返す事もできたのではないですか?」
カロリーヌは首を振った。
「暴力で対処すると逆効果じゃない。…それにあの人も歳を重ねたわ。エラリィ一族を敵に回して戦える魔力がそう残ってない。」
ゼインズは現在70代である。
昔は魔導士であったし、恐らくカロリーヌとの結婚の時に大量の魔力を消費したのではないか。
大人しくエラリィ家に戻るか否かの二択に、夫妻は逃亡を選び、エラリィからひっそりと逃れ続けているという訳だったのだ。
「…そうだったんですか。」
「どうしてもジラルドへ行くのにはガーデンを経由して行かなければならない。…もし見つかってしまえば彼等の洗脳教育の歯車として最後を迎えるでしょうね。」
レイはエラリィの恐ろしさに身震いした。
「さあ、そろそろ帰らないとゼインズに叱られるわ。」
「あっ、はい…。」
そう言って2人が立ち上がった瞬間だった。
先程見た雑貨屋で言い争う大声が聞こえてきた。
「払ってもらわないと困ります!!」
「違う。これはオレのものだ。」
「あなたが盗る所を見たわ!」
声は聞こえるが、少し遠い距離だ。
レイが目を凝らして見てみると、売り子の少女と男が言い争っている。
「見えないわ…喧嘩?」
カロリーヌは老眼もあるのか見づらそうに目をパチパチさせている。
「うっ!」
すると次の瞬間少女が小さく悲鳴を上げてうずくまった。男はそれを見ると素知らぬフリをしてどこかへ立ち去って行く。
「ちょっと見てきます。」
レイはカロリーヌにそう言って、雑貨屋へと走った。
覗くと、売り子の娘が顔を抑えて倒れている。
「大丈夫ですか!?しっかりして…。」
「うぅ…痛い…!」
レイは彼女の顔に火傷があるのを見つけてハッとする。
火元は見当たらない。恐らく先程の男は魔術を使えるのだ。
「こんな若い女の子に…!」
後から駆けつけたカロリーヌが血相を変えてそう叫んだ。
「カロリーヌ!その娘をお願いします!」
レイは店を出て男の後を走って追いかけた。
すると走りもせずにゆったりと歩く後ろ姿が見えた。
「…あの人だわ!」
気付かないのなら先手を打ってやろう。
公式はどうだったか…。
確かあの文字と数字と記号、それとあの雷の文字。
レイは男に集中すると、雷を降らせた。
だが距離が遠いのか男には当たらず、少し後ろの方で雷が轟音を立てる。
「あっ…しまった!」
そもそも雷はかなり狭い範囲でしか相手に攻撃できないので、難易度が高いのだ。
そんな事も考えずに放ったものだから、ただの威嚇になってしまった。
男はその音で後ろを振り返った。
最悪のケースである。
「何だ?お前。」
男はさっきの音が魔術による雷と分かったのだろう。
レイに焦点を合わせた瞬間、レイの腕辺りに火が発生した。
「熱っ…!」
レイはパタパタと手で火を振り払う。
魔術を相手に命中させようとするが、レイはパニックで公式が頭から消えている。
こうなると魔術も何もあったものではない。
相手はニヤついてどんどん火を増やしてくる。
「弱いのに調子に乗るなよ!」
今度は髪の毛に火が灯る。
「いやっ!もう!!」
このままでは埒があかない。
「…やっぱりゼインズの言った通りだったわ…。」
相手が次の攻撃を放とうとレイを見てきた。
瞬間レイも相手を見て集中する。
「おいおい。今更かよ。」
笑いながら男がそう言った瞬間、レイと男の間で魔術が衝突し合う。
「何だこれ…?」
レイは男の方へと走り、足で一撃を喰らわせた。
「うっ!」
「弱くてすみませんね!今修行中ですもの!」
悔しかったレイは倒れた男に雷を一発見舞うと、男は意識を失った。
溜飲の下がったレイは男を引き摺って、軍が管理する近くの罪人取締所へ連れて行った。
「中々帰ってこないと思ったら…またまた手柄だな。」
2人がいつまで経っても帰って来ないので、痺れを切らしたゼインズが街まで来た。
まさかこんな事件に巻き込まれてるとは思わなかっただろう。
「ふふっ。でしょう?あら…?」
男は石で出来た様な手錠をかけられて取締官と共に車でどこかに連行されている。
「変わった手錠ですわね。」
「あれも腕輪と同じで魔術を封じ込める素材なんだ。私もエラリィ家と決別して収監された時嵌められた。」
「あ…。」
カロリーヌはレイに話した事を伝えたのだろう。
レイはどう切り出すか少し悩んだが、ゼインズから口を開く。
「エラリィ家の環境下にダズル王はどれだけ目を瞑るんだろうな。私一人が闘ってもエラリィ家には何の変革も起こらなかった。」
「…ゼインズ。」
ゼインズが魔術を使って頭首達をやり込めた事に対しては罪がある。
けれどダズル王はエラリィ家の背景を知っても尚、ゼインズ1人を反逆者として扱う理不尽な真似をしたのだ。
何が善で何が悪なのかは概念が難しいが、ダズル王はエラリィ家の存続に亀裂が入る事を嫌っているのは確かだ。
リクがエステルに居るとしたらかなり厄介かもしれない。
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