第5話 【ニャン吉視点】界渡りの指輪の呪文は「ミラクルにゃんにゃん♪」

 にゃんジョンの、にゃんジョンボスになって数十年。

 誰ひとりとして、俺のいる百階層にはやってこない。

 というか、百階層どころか、人間は三十階層までしか来てないらしい。


「あ~あ。つまんねっ」

 にゃんジョン内はどこにでも転移できるから、一応友達というか、仲間みたいなもんはいるけど、それにしても、つまんね~。


 ふと、百階層の宝箱が目につく。

 ……。

 どうせ、誰もとりにこないんだし、開けても良くね?

 ………。

 猫神様にだって、もうずうっと会ってないし、バレなくね?


 ドキドキしながら、宝箱を開けてみる。

 開けた瞬間、「にゃああああ~おうっ!」と大きな声が宝箱からして、ビビって一気に百メートルくらい逃げちゃったけれど、鳴き声がするだけだった。

 そして、宝箱の中を覗いてみる。

 そこには、黒い指輪が入っていた。


「鑑定!」

 まずは触れずに鑑定してみる。


【界渡りの指輪】

異世界に行き来出来る指輪。何度でも使用可能。

すっごいレアアイテム。

行きたいところをイメージして「ミラクルにゃんにゃん♪」と元気よく唱えるだけで発動するよ☆



 ………。

 なにこの呪文。


 とりあえず、指輪を手にとってみる。

 猫の手にハマらないけど、とりあえず、精一杯手をパッと拡げて、指のところに引っ掛けて落とさないように両手で包み込んだ。


 さて。どこに行こう。

 俺と同じで、つまらなくて寂しい想いをしている人のところに行ければいいな。

 そう念じて、呪文を小さな声でつぶやいてみる。

「ミラクルにゃんにゃん……」


 指輪が光り……!かけて、黒く戻った。

 どうやら、元気よく唱えることができなかったみたいだ。嘘だろ~そんなこと、感知するのかよ~。

 これ作ったやつ、ちょっとイタイだろー……。


 しかし、心は決めた! この日常を打破するのだ! いくぞ!!!!

「♪♪ミラクルにゃんにゃんっ♪♪」

 羞恥で顔が真っ赤になる。

 うわあ~と思っていたら、ピカッと光って、俺は誰かの部屋の中にいた。


 部屋は暗くて、誰もいなかった。

 俺は夜目がきくから、一応中は見えるけれど。

 さて、どうしよっかな~と思っていると、ドアがガチャリと開いて、パチッという音と同時に部屋が一気に明るくなった。

 魔法……?


 女が部屋に入ってきた。

 黒髪のロングヘアー。手には何やら白い袋を持っていて、顔は可愛いのに、疲れた顔で台無しになっている。

 その女のボーッとしている目の焦点が俺に合った。その瞬間、彼女は目を見開いた。


「……ねこ?ねこ……!?!?!? なんで猫が……。換気用にちょっぴり開けている窓から入ったのかな? あんな細いところ通れるのか? いや、猫だから通れるか? ……ま、いっかー! ちょっとそこのニャン吉くん。お風呂入ってくるから、ちょっと待っててね~」

 そう言い残した彼女は、白い袋をテーブルに置いて、どこかへ行った。


 水音が聴こえてくる。

 白い袋からは、食べ物がいくつか見える。ゴクリ……。


 お風呂から出てきた彼女は、長い髪の毛を濡らしたままやってきた。

 魔法で乾かしてあげようかと思ったけど、不審がられても嫌なので、見て見ぬふりだ。

 彼女は冷蔵庫からビールを取り出してきて、白い袋の中身をテーブルに並べた。


 そして、彼女はビールを勢い良く飲み、

「ぷっはーーーー! 今日もお疲れ、わたし!」

 と言いながら、枝豆をつまみ始めた。


「ニャン吉くんも、枝豆食べる? あ、ちなみにわたしの名前はアミだよ!」

 そう言いながら、アミは、枝豆を鞘から押し出して、ひとつくれた。

 豆? 肉がいいな~。と思いつつ、口に入れてみる。もぐ。

 うむ? 意外とウマい。ウマいぞ。もっとくれ!

 前脚でトントンしておねだり。

 ビールとやらも飲みたい。ビールの缶をトントンしておねだり。

「枝豆はいいけど、ビールはだめでしょう。猫ちゃんに、お酒はだめよ」


ガーン。

普通の猫のフリ、やめたい。でもまだ我慢だ……。我慢だぞ……。

そのあと、いろんな食べものを、一口もらったり、「これは猫には毒ー」っていうのはもらえなかったりした。


「よし! 寝るよ! おいで!」

 布団を少し持ち上げてアミが呼んでる。

 やっぱり、しばらく普通の猫のフリをしたほうが良さそうだ。一緒に眠れるからな!


 ふわふわの布団で、アミと寝るのは暖かくてとても気持ちが良かった。

 時々、アミのよだれが俺の背中にべったりついたりするけど。それも愛嬌だ。うん。 


 その日から、俺の、アミ部屋通いが始まった。


 驚いたことに、七日のうち五日間、平日と呼ばれるそれの日は、アミは四時間程しか寝ていなかった。

 アミがもし、一日十四時間寝ると言われている猫だったら死んでしまう。というか人間でも厳しそうだ。


 毎日深夜十二時頃に帰ってくるアミと夜食を食べて、寝て、七時前には家を出るアミを送り出す。

 そしてにゃんジョンに戻って、背中のよだれは湖で洗って落として、お昼寝。

 たまに早く行って、アミの持っている漫画を読んだり、冷凍庫からアイスクリームを勝手に拝借して食べたりしていた。ちなみにやっぱり高級アイスが一番美味しい。にゃーげんだっつ。


 そんな日々を繰り返していたある日、アイスを食べて満足した俺は、アミのベッドでお昼寝をしていた。

 界渡りの指輪は、猫の手にはハマらないから、使わない時は、置きっぱなしなのだ。

いつもはアミの目につかないところにこっそり置いているのだが、その日は、その辺に放置してしまっていたらしい。

気がついたら、指輪が消えていた。


「やべっ……。猫神様に怒られる……」

 そんな気持ちと裏腹に、「これでアミとずっと一緒にいられるかも」そんな気持ちも同時にあったのは否定しない。


 それ以来、アミが仕事に出かけてからは、近所の探検をすることにした。

 車とやらに追いかけられたときはめちゃくちゃ怖かったが、近所の気のいい猫に、色々と案内してもらった。こっそりハムをくれる肉屋さんや、お菓子をくれる子供。

毎日が刺激的で、楽しかった。


 地球での生活に慣れた頃、散歩から帰ってきたら、アミが白猫の着ぐるみを着ていた。

 思わず目を見開いてしまった。

 か、可愛い……。かわいいかわいいかわいい~!

 俺と同じ、白猫だー!


 どうしようどうしよう、と思って固まっていたら、アミのお腹についたポケットに入れられた。

 あったかい~。アミのお腹の音も聞こえる。ぷぷっ。


 嬉しくてほわほわしていたら、アミがアイスクリームをテーブルに並べ始めた。

 今日は大人買いしたんだって。食べたいものを聞かれたので、一番高い美味しいやつに、ぽふっと前脚をのせた。

 この濃厚さがたまらんのよね~。うひひ。と思っていたら、突然、俺が光り始めた。


「なにこれーーー!!!!!」

 アミが騒いでいる。

 ヤバイ。これは猫神様の気配だ。

 急いで目の前のアイスクリームをかき集めてポケットに入れる。ポケット内がひんやり冷たいけど、今はそれどころじゃない。


 光が強くなってくる。

 アミと離れたくない。

 ポケットの中に入ったまま、ギュッとアミに抱きついて、尻尾をアミの身体に巻きつけた。


 目を開けたらそこは、木の下で、目の前には怒った猫神様がいて、急いで顔を上げればアミがいた。

 ホッとした。

 これからどうなるか分からないし、猫神様に怒られるのは間違いないけれど、俺は今、とっても幸せだ。


(ミラクルにゃんにゃん☆)

 心の中で、ついあの恥ずかしい呪文を唱えてしまった俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る